第十四話 防衛戦
朝焼けの光が辺りを煌々と照らし始める頃、俺たちは本部を目指し駆けていた。
目的地への道程を順調に進む中、突如として俺達の行く手を阻む影が、茂みから飛び出す。
白い毛皮に覆われた大きな身体、『ハザックベア』……四つ足で佇むその体高は、俺と同じ位だろう。
その巨体は此方を確認するなり、尋常ではない勢いで一直線に突進して来る。
咄嗟に手綱を引き、すんでの所で其れを躱し、そのまま僅かに距離を取りながら、地面へと飛び降り馬の
振り向き、剣に手を掛ける……再び此方へと突進をして来る巨体を避け、背後を斬りつけると、巨体は
その身体は俺の身長を、優に超える……木の幹程もあろうかと言う、大きな前足を振りかぶる――
「がら空きだ……」
血飛沫を上げながら倒れ込む巨体を避けたその直後、その身体の陰に、もう一体のハザックベアが姿を現す。
脇目も振らずに此方へと突っ込んで来る……回避は間に合わない――
間一髪の所で、クルダーが槍斧を盾に割って入る。
「凄まじいな……兄ちゃん、長くは持たねぇ」
何とか抑え込まれている、巨体の頸部へ剣を突き刺す……よろめきながら、数歩後退した所を目掛け大振りで槍斧を振り回すクルダー。
此方伝わる大きな風圧に、思わず外套で顔を覆う。
微かに地が揺れ、赤く染め上げられた地面には頭部と胴体、二つに分かれた巨体が転がる。
「ふぅ……危なかったな」
「あぁ、今まで敵に遭遇しなかったのは正に幸運だったな」
互いの無事を確認し終え、口笛を吹き離れていた馬を呼び寄せる。
激しい戦闘に巻き込まれたにも関わらず、一切の動揺を見せていない……そんな優秀な馬の首を軽く叩き、跨る。
そうして、再び本部へと駆け始める。
その後は文字通り、順調に何事も無く道程を進んだ。
昼を少し過ぎた頃だろうか、視界の先に拓けた景色が映る。
かなり荒れてしまってはいるが、地面には敷石で舗装された痕跡も確認できる。
暫くそれを辿り進むと景色は更に拓け、絶えず視界に映っていた色鮮やかな木々たちは、其の主張をおさえ始める。
「森を抜けたみたいだな」
「あぁ、本部迄もう少しだ。あの山岳地帯の麓……あの辺りだ」
森を抜け開けた視界、その先には山岳地帯が広がる其処を指し、クルダーは呟く。
それから暫く進み、緩やかな勾配を感じ始める頃、遠目に山岳地帯へ築かれた人工物が映る。
程なくして、その人工物の足元へと辿り着く。
山岳地帯の地形に沿って築かれた大きな防壁、目の前には大きな門、クルダーは其れを目の前に大声を上げる。
「――バーキッシュ支部、副長シアンズ・クルダーだ。開門を命ずる!」
大きな音を立てながら、ゆっくりと門が開かれる……鎧を纏い、剣を携えた数名による出迎え。
「馬を頼む、二頭ともだ……緊急事態だ、ギルドマスターは居るか?」
現れた数名はクルダーの鬼気迫る勢いに、困惑しながらも俺が乗る馬とクルダーが乗る馬の手綱を引く。
「兄ちゃん、付いてこい」
言われるがままに扉をくぐり、追従して間も無く、クルダーは目の前の建物の扉を勢いよく開け、中へと足を踏み入れる。
「――おぉ、クルダー副長。どうかしたのか?」
ゆっくりとした穏やかな口調で、問いかける白髪交じりの老人。
「ギルドマスター、緊急事態です」
クルダーは間髪入れずに、事態の説明を始める。
それを聞きギルドマスターと呼ばれる、其の老人はゆっくりと腰を上げ呟く。
「防衛戦だ……直ぐに準備に取り掛ろう。兵を集結させる」
そう言い、外へと向かい次々に周囲へ指示を出すと、瞬く間に多数の兵が集う。
その中に見覚えのある人物が一人。
「おぉ!リアム!久しぶりだね、元気だったかい?」
相変わらずの軽々しい様な口調でサイディルが呼びかけてくる。
俺はサイディルの腕を引き、建物の陰へと連れて行き、バーキッシュでの出来事を手短に伝える。
「――そうかい、そんな事が……但し、リアム今は冷静に行動するんだ。分かったかい?」
「あぁ、今はアンタと、ゆっくり話している時間も無いみたいだしな」
会話の最中で、サイディルを呼ぶ声が響く。
「サイディル支部長、君は副長と共に有事に備え待機だ。隣の彼……リアム、君もだ。元王立軍だと聞いているよ、もしもの時は頼りにしているぞ」
やはり
だが
『王の死の真相』に関わっているのであれば、何かしら俺に対しての動きがあるはずだ。
そう、情報は今から幾らでも手に入る……今は冷静に。
「さぁリアム、壁上へ向かうとしようか……クルダー!君もだ!」
サイディルの後を追い壁上へ、そして先程くぐった門の上に辿り着く。
既に壁上には幾つかの大砲と弩砲が準備され防衛の準備は万端と言った所だ。
周囲の状況を見回す中、高台にて佇むギルドマスターが視界に映る
「あんたが鎧を着けないのは、安全なこの場所に居るからか?」
「私は、指揮官だ……君の言う通りこうして、安全な所に居る……そんな私が、鎧を着込み、護衛に囲まれていたら君はどう思う?」
「指揮官が死んで、困るのは自分達だ……その程度の事に異議を唱える奴は居ないだろう」
