回想 満願成就の月夜にて
「甘んじて受けよう……これが、あの時私が貫いた沈黙の代償だと言うのならば」
――深い朱に染まる絨毯、足に伝わる感触は湿地の土を踏んでいる様な感覚だ。
血液、
横たわる人々の顔に浮かぶのは、苦悶、恐怖の表情。
掴んだ扉の取っ手からは、ぬるりと滑る様な感覚が伝わる。
「殺しちまったのか?」
「……今際の際だ……無数の兵が迫っている、時間は余り無いぞ」
息を荒げながら大量の血が流れる掌を抑える異形の者。
頭部に獣の様な角を生やし、伸びる脚部は羚羊の如く細くも強靭な物。
人であり人でなき者
「なんて
「ふざけた口を聞くなよ、ライド……目的は果たした。
「分かりましたよライド様……
異形の人物と会話を交わし、息も絶え絶えに座り込む人物の下へと向かう。
「よう!王様、気分はどうだ?」
途切れ途切れの呼吸だけが返って来る。
座り込む人物の隣へ勢い良く腰を下ろす。
「なぁ、覚えているか?……衛兵に連れられて来た、一人の子供」
「……君は……あの時の」
「おぉ!覚えててくれたのか。嬉しいぜラルフ国王様」
「余を殺しに来たのか?」
「大正解だ!……だが、その前に一つ聞いても良いか?……まぁ、あんたには死んでも答えてもらうからな。拒否権は無いぜ」
鎮まる度に部屋の中へと響く、激しく荒れた吐息とうめき声。
「何故あの時、否定でも肯定でもなく『沈黙』を貫いた?」
「……そうだな……私はこの国が好きだ、だからこそかも知れないな」
「……?」
「あの計画は私が命じた物だ。当時この国は資源を求め他国より侵攻を受けていた……他国に比べ低い軍事力で何とか、攻撃を凌いでいた」
激しく咳き込み、床に大量の血液を撒き散らす。
「だがそれも限界が近づいていた。其処で余が目を付けたのが『生物学』だった……我が国は以前より他国より突出した生物に対する知識、技術を有していた。そしてそれを軍事転用出来ないかと考え、研究者やそれ等の知識や技術を持つ、ある者へと研究を命じた」
「生物学の軍事転用?……成程な」
「彼らは優秀で忠実だった、そして完成させてしまったんだ『人間兵器化計画』を……余は其処で止めるべきだった、だが出来なかった。余を信じ研究し創り出した……この国を守りたいと言うその思いで……私がそれを否定してまったらどうなる?」
「あんたを信じて着いて来た奴らは、落胆するだろうな……その技術を外国へ持ち出されるかも知れないな」
「そうだ、余は彼等を否定したくなかった……この技術が広がってしまうのが怖かった。そして余は『研究成果』を戦地へと送った……その威力は絶大だった。其処で余は誓ったこの技術は他国にも国内にも決して漏らしてはいけない、被験者となった者達は国を挙げて手厚く保護をしようと」
次第に吐息が小さく……刻一刻と死が迫っているのだろう。
「彼等を戦地へ送り出してからは戦況、国内の状況が少しずつ落ち着きを取り戻して行った」
「あぁ、そんな折りだったなぁ……」
「そう、ボロボロの少年が衛兵に連行され城へとやって来た。そして少年は、化け物を……化け物を作っていたと言った。続けて少年は自分の兄が捕まった場所で化け物を作っていたと」
「あぁ……兄弟そろって悪戯好きな悪ガキだったからな……妙な施設に迷い込んじまった」
「そこで余は知る事となる……本来、人間兵器化計画は同意を得た者のみを被験者としていたが戦力増強の為、無差別に一般人を被験者としていた事に。きっと最後の機会だった……余は少年の声を聞き入れ彼等を止めていれば良かった……それでも未だ不安定な国内と戦況が頭をよぎった」
「そこで、あんたは再び過ちを犯したって事だ」
「そうだ、私は側近へ命じた。その少年を連れ出せと……実験を目の当たりにしている事は重々承知していたが、子供のいう事だと考え私は側近の制止も聞き入れず少年を……君を解放した」
「で、その時に解放した結果がこれだ。笑えるだろう?王様よ」
「いや、余はこの時を待っていたんだ」
「……?」
「近々、計画に携わっていた者を中心に新政府が発足される……そして彼等は平和の為には悪が必要だと考えている……意味が分かるかね?」
「魔族か?」
「そうだ。新政府が発足すれば君の求める魔族の真相はより深い所へ葬られる事となり、魔族への迫害は一層、強まる事となる」
「新政府を止める為に殺さないでくれとでも言うのか?」
先程まで今にも消えてしまいそうであった声に、気圧されてしまう程の力がこもる。
「違う!新政府が発足した時点で魔族の真相を知る私も先は短い……魔族に関する書類は現在、新政府が管理する施設に全て移されている……君は此処で余を殺し、新政府を止めるんだ」
「はぁ……書類が無いのが分かればあんたに用は無いんだがな……大体、何で俺があんたを殺さなければならねぇんだ?」
「国民の為だ……新政府よって殺されれば、世間に流れるのは原因不明の死……今此処で君に殺されれば逆賊による殺害……少なくとも国民の不安を更に煽る様な事は無いだろう」
「天下の大悪党って訳か。笑えるな……本心を言えばあんたには、このまま苦しんで死んで貰いたいが、今生きているのはあんたのお陰もあるしな……せめて楽にはしてやるよ……何か言い残す事は無ぇか?」
「……頼みを一つ……聞いてくれるか?」
「図々しい奴だな……何だ?」
「娘を……城の何処かにいる筈の娘をどうか助け出して欲しい……最後にもう一つ」
その声はもう、木の葉がすれる様な程に微かで弱々しくなっていく。
「君の兄は……生きているよ」
力なく体を床に沈めると、その後は一切の身動きをしなかった。
「……はぁ……もう少し早く言ってくれていればなぁ……まぁ、良い。娘の事は任せな……それじゃあな『嘆きの王様』」
部屋を後にし奇妙な程に明るい月明りが射し込む長い廊下を行く。
痛みと助けを訴える少女の声。
傍へ歩み寄り尋ねる。
「お前、王様の娘か?」
身体を小刻みに震わせ、涙を流しながら只管に助けを求める。
涙に濡れる瞳は左右で異なる輝きを放っている。
「助けるとは言ってもなぁ……王家の者だと分かれば何をされるか分からないしな……嬢ちゃん、生きたいか?」
少女は問い掛けに何度も頷く。
「そうか……じゃあ、少し我慢してくれよ?」
短剣を取り出し少女の左目に突き付け、そのまま瞳を深く抉る。
耳を
「すまねぇな……その目……王家の異色の瞳を隠すにはこれしか思いつかねぇ……今からお前さんは、唯の少女として生きな」
此方へ迫る足音、少女の顔へ着用していた衣服を縛り付けその場を立ち去る。
城の外、後ろを振り返るとまるで願いの成就を祝うかの様に煌々と月明りが照らす。
「嘆きの王……アンタが払った沈黙の代償、俺はしっかりと見届けた……後は任せな……心配するな、出来る限りの事はしてやるさ」
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