嘆きの王と沈黙の代償

@tell

離反

第一話 出会い

 広大な草原、砂漠、雪原、其処に闊歩する異形の者達。

 剣を携え街道を征く人々、壁に囲まれた都市、此処は〈王亡き王国バスティーナ〉




 扉を開けるとツンと鼻を突く血の匂い、散乱する家具を除けながら寝室へと向かう。

 足元の朱に染まった絨毯の上に伏しているのは、主人である国王。


「国王……ラルフ国王……」


 何度呼びかけようとも返事はない。

 既に事切れているその事実に打ちのめされると同時に、身体から全ての力が抜けていく



新西暦 六年 〈バーキッシュ領 都市リングランデ〉



「――はぁはぁ……」


 またこれだ……。

 主人である国王を亡くしてからと言うもの、毎晩の様にこの夢を見る……。


 何やら外が騒がしい、目を開けるのが嫌になるほどの日差しが差し込む中、なんとか重い体を起こし外の様子を伺う。


「そうか今日は新西暦の記念日……そして…」

 

 コンコンと、軽快に扉を叩く音が鳴り響く。


「リアム?リアムーそろそろ約束の時間だよー」


 部屋の中に響く鳥のさえずりの様な少女の声。

 ミーナか……とある事件の際に助けてからというもの度々行動を共にしている。


「あぁ、少し待っててくれ……すぐに行く」


「はぁーい」


 気の抜けた返事、バタバタと騒がしく階段を下りていく。


「はぁ行くか…」


 外套を羽織り、長剣を腰に携えて階段を下りていく、宿屋の店主と軽く会話を済ませ約束のレストランへと向かう。



 ◇◇◇◇◇◇



〈レストラン セラフィア〉


 扉をくぐると奥の方へ、ミーナとその隣に居る人物……歳は四十近いだろうか?長く伸びた髪を後ろに束ねた細身の男の姿が見える、俺は店員に会釈をし水を受け取ると二人の座る席へと向かった。


「遅くなりました、リアム・ノーレンです。」


「いやいや、こちらこそ急に呼び出してしまって申し訳ない。まずは自己紹介をさせてもらってもよろしいかな?」


 紳士的な口ぶり、身なりも整っている。

 この様な人物に呼び出される覚えは特に無いが……。


「では、私はライディン・サイディル『ギルド』のバーキッシュ支部、支部長を務めさせてもらっている者だ以後よろしく頼む」


 参ったな……『ギルド』の関係者か――

 六年前、王政の崩壊と共に解体された王立軍の代わりとなるべく大戦時の民兵達を集め政府関係者が設立したとされる傭兵団体、悪い噂こそ聞かないが俺の『目的』には寧ろ対立する可能性だってある……。


「早速なんだが……」


 俺の思考を遮るようにサイディルが続ける。


「君に我々のギルドに所属してもらいと思っているんだ、君の噂は聞いてるよ物資輸送の荷馬車隊を『魔族』から護衛、街道の安全確保それに『エヴェルソル』の連中も相手にしてるんだって?それも一人で!」


 少々、興奮気味に問いかけてくるサイディルに些か圧倒されながらも、俺は冷静に答える。


「確かに護衛や安全確保の件は事実だが、全て俺の『目的』のためだ。それに今、俺を引き入れた所であなた方に迷惑を掛け兼ねないからな」


 そう言い俺が席を立とうとすると……。


「『王の死の真相』君の目的とはこれの事だろう?」


 今までの陽気、いや胡散臭いともとれる口調が一変する


「まぁまぁ、そんな怖い顔をしてないで席に戻ってはくれまいか?」


 俺は驚くあまり声も出せないまま素直に席に戻るとサイディルが続ける。


「ありがとう。では続けさせてもらうよ六年前の王政崩壊時、君は王国軍兵士それも王直属の近衛兵だった。だが……君は王殺害の前日より遠方の砦の監視任務に配属されていた。そして当日、王城からの応援要請の伝令により城に向かった君は王の亡骸と『とある物』を見つけたそうだね?」


 何故そんなことまで……。

 更に困惑と驚愕が頭に広がる中、俺はグラスに口を付けたまま小さく頷く。


「そして君は王の元を後にし生存者を探していた所、左目を負傷したミーナ彼女を見つけ助け出した……とまぁこんなところかな?まぁ、彼女に聞いたんだがね」


 ミーナの方へ視線を向けると少し申し訳なさそうに俯いている


「まぁそんなつもりは、ないだろうが彼女を責めないで欲しい君のことを心配してるんだろう」


 しかし何故だ?六年間もの間、明るみに出る事の無かった情報を探ろうとしている俺に協力する理由が分からない。

 長年、表に出なかった情報だ……何かしらの裏が有るに違いは無い筈だと思うのだが……。


 しかも、ギルドと言えば王立軍の後任を謳っている組織だ……そんな奴らが、俺に関わる理由など。


「……」


「そして王の死因だが、それは既に『魔族』と『エヴェルソル』の共謀による殺害だと分かっている。そして君が知りたいのはそんな事では無いということもね。重要なのはなぜ、強大な力を持つ魔族と元はただのゴロツキ集団だったエヴェルソルが対等な同盟関係にあるか、と言うことだ」


 俺は再び緊張で乾いた口を少し水で湿らせた。


「そうだ、力を持つ物に対して対等な関係で居られる何かがあるはずだそれを明らかにすれば何か手がかりが掴めるかもしれない」


 持論交えながら返答を返すと再び陽気な口調でサイディルが続ける。


「そう!そこでギルドへの所属が生きてくるんだ、調査に対する人員、物資そして何より情報網が広がるだろう?それに最近、魔族とエヴェルソルとの膠着状態が解けつつあるんだ」


 さて、どうしたものか……。

 答えを返すべきなのか、それとも……。


「返事はすぐじゃなくても構わない、後君がきっと危惧している政府との関係だが別に私たちは政治家奴らの部下じゃない、ただ設立者が政府の関係者と言うだけの傭兵集団だ、もし君が心配するように対立したとしてもまたそれも一興ってヤツさ」


 そう言い席を立ち硬貨を何枚かテーブルに置くと手を振りながら去っていった――

 そして流れる暫しの静寂、やがてミーナがゆっくりと口を開く。


「その……ごめん……」


「いやむしろ礼を言わせてほしい、きっとお前がサイディルあの人に話をしていなければ俺はこのまま真実に辿り着けなかったかもしれない……」


 ミーナが少し照れくさそうに下を向いたまま続ける。


「よかった、あの時のお礼少しでもできたらと思って」


「ありがとう。やっと真実に近づけた……いや、やっと一歩を踏み出せた気がする」


 少し紅潮した頬を隠すように俺は席を立ち背を向け返事を返し店を後にした。

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