第十六話 晴天の追憶
サイディルがどかした、木箱に丁度隠れる程の穴が開いている……先には人影、壁に面していた事から恐らく防壁の外だろう、其処にはクルダーが待機していた
「――お、クルダー居るね」
「支部長、早く運び出しましょう」
成程、此処の奴らに気付かれない様に装備品等を運び出すって訳か。
しかし、よくこんなに、都合の良い所に穴が開いていたものだ。
「理由、聞きたいかい?」
「この穴の事か?……確かに、随分と都合の良い所にあるな」
サイディルは少し、照れた様子を見せると、其れを隠す様に返答する。
「実は、昔にこの部屋で爆薬を扱っていて……誤爆してしまったんだ。その時に、この壁を破壊してしまってね。報告したら、怒られそうだから隠しておいたんだ」
子供の悪戯とは訳が違うぞ……まぁ、こうして役に立っている上、過去の事だ、俺がとやかく何かを言う必要も無いが……この男に、爆発物は触らせない方が賢明かも知れないな。
「リアム、其処の木箱も取ってくれ……そう、その二つ重ねてある奴だ……あ、中身は爆薬だから気を付けてね」
お前がそれを言うのか……そんな言葉が喉元迄、こみ上げるが再びそれを飲み込みサイディルが指す木箱を手渡す。
その後も幾つかの木箱、移動式の小型の弩砲、最後に重鎧を一式運び出す。
「よし、こんな所かな……じゃあ、クルダーこれを掛けて置いてくれ」
「分かりました、では」
サイディルは草木の模様を模した布をクルダーへと手渡すと、再び木箱で穴を塞ぐ。
その後、此方へ振り返り小さな声で囁く。
「
その程度の事よりも心配するべき事が今後、嫌という起こると思うが……作業を終え、俺はサイディルの言葉よりも、立ち並ぶ防具や武器へ釘付けになっていた。
「ねぇ、リアム聞いてるかい?」
再度、呼びかけるサイディルへ素っ気ない返事を返す。
「何か、気になるのかい?」
気が付くとサイディルが真横に立ちながら、壁に掛かる装飾の施された短剣を弄びつつ呟く。
俺はその、言葉を聞くなり一振りの幅広い刀身を持つ剣を手に取る
「これとか……」
「おぉ、懐かしいね……『鞭剣』と呼ばれる物だね。貸してごらん」
剣を手渡すとサイディルは何やら、金属線が伸びる柄頭を弄る……すると先程迄、真っすぐと伸びていた剣身は、名前の通り鞭の様に床へと垂れる。
そして柄頭から伸びる金属線を引っ張ると、再び元通りの剣の形へと戻る。
そして再び、手渡された其れを、サイディルに倣い何度か振るってみるが、この上なく扱いづらい。
「奇妙な剣だな……分かれる刀身だが不思議と剛性の不安は感じないな。引き寄せられた剣身が隙間なく連なっている。余程、腕の良い職人なんだろうな」
「可笑しな武器だろう?……果たしてフェール領にそれを使う者が居るのか、はたまた技術力の高さを表しただけの物なのか?」
フェール領から持ってきた物なのか?離れた地域とは言え同国、こんな
「フェール領に行った事があるのか?」
「んー、何年前だったかな?……フェール領にギルドの支部を設立する為に出向いたんだ。」
問い掛けに対し、サイディルは過去を懐かしむ様子で語り始める。
「――フェール領は
「あぁ、そこで同時に行われたのが新政府の発足と王立軍の解体だな……王政と言う指揮を失い、統率を失う事を恐れ軍を解体した」
サイディルは頷きながら話を続ける。
当時のサイディルも耳を疑ったと言う、それもその筈……この国の矛であり盾でもある、王立軍の解体がなされた後に、起き得る事など容易に想像出来たからだろう。
だからこそ、持ちかけたと言う……当時、政府の関係者であった『イニールド・リーバス』へギルドの設立を。
「いやぁ、以外にも其れが、あっさりと承認されてね……嬉しい事に領主である『ジョン・バーキッシュ』からの力添えを得る事もできたんだ」
其れからは、正にあっという間の出来事だったらしい。
民兵組織をそのまま、ギルドの構成員として設立した事で、幸いにも多くの者同士が顔見知りだったらしく本部、同時に設立されたバーキッシュ支部はどちらも数ヶ月程度で安定した運営が出来る様になったとの事だ。
其れから暫くの期間を経て、大戦時の被害が比較的、少なかったバーキッシュ領は、新たに治安を維持する為の組織が出来た事で順調に復興を兆候を見せ始めたその頃……。
「私の元へイニールドから、フェール領に新たな支部を作らないか?と言う提案があったんだ」
「あんたにか?」
サイディルは自慢気な表情を見せながら続ける。
「あぁ、当時から私は
「なるほどな……それで、フェール支部はその後どうなったんだ?」
「勿論、今も領地の治安維持に努めているよ。……まぁ、当時は、いや当時もかな……人手が潤沢では無かった為、本当に設立の手助けをした程度だからね、向こうの現地の人たちで組織は構成され新政府主導の下、活動しているよ」
新政府主導の下か……俺は酒場で耳に挟んだ、とある会話が蘇った。
「
その言葉に、サイディルは暫し悩んだ表情を浮かべる。
口元に手を当てながら呟く。
「正直、彼とは何年も会っていないから、詳しいことは分からないが王立軍の解体に関しては少なくとも私たちと同じく、不信感は抱いていると思うよ。国王を失ったとは言え、百数十年の間続いてきた、王立軍が統制を失うとは考えづらい……それを新政府の発足と言う国内の情勢が不安定になる状況で行うのは……」
