第四十二話 悪夢の終わり

 さて、気を取り直して……。

 再度、見張りに意識を向けようとした瞬間、広場に集まる民衆が一斉に動きを見せる。


 広場の中心へポツンと置かれた長椅子へ掛けるライドへ、肩を揺らしながら幅広の刃を引き摺り、近づく一つの影。

 遂に来たか?。


 屋根の上から様子を伺うミーナへ視線を送る。

 徐々にライドとの距離が縮まって行く……まだだ、まだ引き付けろ。


 自然と剣へと左手が伸びる。

 次第に人々がざわつき始める……そして、幅広の刃を持つ剣をゆっくりと、振り上げる。


 悲鳴が上がる……そして一瞬の間を空ける事無く、屋根の上から矢が放たれる。

 其れと同時に、掴んだ剣を一気に引き抜き、広場の中心へと駆ける。


 余裕は見ていたつもりだが……間一髪、殺人鬼とライドの間へ割って入り――


「下がってろよ?」


「随分とヒヤヒヤさせてくれたな」


 間近で見ると……変わった形の剣だな。

 しかし、この形状どこかで……。


 受け止める刃を振り払い、出方を伺う。


「一応聞いておくが、何の目的が有ってこんな事をしてるんだ?」


 深く被った頭巾の隙間から不気味な笑みと、沈黙が返って来る。

 俺との間に流れる静寂を、民衆の歓声が包み込む。


 不気味で不敵な笑みを浮かべたまま、切っ先を後ろへ構え……勢い良く前方へ振り出す。

 明らかに間合いの外側だが――


 頬に灼熱感が奔る。

 生暖かい朱が頬、そして首へと伝う……何をされた?。


 先程の場所から一歩たりとも動いた形跡は無い……。

 無意識に防御の姿勢、そして二本目の剣へと手が伸びる。


 早すぎて捉えられなかったのか?いや、砂埃一つ立っていないのを見ると、それ程の激しい動きをした様には思えない。

 だが、今は……ゆっくりと一歩、また一歩と距離を詰める。


 間合いへと踏み込む寸前、殺人鬼が再び剣を構える。

 そして右から左、横薙ぎに刃を振るう。


 斬撃と思われる何かが外套の表皮を斬り付ける。

 何が有ったのか、何をされたのかが、やはり分からない……しかし、奴の動き……明らかな違和感を感じ取る。


 本来、刃へ力を乗せるのなら腰から上体、そして肩から肘の屈折と動作が完成する筈だが……手首の返し?。

 短剣、閉所での戦闘なら考えられるが……其れにやはり、立っている場所が殆ど変わっていない。


 もう一度だ、次の動作で何か掴める気がする。

 一旦距離を取るか……。


 状況は防戦、にも関わらず上がり続ける大量の歓声。

 なんとしてでも、此処で仕留めなければ、多くの被害者を出し兼ねないな。


 三度、頭巾の隙間から笑みを零しながら、剣を構える。

 攻撃は食らっても構わない、致命傷さえ避ければ問題は無い……必ず見極めろ。


 肘を後方へ、そして手首は更に後ろへ……そして、振り翳す。

 鋭い痛みが腕を襲うと同時に、耳へと届く妙な音。


 金属が擦れる様な……刃がぶつかり合った訳では無い、まるで鎖を振り回した様な。


 『鞭剣』


 以前サイディルに見せて貰った珍妙な剣の存在が記憶に蘇る。

 成程な、どおりで場所を変えずに攻撃が届く訳だ。


 そうと分かれば、此方の得意で!。

 防御の体勢を崩し、一気に踏み込む。

 

 即座に重なる互いの間合い、隙間から覗くその表情は、裂けそうな程に口角が上がっている。

 分かっている、鞭剣の利点は近距離と遠距離、双方への対応が瞬時に可能な事……だが、間近の相手に対応するには手元の鉄線を操作しなければならない。


 そこで生まれる隙を突けば簡単に――

 相手の取った体勢に、一瞬の躊躇を覚える……大きく上体を逸らした不可解な体勢。


 迷うな……袈裟懸けの斬り下ろしを……。


「何!?」


 逸らした上体を自身の足の隙間から出したと思えば、そのまま蛇の様に俺の傍をすり抜けていく。


「まったく……気味が悪いな」


 だが、これで分かった……この身体の柔軟性を生かし、己の身すらも鞭の如くしならせる事で捉える事が出来ない程の速度で斬撃を放っているのだろう。

 しかし手の内が分かった所で、どう対処するかだな。


 考える暇もくれないか……。

 目の前で又も剣を構える殺人鬼……このままでは周りに被害が。


「全員この場から離れろ!――」


 良かった、聞き分けの良い連中で助かった。


「ん?……あれは……使えるな」


 散らばる民衆を目で追う最中、ある物が視界に映る。


「重りを利用した昇降機か、上手く利用すれば」


 人払いが出来た今、ある程度派手に動いても、周りを巻き込む心配はない……現状を打破するにはこれしか無いな。

 昇降機の元へと駆ける。


 距離は僅かだが、辿りつく迄の間は完全に無防備となる。

 斬撃が飛んでこない事を祈るばかりだが、無論そんな筈は無い。


 四方八方から縦横無尽に見えない刃が飛び交う……目で捉えられないのなら、刃に篭る殺気に頼るしか無いな。

 昇降機までもう少し……微かだが、背中を刺される様な冷たい感覚。


 本能のままに前方へと飛び込む。

 

「危なかった……」


 外套の端がヒラヒラと宙を舞う。

 だが、此処までくれば……あと数歩……。


「……!?」


 突如、目の前を光点が横切り、壁へと突き刺さる。


「矢?」


 思わず、突き進む足が止めたと同時に、地面に敷かれた石畳の一部が見るも無残に砕け散る。

 あと一歩踏み込んでいたら……。


 屋根の上から熱い視線……ミーナが自慢げに親指を立て、笑顔を見せる。

 俺は一瞬だけ微笑み返し、再び目的の場所へと走る。


 良し、何とか辿り着いた……此処からだな。

 鼓動は早まり、柄を握る手に汗が滲む……全ての緊張を振り払い、一気に殺人鬼との距離を詰める。


 やはり早いな……。

 即座に近接への応戦体勢を取り直し、斬撃を……。


 其れが放たれる寸前での静止、そして昇降機の元へと素早く立ち戻る。

 瞬時の切り替え、離れた標的を捉える為に又も、身体を奇妙に捻る。



 ――掛かったな。



 予想通りの斬撃が放たれる。

 万が一の時、即座に反撃する為に防御は出来ない……俺の鼻筋を横一文字に斬り裂くと同時に、重りに括り付けられた縄を断ち切る。


「よし」


 大きく体勢を崩した殺人鬼は這いながら……いや、引き摺られながら此方へと近づいてくる。

 

「う……うでが……」


 昇降機の縄に絡んだ鉄線は、衣服を破り持っていた手に深く食い込んでいる。

 最早、剣は扱えないだろう。


 最大限の慈悲として、俺は縄を絶つ。

 しかし、目の前に居るのは無数の被害者を出した『名刻の殺人鬼』これ以上の慈悲は必要ない。


 重力のままに地面へと崩れ落ちた所へ、刃を突き付ける。


「お前が見せた悪夢も今日で終わりだな」

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