「確かにな……しかしこれは、私なりの覚悟だ……言うは易しだが、戦況が悪くなれば私も鎧を身に着け、剣を構え前線へと飛び出すだろう」
会話を遮る様にサイディルが俺の事を何度も呼んでいる……高台を下りサイディルの元へ向かうと何やら危惧の表情を浮かべていた。
「間違っても戦況を悪化させよう等と、考えないでくれよ?」
「聞こえていたのか?……心配するな、殺すなら色々と聞き出してからにするさ」
少々、呆れた様な表情を浮かべ、サイディルは溜息を着く。
その直後、耳を裂くような大声が響く。
「接近確認!射角調整、発射用意――」
「放てぇ!」
合図と共に轟音を響かせ、周囲の空気を震わし大砲が火を噴く。
僅かな間を空け、砲門の向く方角から此方迄、悲鳴が届く。
「下方へ微調整……二射目、放て!」
二度目の轟音が響く。
共に上がる悲鳴が、近づく。
「んー、捉えてはいるみたいだが……敵が散らばりすぎているな……まぁ、正面から全戦力をぶつける訳は……」
傍らに立つサイディルは呟くと、大砲を操る兵へ近づき何やら耳打ちをして戻って来る。
「拡散砲弾用意!最低射角へ――」
「今だ!放て!」
拡散砲弾、片手で持てる程の大きさの小さな炸裂弾を一度に複数放つ砲弾か……距離が遠くなる程、精度は落ちるが近距離であれば威力は絶大、壁前に迫る敵を一掃する。
「さぁ、二人とも付いて来て……正面に二波目が来る前に備えよう」
壁上を伝い先程、立っていた門の上の対角にあたる部分へと向かった。
防壁の外に見えるのは、正に絶壁……人が登るとなれば、掛かる労力は図り知れないだろう。
「私たちが、相手にしているのが人間ならこんな所、警戒する必要は無いんだけどね……」
そんな言葉を発した瞬間だった。
壁上へ複数のマッドスパイダーとその背に跨るエヴェルソルの兵達が姿を現す。
「人間なら……か」
跳躍するマッドスパイダー……上空から降り注ぐ矢。
其れを避け、剣を握る。
着地の際に生まれる、一瞬の隙を見逃さず、狙うは関節……大きく体勢を崩したところを跨る兵、もろともクルダーが叩き切る。
すぐさま周囲を見渡すと、頭上には再び黒い影。
後ろへ飛び避け、入れ替わる様にサイディルが前へ飛び出る。
骸を踏み台に跳躍し硬い、外殻に覆われているはずの頭部を両断する。
不意な着地と同時に転げ落ちる兵の額に、俺は剣を突き立てる。
目を見開いたままに微動だにしなくった其れを、壁上から蹴り落とす。
敵の陣形が大きく乱れた所で、クルダーが先頭へと立ち、大きく槍斧を振りかぶる。
クルダーから距離を取り、着地の隙が出来ているサイディルを此方へ引き寄せ弓を構える。
突風の様な風圧を生み出し大きく槍斧を振るうと、二体のマッドスパイダーが地面へと伏す。
背中から降りてくる兵へ向かって一射、瞬時に方向を変え二射、矢を受けた二人は地上へとその身を落とす。
「クルダー!避けろ!」
突如、サイディルが声を上げる――
クルダーへ迫る、巨大な掌……その間へ、咄嗟に割って入る。
背後に迫る掌そして目前には、もう一方の掌が迫る……その手に収まる間際、背後の掌が地面へと落ちる。
すぐさま後方へ転がり目前に迫るその手を躱す。
「……グロース・モストロ」
サイディルは驚愕の表情と共に声を上げる。
そう、今俺達の前に居る巨大な骸骨……
だが、あの時に対峙した奴との相違が一つ……胸部の装甲が無く胸の器官が剝きだしたという事。
そして幸いにも此方には、コレが有る。
「サイディル!俺とクルダーで体勢を崩す、あんたは胸を狙え……クルダー、頭を狙え……視界が揺れた所にコレを使って体勢を崩す」
俺はクルダーへ鞄の中身を見せ思惑を伝える。
その意を掴み取りクルダーは、槍斧を担ぎ駆ける。
剣を収め外套から布切れを取り出し、長剣の鞘に縛り付けた容器の油を少量、染み込ませ矢へ結びつける。鞄の中から爆薬を取り出した瞬間、クルダーが叫ぶ
「兄ちゃん!今だ!」
頭部へ受けた大きな衝撃で、グロース・モストロの足元が揺らぐ。
俺が足元へ飛び込むと、入れ替わりにクルダーが身を引く。
即座に足元へ、爆薬を仕掛け距離を取る。
染み込ませた油へ着火し
爆発音と共に大きく体勢を崩したその巨体、その胸部へ……一閃の如くサイディルが突きを繰り出す。
――否、倒れない……だが動じる事無く、サイディルは短剣を取り出し胸部の器官へ二度、三度と突き刺す。
巨体が崩れ落ちる……辺りが静寂に包まれる。
その直後、何人かの兵を連れたギルドマスターが此方へと足早に向かって来た。
「爆発音……無事か?」
埃を掃いながら、ゆっくりとサイディルが立ち上がり呟く。
「えぇ無事ですよ、全員ね」
「そうか、それは何よりだ。正面の門へ攻めて来た敵は退けた……暫くは付近の警戒を強めるとしよう」
ギルドマスターはそう言いながら、追従していた兵へ指示を出す。
此方へ振り返り笑みを浮かべながら再び口を開く。
「三人ともご苦労。
そう言い残すと、ギルドマスターはその場を後にする。
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