第二十九話 綺麗な戦い方

「――じゃあ、出掛けて来るな」


 身支度を済ませ俺は、部屋の扉へ手を掛けた。


「あっという間だったね……」


「そうだな……確かに二、三日くらいしか経っていない様な気分だな」


 ミーナの言葉通り、怪我の療養で共に過ごした時間は一瞬の様に感じた。

 実際、此処に戻って来てからは数週間……そしてイニールド、ギルド等との三度目の対峙を明日に控えていた。


 そんな中、突然のサイディルからの呼び出し……勘弁してほしい物だ。


「まったく、大事な用が有るなら早くに知らせてくれれば良いものを……」


「フフッ、あの人らしいね」


 俺のぼやきにミーナは柔らかく微笑む。

 そんなミーナの表情を背に俺は、宿屋を後にした。


 多くの人で賑わい、喧騒の飛び交う商業街を抜け、暫く歩いた場所に位置する小門を潜り防壁に沿って立つ小高い丘。

 少し息を切らしながらゆっくりと頂上を目指す。


 都市を見渡す様に、ひっそりと佇む石碑の横に立つ一人の人物。


「こんな所に呼び出して……一体何の用だ?」


「やぁ、その恰好なんだか久しぶりに見る気がするね」


 俺の身なりを確認するなり、サイディルは微かに笑みを浮かべる。


「あんたが何時もの格好で来いって言ったんだろう?待ちきれずに、抜け駆けして奇襲でも仕掛けようってか?」


「ハハハ、まさか。大事な用が有るって言ったじゃないか」


 はぁ、この男は……人を呼び出しておきながら、勿体ぶって内容すら口にしないとは……。

 このまま、帰ってやろうか?


「だから、その用事って――」


「ほら!」


 此方へ向かって何かを放る……剣?

 カランと足元へ転がる、長短一対の訓練等で使用される木剣。


 益々、訳が分からなくなる。


「これは何のつもりだ?」


「明日に備えてね。勘を取り戻す為にも少し動いておいた方が良いだろう?」


 勿体ぶる程の内容でもないじゃないか。

 寧ろ、この男の事だと考えるとまともな方だな。


「リアム?何故そんなに残念そうな表情をしてるんだい?もしかして本当に、奇襲を仕掛けるとでも思っていたのかい?」


 勘を取り戻す……か。

 まぁ、残念と言うより生憎と言った所だな。


「勘なら、十分戻ってる筈だぞ」


「と、言うと?」


「療養中、身体が動く様になってから、ほぼ毎日の様に狩猟へ連れて行かれてたからな……」


 勿論、勘弁してくれ等とミーナに言える訳も無く、セラフィアの食糧庫が満杯になってしまう程に連日駆り出されていた。

 まぁ、その甲斐あって心身ともに、随分と回復したつもりだが。


「そうかい。調子は?」


「だいぶ、良さそうだ。弓は以前と変わらない位には扱える様になった」


 サイディルは俺の返答に何度か満足そうに頷く。


「じゃあ、次はこれだね!」


 そう言いながら、サイディルはおもむろに剣を構える。

 成程な、そう言う事か。


 やっとサイディルの思惑を理解した俺は、長い方の木剣を構えると同時に短い物を腰と剣帯の間に挟み込む。

 模擬戦か……従軍時代以来か。


 此方を真っすぐ見つめるサイディルの視線がより緊張感を高める。

 

「では、私から行かせて貰うよ!」


 不敵な笑みを浮かべたと同時に、サイディルが動く。

 剣を下段に構えた踏み込み、瞬時に俺との間合いを詰めに来る。


 左下からの大振りな斬り上げ……予備動作が丸見えだ。

 後方へ飛び避けつつ、距離を取る。


 大きく剣を振り上げた事によって僅かに隙が生まれる……追撃で振り下ろされる剣の軌道を避けつつ、狙うは右の脇腹。

 地面に剣が叩き付けられたと同時に生じる確実な隙へ目掛け、薙ぎ払う様に斬撃を叩きこむ。


 だが、当たった感触は伝わらない。

 其れに加えて、視界の中からサイディルの姿が消えている。


 即座に背後へ視線を移す……低く屈んだ状態から剣を構える姿が映る。

 足元寸前へ迫る斬撃、回避は間に合わない。


 ――ならば。


 地面に木剣を突き立て、迫る斬撃を受け止める。

 そのまま突き立てた剣を支えに、サイディルの身体を飛び越え背後へと回りこむ。


 刹那の反応。

 俺の着地を狙い、振り向きざまに繰り出される薙ぎ払い……瞬時に前方へ転がり、手から離れた剣を拾い、再び構える。


 二度目の正対。

 お互いに剣を下ろす。


「うんうん、良い感じだ!依然と遜色無いほどに動けているみたいだね」


「そうか?攻撃を凌ぐのに必死なんだが……あんたは少し力が入りすぎなんじゃないか?病み上がりなんだから、少しは手加減してくれ」


「フフッ。実はこうして君と打ち合うのを楽しみにしていてね。つい、力が入ってしまうよ……それに、手加減してしまったら模擬戦の意味が無いじゃないか」


 実に喜々とした表情、楽しそうだなこの男は。


「ほら、次は君から来ると良い!」


 まるで、挑発するかの様に両腕を広げてから、再び剣を構える。

 

