第二話 歩み出す

 屋根に打ち付ける雨の音で目が覚める、何か月いや何年ぶりだろうか?……あの夢を見ずに目が覚めたのは。

 湿度が高く決して心地がいいわけではないが、不思議と嫌な気分ではない。


 そんなことを思いながらベッドから立ち上がり大きく伸びをする


「よし……」


 誰も居ない部屋に小さく声を響かせながら身支度をする、寝間着を着替え外套を羽織り長剣を腰に携えるいつも通りの格好だ。

 そして布団を整え部屋を後にする。


「旦那、世話になりました。」


 店主は暫し不思議そうな顔をしながら俺を見つめ、そして放つ。


「何があったかは知らないが?昨日とはまるで別人みたいな目ぇしてるぞ、なんて言うかな……?生気を感じるな」


 今までどう見えていたんだ……そんなことを考えながらも俺は思わず頬が緩む。


「やっと前へ進めそうなんだ」


「そうか深い事情は分からんが良かったじゃねぇか。まぁ、がんばれよ」


 笑みを浮かべ答える店主に俺は再度、礼を言い宿屋を後にし、昨日の賑わいが嘘かのよう静かな商業地区を抜けセラフィアへと向かう。


「いらっしゃいませ!……ってリアム……その恰好?」


「あぁ行ってくるよ……その…なんだ改めてありがとうな必ず真実を見つけ出してくるお前の『その目』の事も……」


「……うん。行ってらっしゃい。」


 悲しくもあり嬉しそうな顔を背に再び都市の外へと繋がる門を目指し歩き始めた。

 魔族やエヴェルソルそれらの侵入を防ぐために設けられた防壁、その門をくぐり海に沿った街道を進みギルドを目指す――



 ◇◇◇◇◇◇



 一時間ほど歩いただろうか景色は先程から変わらず右手に砂原、左手に海といった具合だそんな変わらない景色に少しの退屈を感じていた時だった―


「うっ!うあーーっ!」


 突如、張り裂けんばかりの悲鳴が響き渡る。

 すぐさま辺りをを見渡すと地面に座り込んだ男の前に、八本の足で地を這う黒い巨体が見える。


 その瞬間、俺の体は思考よりも早く動く――

 腰に携えた長剣を引き抜き、男と黒い巨体の間に立ちはだかる。


「立てるか?」


 俺が男に背を向け問いかけると、すぐに立ち上がり近くの岩陰へと身を隠す。

 黒い巨体に八本の足、マッドスパイダーか……一体だけなら一人でどうとでもなるな……。


 しばらく俺と巨体の間に沈黙が流れる――

 沈黙を破り動く巨体、二本の前足を大きく振り上げるとそのまま俺の頭へ振り下ろす。


 俺が後方へ飛びそれを躱すと、その振り下ろした前足の反動を使い巨体が宙を舞う。

 狙うは着地後――

 

 轟音と共に着地した巨体の後方で構えた剣で横に薙ぎ払う。


「狙うなら関節だ」


 大きく体制を崩した巨体に飛び乗り脳天に剣を突き立てると微動だにしなくなる。

 俺は絶命を確認し先程の男に声を掛ける。


「もう大丈夫だ。」


 声を掛けると岩陰からゆっくりと姿を現す。

 ひどく怯えている様子だが、見たところ外傷は無さそうだ。


「ぁ…ありがとうございます……」


 しかし、とてもではないがこのまま帰らすのは無理そうだ……。

 俺はギルドに向かっている事、そしてそのギルドがすぐ近くだという事を伝え、ひとまずギルド同行させることにした。


 再び歩き始め十数分経っただろうか、壁に囲まれた孤島が目に入る。

 そしてその孤島がギルドの駐屯地だと伝えると、男が少し安堵の表情を浮かべながら、再度感謝の言葉を述べる。


 そのまま俺と男が壁の方へ向かっていくと人影が見えた、こちらに手を振っている様に見える……サイディルだ。


「おーいこっちだ」


 見ればわかっている……。


 俺と男は急ぐ訳でもなくそのまま歩を進める。


「リアム、やっぱり来てくれたんだね。そちらのお方は?」


 道中の状況を伝えるとすぐさま兵を派遣し道中の安全を確保する為の兵が派遣された。


「とりあえず中に入ろうか雨の中体も冷えただろう?温かいお茶でも飲みながら君の紹介を皆にしようか。何せ君は言ってしまえば一人で魔族とエヴェルソルアイツらを相手にしてるだからね」


