第十五話 告げられた任務
サイディル、クルダーの後を追い、俺はギルドマスターの部屋へと向かった。
中へ足を踏み入れ、部屋の中央に置かれた椅子に腰を下ろす。
「すまない、席を外してくれるか?」
ギルドマスターが傍らの人物へ声を掛けると、足早に部屋を後にする。
「――三人共、先ずは改めて先の件そして一昨日、貰った調査報告の件、礼を言う。そしてリアム、君には自己紹介がまだで、あったな。改めてこのギルドの責任者を務めさせて貰っている、イニールド・リーバスだ」
「あぁ、よろしくな……」
俺が返す粗雑な返事に頷きながら、ギルドマスターは再び口を開く。
「さて、君たちを此処に呼んだ理由だが、例の調査の件だ。クルダー、サイディル、そしてリアム、今回の調査は君にも参加してもらいたい……どうかね?」
待ち望んでいた言葉が、ギルドマスターの口から放たれる。
やっとだ、真実に近づくための確実な一歩を踏み出せる。
「……勿論だ、俺はその為に
ギルドマスターは俺の返答を聞き、笑みを見せる。
「有り難う。二人も、リアムの参加……構わないかね?」
「えぇ、俺は構いません。彼ほど腕の立つ人間が居れば有事の際も安心ですから」
「……私も構いませんよ。因みに次の調査は何処へ?」
サイディルが問い掛ける。
そう、調査の場所だ……クルダーから聞いた前回の調査では『旧王立図書館』、国王に関連する営造物の調査が行われているが……。
「では詳細を……今回の調査で、君たちには領境付近に位置する『砂漠の遺跡』の調査を
砂漠の遺跡か……遺跡という、比較的に攻撃の対象として捉えづらい建造物の地下へ設けられた備蓄庫。
貯蓄という役割を果たすべく、守りに特化
した構造へと改築もされていたな……。
幾つかあった、出入口は塞がれて一つのみに、地下の備蓄庫へ繋がる扉は確か、仕掛け扉になっていたはずだ。
例の書類の件がこの調査の件だとすると、今回で調査員が処分される。
出入口が一つ……どういった状況で、手段で其れが行われるか分からないが、調査の最中であれば袋小路だな。
思考が巡る中、ギルドマスターが口を開き、引き戻される。
「――調査の内容だが、前回と同様で内部に残る資料等の調査及び一部の回収だ。そして長い道程になる事から、途中の『テゼルト村』で
三人分の宿の手配をしているので休息に利用してくれ。以上、手短で申し訳ないが調査内容の詳細だ」
前回同様に書類を一部回収?……そんな事は
隣に立つサイディルの表情を伺うと少々、顔を歪めている……間を開けまいと、すかさずサイディルが口を開く。
「分かりました。テゼルト村を経由して砂漠の遺跡の調査、内容は前回同様と言う事ですね」
「その通りだ、今回の報告も期待しているぞ。出発は明後日だ……では解散」
サイディルはその言葉を聞くと同時に、軽く頭を下げると俺の腕を少々、強引に引き部屋を後にする。
暫し無言で手を引かれ、幾らか建物から離れた所で解放される。
俺がそこでサイディルを問い詰めようと、口を開こうとする直前――
「リアム、すまない……君を欺くつもりで黙っていた訳じゃないんだ……」
「ほう……隠していた理由、聞かせて貰おうか」
呼吸を置く間も無くサイディルは続ける。
「国王に繋がる何かが有れば君は其れを欲する……どんな手を使ってでもだ。私は其れを危惧したんだ……情報があると分かれば君はきっと、何が相手であろうと入手しようとするだろうからね。それにクルダーから聞いているだろう?資料は暗号になっていて読めなかったって」
「……つまり、事前に資料を回収していた事を教えると、此処で俺が暴れるかもしれないと?」
サイディルは首を大きく何度か縦に振る。
