第二十五話 真実、決断
「――じゃあ、何で其れを知ってるかって?」
目の前に立つ、ライドは一つ深呼吸をすると、俺の瞳を真っすぐ見つめる。
「国王を殺したのは俺だからだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の身体は怒りと、復讐が成就する喜びに囚われる。
傍らに座る、サイディルの腰から剣を引き抜き、ライドの首元へと突きつける。
「リアムさん!」
声を張り上げながら、俺の腕をレイラが掴み、制止を試みている。
「レイラ、構わない……覚悟の上だ。そいつの腕を離してやれ」
ゆっくりと腕を解放された俺は、首元へ突き付けた刃を更に食い込ませる。
ポタポタと、刃を伝い血液が滴り落ちる。
「良いかリアム、俺は助けも、許しも請わない……だが、一つ聞かせてくれ」
そんな言葉で、俺の感情が収まり、身体が止まる事は無い。
「俺を此処で殺すのは構わない。だが、俺を殺した後、お前には何が残る?国王の仇である俺を殺した事への達成感か?……いや、俺には分かる!」
ライドは、赤く染まる抜き身の刃を強く握り締め、俺を睨む。
「お前に残るのは、真実を知っても尚、復讐を求めた虚しさ……王に救われたその身を、復讐の血に染めた事への罪悪感だけだ」
首に食い込む刃が次第に押し戻される。
「それでも、お前が復讐の道を歩むと言うのならば、俺は止めない。俺を殺し、魔族やエヴェルソルを滅ぼし、新政府の思惑を打開する……血に濡れた
刃を握りしめる、その手からも大量の血が流れている。
そんな事をまるで、気にも留めない様子で、
「だがな……お前が、幾ら手を汚そうとも、アイツは返って来ない……ならば、この国を世界を、アイツが望んだ平和に近づけるのが、忠臣として貫くべき忠義なんじゃないか?」
全てを知っても尚、求める復讐、忠臣として貫くべき忠義。
いや、まだ確かめなければならない事が有る。
俺の脳内を、情報、感情、放たれる言葉が駆け巡る。
沈黙が作り出す静寂、蝋燭の芯を焼く小さな音だけが堂内に響く。
「直ぐに殺せない理由も、分かるぜ……もう一つ教えてやろう。嬢ちゃんの……『ミーナ・バスティーナ』の左目を潰したのも俺だ」
その言葉の直後、ライドは不敵な笑みを此方へ向ける。
死への覚悟?いや、何か核心を得た様に浮かべる、不気味で不敵な笑み。
「さぁ、お前が求める物は全て与えた……どうする?復讐の道を往くのか、それとも、忠義を――」
「詳しく聞かせろ」
まだだ、俺の求めた物はこんな物じゃない。
身体の力は抜け、重力のままに剣を下ろす。
「そうだ、それでいい……レイラ、傷が開いちまってる。手当をしてやれ」
ライドがそう放つと、同時に俺は半ば強引に、再び椅子へと戻される。
されるがままに手当てを受ける最中、傍らへとサイディルが腰を下ろし、俺の背を何度か撫で、呟く。
「良く堪えたね」
沈黙で返す俺の顔を覗き込みながら、サイディルは僅かに微笑みを浮かべる。
「何故、止めなかったのかって顔だね」
「は?」
俺の素っ気ない返しに、サイディルは微笑を漏らしながら、椅子へ深くもたれ掛かる。
「止める必要は無いと思ってね。
「同情?」
その言葉を放つと同時に、ドスッと勢い良く豪快に俺の隣へと、ライドが腰を下ろす。
そして直ぐに、サイディルを見つめ、口に指を当てる仕草をする。
「おっと、それ以上は……言っただろう?真実は全て、俺の口から伝えると」
「失礼、そうだったね」
「じゃあ、教えてくれ……何故、国王を殺し、ミーナの左目を奪ったんだ?それに、ミーナの事をバスティーナと呼んだな、どういう事だ?」
俺が投げた質問に、失笑をライドは漏らす。
「相変わらず、質問が多いな。まぁ、良いか……すべてはアイツが望んだ事だ」
「望んだ事?」
「そうだ……嬢ちゃんの左目に関しては、あれしか方法が思い浮かばなかったんだ。他に方法はあったかも知れないが、あの娘を助け、アイツの理想を継ぐには、迷ってる時間は無かった」
助ける?理想を継ぐ?ライドの口から言葉が出れば出る程、脳内に混乱が生まれる。
「アイツは俺に、自分を殺す事と、娘を助けて欲しい、と言う事を頼んできた」
「何故、あの人は……国王は自ら死を選んだ?」
「そうだな……国と民を愛し、平和を願ったからだろうな」
色硝子の外にぼんやりと、浮かぶ月を見つめながら呟く。
そんなライドは何処か、昔を懐かしむ様な表情を見せる。
「アイツとは反対に真実を隠し、権力を欲する者達にとって、全てを知るアイツは……国王は邪魔でしかなかった。だからこそ、残された時間が多くは無い事を悟った国王は、自身が命を落とす迄の筋書きを考えたんだ」
「筋書き?」