 まったく今日は朝の宿屋の主人といい、酷い言われ様だな……。

 そんな事を思いながらサイディルに連れられ建物の中へと入っていくと、先程の急な派遣命令のせいだろうかかなり慌ただしい雰囲気に包まれている


「はーい、みんな注目!彼が昨日話した私の特別推薦リアム君だまぁ面識は無くとも噂は聞いてる人が居るかな?取敢えず今日から共に任務こなして行く仲間だ。とは言っても私や副長などと共に調任務を主として動いてもらう事になるだろう」


「リアム・ノーレンです」


 サイディルからの紹介に合わせ一言、自己紹介を終えるとすぐにサイディルに別の部屋へと連れていかれる。


「すまないね、取り急ぎ片付けないといけない任務が幾つかあるから、来て早々悪いがちょっと手伝ってもらうよ」


 そう言われ、中央にテーブル、壁には塗版が掛けられた部屋へと案内される


「支部長、お待ちしていました。」


 部屋へ入ると青年が出迎える。


「待たせたね、アロウでは少し打ち合わせをしてすぐに出発しようか。リアム、彼はアロウ今回の任務に同行してもらう事になっている。そして任務の内容だが――」


 任務の内容がサラサラと説明される。

 内容は特別、複雑なものでは無い様だ。


 此処より北西に向かった所にある、今は使われていない坑道付近で近頃、行商人が襲われると言う被害の報告が多く入っていると言う。

 そしてその報告を元に数名の兵を調査として派遣した所、連絡が途絶え消息不明となっているとの事らしい。


 そこでこのサイディルへ直々に、これ以上の被害を出さない為と命令が下ったとの事だった。


「――そして、襲撃を逃れた商人から得られた情報なんだが、付近の丘の上には坑道を見渡せる監視所の様な建物が有ったらしいんだ。正直なところ、情報不足も良い所だけどね……先に言った通りこれ以上の被害を出す訳にもいかないんだ」


「じゃあ、どうするんだ?取敢えず素早く情報を集めそれから制圧に掛かるか?」


「いや、先ずはその監視所を調査、そして可能であれば制圧する。で、状況次第で坑道を制圧するか否かは現地での判断となるだろうね……万全とは言えない状況だが大丈夫かい?」