「はぁ、好機を目の前にして流石にそんな事はしないが……」
「まぁ、念には念をと……これから、嫌と言う程に資料は見ることが出来るんだから、どうか勘弁しくれないかな?」
好物を目の前に理性が弾けた、獣か何かと思われているのか?それに、この男の言う通り出向いた先で情報は幾らでも手に入る、この件に関してはこれ以上追求しない事にするとしようか……それにこの男の言動、表情、どれを取ったとしても俺を、欺こうとしている様には思えない。
そうして俺は、サイディルの言葉に頷き返す。
すると、サイディルは安堵したのを表す様に力を抜き、大きく肩を落とす。
「良かった良かった。じゃあ、お詫びと言っては何だが、近くに酒場があるんだ。其処で何か奢らせて貰うよ……調査の件も少し話したいしね。クルダー、君も付き合ってくれ」
扉を開くなり、聞こえる喧騒――
「おい親父、麦酒もう一杯だ」
「領主様も今の政府には不信感があるみたいだしな……」
「旦那、そんなに飲んで、払う金はあるんだろうな?」
「あん?やんのか?……表出るか?」
騒がしい店内の隅の席へと腰を下ろす。
サイディルは店主へ何やら話しかけた後に、三つの酒杯を持って此方へと合流し、腰を下ろす。
「お待たせ、葡萄酒で良かったかい?」
酒杯を差し出し、尋ねる。
「はい、有り難うございます」
「あぁ」
俺とクルダーが酒杯を受け取ると、サイディルは突然立ち上がり、酒杯を掲げる
「じゃあ……再開を祝して、とでも言っておこうかな?」
声を上げると机の中央へ、酒杯を差し出す。
クルダーは差し出された酒杯に自分の物を軽くぶつける……まぁ、いいだろう、俺もそれに続き軽くぶつけ口へと運ぶ。
満足気な表情を見せ、再び椅子へと腰を下ろしたサイディル、そしてクルダーへ問いかけた。
「……調査の件なんだが、二人とも本当にいいのか?」
「あぁ、あの書類の事かい?君に情報網が広がるとか誘い文句を言った手前、自分だけ同行しない訳にも行かないだろう?」
微笑みながら返すサイディルに続き、クルダーが口を開く。
「……俺の命は、支部長に救って貰った物だ。支部長が兄ちゃんの為に危険を犯すと言うのならば、俺も構わず付いて行くさ」
「本当に……良いんだな?」
俺のその言葉に二人は、真っすぐに瞳を此方へ向け頷く。
暫し間を置き、サイディルは思い出した様に呟く。
「ほら、前にも言ったじゃないか!もしそうなっても、それもまた一興だってね……それに私も、国王の……いや、友の死の真相を知りたいんだ」
まったく、この男の思惑は未だに理解が出来ない。
しかし、以前にも言っていたが、ラルフ国王を友と呼ぶ……一体、何者なんだ。
「――勿論、無策って訳じゃないよ」
突如、サイディルが声を上げる。
「なんだ、いきなり……」
「あぁ……調査の件さ。一つ策が有る」
「策?」
サイディルは自慢気に、その策とやらを語り始めた。
「――先ず、私とクルダーが処分される可能性についてだ。あくまでも、推測だが狙われるのは、調査が終わった直後若しくは本部へ報告に戻った際だろう。前者に関しては対応策が有るが後者に関しては正直、お手上げだ。だから、一旦は前者の対応策について説明させてもらうよ」
お手上げだと?……本当に大丈夫なのだろうか。
まぁ、確かに
「さて、今回の調査対象の『砂漠の遺跡』だが、私の数年前の記憶が正しければ、出入口に関しては一か所のみ……それを利用するんだ。先ず経由するテゼルト村で、三人の内一人は休息を取らず、先に遺跡へと向かう」
「何故、休息を取らずに?」