「王立軍が残存していれば、魔族からの被害も今以上に対処出来ていた筈だろうな……」
「うん……確かにそうだね。私自身も新政府、そしてこのギルドに対しても、思う事は幾つかある……だけど今は目の前の目標、そしてギルドマスターの思惑を確かめる事に注力すべきだろうね」
確かめるべき事は山積みだな……それを一つずつ崩した先に
たとえそれが、どんなに過酷な茨の道であろうと。
「先ずは今回の調査で生き残れなければ、何の話にもならない」
「そうだね……その為に、先ずは休息だ。私は、もう寝るとしよう……君も適当にそこら辺で
大きな欠伸をし、そう言いながらサイディルは寝床へと向かった。
――部屋に唯一ある窓から差し込む光で目が覚める。
灯していた
眠気と疲れで重たい体を起こし、身支度を整え外へと出る。
一日ぶりに味わう外気、昨日は一日中埃の舞う部屋に
扉の前では既に馬車を用意し、二人が待機している。
早朝と言う事もあり周囲には哨戒をする数人の兵しか見当たらない。
辺りに流れる、何処か気味の悪い静寂。
そんな感情が表情に現れていたのか、サイディルから声を掛けられる。
「リアム、緊張しているのかい?大丈夫、少し肩の力を抜いて」
「あぁ」
素っ気ない返事を返しながら、俺が馬車の荷室へと乗り込むと、間も無く馬車は動き出し門の足元へと向かう。
壁上の兵がそれに気づき、直ちに門が開かれる。
土煙の立つ門下をくぐり、西へと向かう。
「また、長旅になりそうだな」
同じく荷室に乗るクルダーが呟く。
長旅か……そうだなクルダーとは、つい最近にも
「どれ位、掛かるんだ?」
「そうだな…此処から村迄が一日半、村から遺跡迄が一日半で、村で休息を取る事を考えれば、約四日間位か?道中、厄介ごとに巻き込まれなければの話だが」
「そうか……」
「退屈かい?」
馬車の前方からサイディルが声を上げる。
俺が返答に迷い暫く考え込んでいると、再びサイディルが呟く。
「時には、流れる景色を楽しみながら物思いに
物思いか、頭上に広がる雲一つな蒼穹を見上げた。
もう、二十年以上も前になるのか……あの時の空も、こんな一面の青だった。
まだ、幼かった俺の脳に焼き付き今日まで、鮮明に残り消える事の無い記憶。
旧西暦五六一年、動乱の一年と呼ばれたその年。
◇◇◇◇◇◇
ラルフ国王の先代である『アレス・バスティーナ』彼が逝去し国王不在となったバスティーナ王国。
次期国王であった、ラルフ・バスティーナは当時、十六歳という若年であった事から、世間では今後の政治への懸念が広がった。
それにより、ラルフ・バスティーナの王位継承は難航していた。
当然の事ながら、国王を失った事で王政による国内の統制力は一時的に弱まる事となった。
低下した統制力の中で各地での犯罪が多発し始める。
当時俺は、やっと少しの会話が出来る年齢だっただろうか?そんな世界情勢など露知らず、両親と穏やかな日々を送っていた。
鳥のさえずりで目を覚まし、陽の光を浴び雲一つない青空の下を父と歩く。
家へ帰れば笑顔で母が出迎え、暖かい食事と寝床へ有り着ける……そんな穏やかで平凡な、いや其の折で言えば些か上等な暮らしだったのかも知れない。
しかし、そんな幸せな日々は突如、地獄へと変貌を遂げる。
俺はその日も父に連れられ、目を
そして、遊び疲れた俺は父に抱かれ家路へと着いた。
扉を開ければ、その日の太陽の様な笑顔を見せる母が出迎える……筈だった。
広がる、不気味な静寂、扉が閉まる音だけが響く
「誰か、入って来たぞ」
未だに、耳の奥にこびり付いて離れない其の言葉。
それ以降俺が感じたのは、恐怖……唯、それだけだった。
「絶対に出てはならない」
父はそう言うと、俺を物入れに押し込み去ってしまう、それは父の最後の言葉だった。
それから聞こえてきたのは、怒号、激しい物音。
戸の僅かな隙間から目を覗かせた先に広がるのは、真っ赤な海、そして光を失った瞳と目が合う
それが何を意味するのか、分からずも眼前に広がる景色に身体は震え、言う事を聞かず為す術はなく釘付けになってしまう。
――それから、一体どれ程の時間が経っただろうか?扉が開かれる音と共に、響く幾つかの足音と共に会話が聞こえる。
内容は分からない。
物入れの前を何度も、何度も通る足音に体の震えが止まらない。
鼓動が、呼吸が次第に早くなる。
何度目だろうか、目の前に迫る足音。
「――はあっ」
粗くなった呼吸が声となって漏れた、その瞬間、戸が開かれる。
「生存者だ!」
目前には、見上げていた父と同程度の背丈の人物が一人。
声を上げると同時に俺を強く抱きしめる。
「もう大丈夫だ」
何度もそう言いながら、俺の頭を優しく撫でる。
俺はその人物に抱えられ何処かへと向かった、それから暫くの間の記憶は無い。
その後に覚えているのは、何時も感じていた柔らかな寝床の感覚。
傍らには書物を読む女性、その横には見覚えのある男が立っている。
俺が起きた事に気付き女性が何やら声を掛けて来る。
内容は覚えていないが、柔らかな心地の良い……まるで母の声の様だった
「また来るよ」
見覚えのある人物……長い髪を後ろで束ねた細身の、その男は俺の頭を撫でると、そう言い残し去ってしまう。
そして、その日から俺は孤児院で暮らす事となった。
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