 正に切羽詰まったと言った状態だな……頷かない訳にもいかないか。

 俺は思い首をどうにか縦に振った。


「じゃあ、行こうか。」



 ◇◇◇◇◇◇



 ――街道を北西へ向かい半日ほど歩いただろうか遠目に小高い丘が見える。

 そしてその奥へ見える山々は白く染まっている


「どおりで寒いわけだ……」


 思わず漏れた言葉にサイディルが振り向く。


「あの丘の上が恐らく例の監視所だ、万全の状態で挑む為に今日はこの辺りで休息をとろうか。二人は夜営の準備を進めてくれ私は少し状況を見てくる。」


 サイディルはそう言い残し、一人丘の方へと再び歩を進めていく。


「じゃあ、リアムさんは天幕を張ってもらえますか、自分は火を起こしておくので」


「あぁ、わかった」


 アロウと野営の準備を進め、日が落ち辺りが夕闇に包まれる中、辺りから足音が聞こえる――

 素早く俺とアロウは剣を構えると――


「どうしたんだい?そんな剣なんか構えちゃって……」


 安堵のため息をアロウと共につくと、サイディルが笑みを浮かべる。


「すまない、すまない。驚かせたね、じゃあ状況を共有しながら食事でもしようか」


 俺は焼き上がった肉を切り分け、シチューを器へ盛り二人へ手渡す。


「おぉ旨そうだ!早速いただこうか……あぁとても美味しいよリアム」


「お店が出せるくらいですよ!」


 自分で言うのは何だが料理、そして狩猟は幼いころからとある理由で得意だった。


「満足してもらって何よりだ」


「よし、楽しい食事の最中だが監視所の状況を説明しようか……まず監視をしている者は三名。一人は更に高くなった見張り台にいる恐らくそこから状況を共有し残りの二人が街道の陰から襲うというのが手口だろう」


「では街道で行商人を装いそれを襲いに来たと同時に監視所を制圧するというのは?」


 確かにそれなら……しかし。


「いや、それだと行商人を装う役へのリスクが大きいそれに見張り台というものがある以上坑道の方へ何かしらの合図が送られた際に坑道が警戒状態になり兼ねない……」


 サイディルが何やら満足そうな顔を浮かべている。


「いいねぇ二人とも各々、意見を持っていて素晴らしいよきっと二人は良き指導者になれるよ、そして肝心な作戦だがリアムが言った様に行商人を装うのは確かにリスクが大きすぎる、街道側はあまり見通しが良くなく隠れる所が多いからね、敵が二人とは限らないしね……だから直接、監視所を制圧する。私とリアムで下にいる二人を片付けるからアロウは見張り台の奴を弓で頼む、坑道の方に関しては監視所の制圧によって動きが見られなければそのまま制圧へと向かうつもりだ」


 俺が頷き、続けてアロウが頷く。


「じゃあ夜明けと同時に行動し始めるから二人も早めに休んでくれよ。リアムご馳走様、美味しかったよ」


「リアムさんも後は片付けて置くんで休んで下さい」


 俺はアロウに言われるがままにサイディルと天幕へと向かい眠りに就いた。



 ◇◇◇◇◇◇


 未だ日が登り切らず薄闇が広がる時刻、俺達は行動を始めていた。

 サイディルを先頭に気配を殺し存在を悟られないようにゆっくりと丘を登る、見張り台を狙う為に途中でアロウと別れ頂上を目指す頂上へ着くと近くの巨木の陰へ身を潜め様子を伺う。