「ギルドマスターが宿の手配をしているからさ……到着の受付のみを済まし、人目の付かない時間帯に再度出発してもらう。私の考えすぎかも、知れないが、あの人の考える事だ。三人全員の受付が確認できなければ報告を、とかやり兼ねないからね……一応その対策としてだ」
「そして、君に先遣として向かって貰いたい」
「俺ですか?」
「クルダー、君が扱う槍斧は、一対大多数の戦闘に適している。逆に室内の様な閉鎖空間では、その本領を発揮できないだろう。……作戦はこうだ、先ずクルダーが先に遺跡へと向かい、近辺へ身を隠す。後から向かった私達はそのまま、調査の為内部へ入る。先程言った通り、出入口は一つの筈だ私たちを追い、中へ侵入してきた者をクルダーと私達で挟み込む」
作戦としては可もなく不可も無し、と言った所か……だが問題が有るな。
「サイディル、一つ疑問がある。クルダーと別れた後だ……宿での受付を監視されているとするなら、それ以外も監視されている可能性は無いのか?」
「と、言うと?」
「翌日に宿から遺跡に移動する際に、人数が一人減っていれば、確実に怪しまれるだろう?」
「あぁ、それに関しては、此処を出発する時から全体を幌で覆った馬車を使う予定だ。少なくとも移動中に人数を把握されることは無いだろう。そして念の為に私たちが再度出発するのは、宿から多くの人が去る時間を狙う」
まぁ、仮に常に後を付けられているなら相手も気取られない様に、距離を取った上で監視をするだろう。
人混みに紛れ出発……確かに、遠目に見られ
ているのであれば、馬車に乗り込んだ人数の把握は困難かも知れないな。
「さぁ、取敢えず、こんな所だけど大丈夫かな?」
クルダーはサイディルへ視線を向け頷く。
真相に近づく為だ……多少の、いや大きなリスクが有ろうと今回の調査は遂行すべきだろうな。
「あぁ、大丈夫だ」
「よし……あと一つ不安な点を上げるとするなら、遺跡の出入り口だ。私の記憶頼りになってしまっているからね……」
「そこに関しては、問題ない。あんた等と出会う以前、三か月程前か?周囲を探索していた時も出入口は変わらず一つだった」
サイディルは安堵の表情を見せ、立ち上がり再び口を開く。
「じゃあ、今日は解散という事で良いかな?出発はギルドマスターからあった通り明後日だ。各自休息を取る様に……そういえばリアム、君は今日どうするんだい?」
この場所に留まる事を想定していなかったからな……さて、どうするか。
天幕でも張って野営するか……。
「私の部屋、君が嫌じゃなければ使わせてあげることも出来るけど」
……致し方無いな。
寒空の下で凍え死ぬよりかは、マシだろう。
「そうさせて貰う」
「じゃ、着いておいで……クルダー、準備は万全にだ」
その言葉を投げると、俺の手を引きサイディルは自身の部屋へと誘導する。
手を引かれるままに辿り着いたのは防壁に面した石造りの建物。
サイディルは建て付けが悪い様な扉を、少し強引にこじ開ける……俺は目の前に広がる部屋の光景に驚愕した。
確かに部屋である事に間違いは無い、棚に並べられた食器や、吊るされた衣類等の生活感も感じられる。
だが、それ等が霞むほどに存在感を放ち、立ち並ぶ武器や防具……まるで武器庫の様だ。
「……部屋?武器庫の間違いだろう」
「部屋にせざるを得なかったと、言った方が良いかな?さぁ、遠慮せず入っておいで」
言われるがままに、部屋へと足を踏み入れる。
ランプへと火が灯され、質何の全容が明らかになる。
部屋の奥まで整然と並べられた無数の武具、爆薬や火薬、砲弾などが詰め込まれた木箱。
その一つをサイディルがどかし始める。
「いやぁ、まさか、こんな所で役に立つとはね」
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