「そうだ。自分の死が権力を欲した者達によるものであれば、その事実は隠蔽され、原因不明の死として国民に混乱を起こし兼ねないと考えた。其処に、都合よく居合わせたのが俺って訳だ」
自らの命を、最後の最後まで国の為、民の為に使っていたのか……。
「そこでアイツは、俺に頼んだ。自分を殺せってな……逆賊による殺害と言う事実を作り上げれば、少なくとも隠蔽される事は無いと考えたんだろうな。そして、そうすれば不必要な混乱は起きないと。天下の大悪党、国王殺しのライド誕生って事だ」
陽気に、お道化た様な口調で放つ言葉に、俺が抱く疑問は恐らく必然だろう。
「何故、其処までしたんだ?」
「……俺の大事な、二つの命を救われたからだ。その救われた命の対価であれば、国王殺しの名や、娘を助けるくらい安いもんさ。……まぁ、助けた物の、嬢ちゃんには不自由を強いてしまったけどな」
不自由を……か。
あの方法しか、思いつかなかったとも言っていたな。
「王族特有である、左右異色の瞳……それが理由だ」
「……?」
「何故、左目を奪ったのか?と聞いたな。お前も知っているだろう?王族が持つ特殊な瞳と、異常な迄の身体能力……それが分からなければ、王族の者と悟られる事は無いと思ってな。王女と知れれば、何をされるか分からないだろう?」
異常な迄の身体能力……何時かの記憶が蘇る。
二人で狩猟に出向いた際に、離れ業とも言うべき射撃芸を目の当たりにしたが……。
それに、
困惑と同時に、少しの不安が胸を締め付ける。
「――安心しな、きっとお前を信頼していなかった訳じゃねぇ。恐らく、俺が駄目元で掛けた暗示のせいだろう」
益々、頭の中に困惑が広がる。
「生まれや、血筋に囚われずに唯、一人の少女として生きろってな」
「人は、酷く辛い思いをした時、記憶の一部に蓋をしてしまう事が有ると聞きました。きっとその娘も、お父様を亡くし、大きな怪我を負った事で、それに関わる記憶を閉ざしてしまったのかも知れません。噂程度に聞いた話ですが……はい、これで処置は終わりです」
背後に立ち、開いた傷の手当てをしていたレイラは呟きながら、俺の肩をポンと叩く。
「何度も言いますが、無理や激しい動きは禁物ですよ」
念押しの言葉には言い表せない圧を乗せる、レイラに俺は素直に返事をする事しか出来ない。
言い訳などしようものなら、今度は何を言われるか分かった物じゃない。
そんな、普段感じた事の無い不思議な緊張感を抱える傍らで、ライドは大きく背伸びをし立ち上がる。
「まぁ、この事を嬢ちゃんに伝えるか、否かは、お前に任せる。……さて、俺の知る全てを話した。お前はどうしたい?」
そうか、今思えば真実を知った後、自分に何が残り、何が成せるのか……そんな事、考えた事無かったな。
何故なら――
「今迄、俺は……俺だけが復讐の為だけに、行動してきた。主であり恩人でもある、国王を殺された恨みを糧に唯、復讐の為に生きて来た……そんな俺にも、まだ何か成せるのか?」
突如、サイディルは満面の笑みを見せながら、肩へと手を回す。
「リアム……俺にじゃなくて、俺達にでしょ?一人で抱える必要は無いよ」
「そう……だな」
一人で抱えるな、か。
俺とサイディルの会話を聞く、ライドは満足気な表情を此方へ向ける。
「そう来なくっちゃな!……良いか?俺達がすべき事は、大きく分けて二つだ。先ずは、イニールドと奴が率いる、ギルドの一部との決着だ。二つ目は新政府の転覆、及び秘匿された情報、全ての開示――」
「ちょっと、待ってくれ……政府の転覆?一体どういう事だい?」
サイディルが話の腰を折るのも、無理は無いだろう。
かく言う、俺も困惑どころの話では無い……。
だが、そんな事は気にするなと、言わんばかりにライドは自慢気な表情を見せている。
「安心しろ。何も、政府の上役の首を民衆へ掲げ、従わせる訳じゃ無い。第一、そんな事をしたって、そんな奴等が示した物を信じる者は居ないだろう?可能な限り流れる血を少なくする考えが有る」
「何度も口を挟んで済まないね。それでも私達は今、情報漏洩の末にギルドに反旗を翻した者達だ……例え、ギルドマスターとの決着が着いても、その後に控える政府の転覆は逆賊による蛮行って事になるんじゃないか?」
確かにそうだな……俺達がこうしている間にも、イニールドは何かしらの先手を打っている筈だ。
恐らく、既に領内の中心部となる、バーキッシュ等では此度の件が、広まっている筈だろう。
そうなれば、サイディルの言う通り俺達は逆賊、そのもの……
「はぁ……お前達は、一体何を目的に戦ってたんだ?」
溜息と同時に、ライドは呆れた様な口調で言葉を漏らす。
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