「んー、ちょっとまずいね……二人の距離が近すぎてこのまま、二人で行くとお互いを斬り兼ねないね……一人でいけるかい?」


「問題ない、任せてくれ」


 そう返答を返し俺はアロウへ合図を送れる位置へと移動し再度、様子を伺う。

 槍を構えた者と、短剣を二本腰に携えた者が建物を背にし立っている、俺はアロウと目を合わせ合図が見えることを確認し更に距離を詰める。


 そして合図と同時に矢が放たれ見張りを射抜く――


 その瞬間俺は、陰から飛び出し短剣使いの背中を目掛け突きを放つ。

 ――否、気づかれている。


 それに、状況が悪い……此方にいち早く気づいたのは槍使い、空を裂き突き放たれた穂が俺の目前に迫る。

 すんでのところで体を捻り、左手で逸らした切っ先は頬を裂く程度に収まる……。


 そして勢いを殺さぬまま、槍使いへ体当たりをし突き飛ばす。

 すぐさま方向転換……短剣を両手に構え突進してくる標的へ右手に持った長剣を顔、目掛け投擲する。


 無論弾かれる、だが短剣で塞がれた視界を利用し胴へ体当たり、崖下へ突き落とす。

 続け様に、投げた長剣を拾い上げ槍使いの元へ向かう。


 しかし、相手もされるがままとはいかない。

 それでも此方の方が一枚上手だ……立ち上がり再度、突き放たれた槍を躱し喉元へと剣を突き刺す。


 糸が切れた操り人形の様に倒れこんだ槍使いから剣を引き抜き、眼前から足元へ向け空を斬り鞘へ収め、崖下に目を遣ると、痙攣を起こす短剣使いが横たわっている


「時間の問題だな……」


 二人へ制圧が完了したことを伝える。


「いやぁヒヤヒヤしたよ、頬は大丈夫かい?少し休むと良い。おーいアロウ建物を調べよう」


「はい!」


 近くの倒木に腰を掛け息を一つ……決して罪悪感が無いわけではない今殺めた彼らにも大事な何かが、大事な人が居たかもしれないだがその為に徒党

を組み何かを奪う等、ましてや国王を亡き者するなど有ってはならない……。


「リアムすまない、ちょっと来てくれ」


「あぁ」


 サイディルの呼び掛けに答え、腰を上げ建物の中に向かうと、其処には大量の武器や物資、恐らく全て襲われた行商人から強奪されたものだろう。


「こんな量の武器それに食料……奴ら戦争でもする気ですかね?」


「んー戦争かどうかは分からないけど何かしら企てているのは間違いなさそうだね……」


 そう言うとサイディルが一枚の手紙を差し出す。



「―指令書―


先日の荷馬車隊、襲撃の失敗により当初の予定より武器及び物資の量が不足しているため骸骨の砦、南東の廃坑付近及び極彩の森、南西の村近くへと野営地を設営し行商人、付近の村からの略奪へと変更する当初『ライド』からの一般人への被害は最小限、との方針から少々外れてしまうが敢行せよ

                                                                                 

―マイド―  」



「ほら、何かしらの目的のために物資を集めている様でしょ?そして不幸中の幸いかこの『ライド』は必要以上に一般人を巻き込む事を良く思っていないみたいだね……という事は消息を絶った兵や行商人は、まだ生きている可能性があるってことだ」


「ですがこのまま坑道を制圧するのは……こちらは三人ですよ」


「だけどね、このまま帰って態勢を立て直してもう一度、っていう暇があるとも正直思えないんだ……一応言っておくが君たちに無理強いはしないよ。だから、この先に行くかは君達で決めてくれて構わないよ」


 すかさずアロウが答える。


「僕はついていきますよ」


「あぁ、ありがとうアロウ。」


 俺も答えるべきなのだろう……しかし、この手紙の内容……。


「リアムどうした?さっきから黙り込んで」


「この手紙の……荷馬車隊の襲撃失敗って……」


「あぁ、君が先日守った荷馬車隊の事だろうね」


「俺があの荷馬車隊の護衛をしたせいでこの近辺や複数の村での略奪が行われている」


「結果的にはそうなるね……ならば君は其処で指を咥えながら、今ならまだ救えるかもしれない命がただ、死に逝くのを見ているかい?」


 あの時と同じ少し冷めた口調、刺す様なサイディルの視線に気持ちが揺らぐ。


「まぁ、君が此処でそうやって足踏みをしてるというのなら私は構わない……だが折角、再び歩き始めたと言うのに、こんな所で止まってしまうなら最初から歩き出さない方がよかったじゃないか?」


「――っ!」


「そう、そうだよ、この先もっと辛いことが有るだろうそして君はそれを承知で『真相』探っているこんな所で止まっていられないだろう、いや止まる筈が無いだろう。それにね、君が守った荷馬車隊だがギルドの本部へ医療物品を運んでる最中だったんだ、人員不足で護衛を付けられなかったこちらの責任でもあるが、あの品が無ければギルド内に多くの死者を出していたんだ」


 微笑みながら俺の肩に手を当てサイディルが続ける。


「大丈夫私の経験上、善意が全て裏目に出たことは無いからきっと君も大丈夫だ!」


 もっとマシな励まし方は無いのか……。

 つい、少しばかり緩んだ頬を隠しながら、肩に乗っている手を軽く退け、丘の上から坑道の付近を見渡しながら――


「此方側から見えるのはあの、でかい骸骨だけだがどうする?」


「そうそう、それでこそ君だよ、じゃあ少し作戦を練ろうか」

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