「じゃあ、遠慮なく!」


 俺は、身体を低く切っ先を後方へ構えサイディルへ一直線に踏み込む。

 間合いに入ると同時にサイディルは低空で迫る俺に対し再度、剣を構え直す。


 だが、俺は更に低く、防御の更に下を行く。

 サイディルの足元へ滑り込み紙一重で、振られた剣を躱して背後を取る。


 脹脛ふくらはぎへと思いっきり剣を振るう。


「はあ?」


 ――何だ?。

 背中に目でも着いてるのか?。


 そんな事を思わせる様に背後へ繰り出した剣撃を跳躍し躱す。

 そして落下すると同時に此方へ振り下ろされる剣。


 俺は、すぐさま体勢を整え上方からの斬撃を受け止め、逆手でもう一本の木剣を腰から引き抜く。

 首元目掛け、さっと振るうも、腕ごと抑え込まれてしまう……寧ろ好都合だ。


 互いに両手が塞がった状態、俺は更に一歩踏み込み、サイディルの額目掛け頭突きを放つ。

 じんわりと自身の額へ痛みが広がると同時に、サイディルは後ろへ数歩よろめく。


「まったく……本当に君の戦い方は荒々しいね」


 額を擦りながらも、その表情は何処か嬉しそうだ。


「随分と楽しそうだな。俺から言わせれば、あんたの戦い方は綺麗すぎるぜ」


「そうかな?では更に綺麗に美しく……今度は私から行かせて貰うよ」


 剣を肩に担ぎ上げ、此方へ突進して来る。

 瞬間的に距離は縮まり、間合いへの侵入を許す。


 大振りな動作で振り下ろされる剣……先程と同様に大きな予備動作を経て地へ叩き付けられる。

 軌道こそ読みやすいが、空を斬った際の轟音から予想できる、如何にも強力な一撃……避けるのが無難だろう。


 だが、避けているだけでは距離が開く一方。

 とは言え、動作の後に出来る隙は次に繰り出す剣撃の予備動作で補われている。


 一切の無駄がない、流麗で華麗な剣裁き……正に剣舞とでも言えるだろう。

 攻守一体、抜け目の無い様な剣技。


 だが、そんな中にも、ほんの僅か……刹那にも満たない程の瑕疵かしが発生する。

 打ち込みから予備動作へと移る迄の一瞬、其処を狙う。


 四方八方、次々と繰り出される斬撃や突きを、今は最小の動作で躱す事に集中しろ。

 期を伺い、確実な一撃で沈める。


 ――よし、次だ。


 今躱した、横一文字の斬撃……鮮少せんしょうだが速度が落ちていた。

 次の斬り込みに合わせて懐へ飛び込み、反撃の一手と同時に畳み掛ける。


 ――来た!


 斜め下からの斬り上げ……躊躇いは要らない、一気に飛び込め。

 確信した……入った!



「――ブッ」


 何が起きた……?。

 サイディルが姿を消したと同時に、揺れる視界……遅れて、右頬に鈍痛が奔る。


 失われていく平衡感覚、地面が目の前に……。


「すまない。大丈夫かい?」


 倒れる寸前でサイディルに抱えられる。

 地に足が着いていない様な、気持の悪い感覚が治まらない。


「サイディル……あんた一瞬消えなかったか?」


 自分でも可笑しなことを聞いているのは承知している……だが。


「いや……少し横へずれただけだが……少し、座っていなさい」


 抱えられた俺は石碑への傍へと連れて行かれ、そのまま腰を下ろすと少しづつ、平衡感覚が戻る。

 気持ち悪さが治まり、歪んだ視界も段々と明瞭になる。


「視野が少しばかり、狭くなっているみたいだね。僅かに右側からの攻撃への反応も遅れていた」


 サイディルは申し訳なさそうに、そう言いながら、目の前に屈み俺の頬と口角に滲む血を拭う。


「とは言っても、右側の攻撃だけに集中しすぎると他の方向からの攻撃に対応出来なくなってしまうからね……常に自分の視界に収まる様、相手を誘導すれば以前の様に……いや、前以上に上手く立ち回れるだろう」


「常に、視界へ収める……か」


「大丈夫だよ!出会ってから君はこの短期間で確実に戦う術は上達しているからね。視野を克服した君なら、あの人と対等以上に張り合えるだろう」


 対等以上に張り合える。

 素直にこの言葉を受け取れないのは、俺の自信の無さからだろうか……それとも。


「まぁ、難しく考える必要は無いよ!さぁ立てるかい?」


 差し伸べられたサイディルの腕を掴みながら立ち上がる。

 眩暈も、視界の歪みも無い、大丈夫そうだな。


「リアム、今日はありがとう。君と打ち合えて楽しかったよ……お陰で少し緊張も解れたよ!」


「ハハッ、あんたも緊張するんだな」


「勿論さ。次は何も考えずに唯、純粋に楽しむ為だけに手合わせを頼むよ」


 緊張、深く考える必要は無い……そうだ、この男の言葉で自信は十分付けられた。

 後は、気持を落ち着かせ、緩和させ戦いに臨むだけだ。


 今日の様に。


「またやるのか?……仕方ない、気が向いたらな」


「あぁ、約束だよ。私は帰るけど、一人で帰れるかい?」


「大丈夫だ」


 サイディルは優し気な表情を見せた後、後ろ手で右手を振りながら、長髪を風になびかせ丘を降りていく。

 草木が揺れ、葉擦れの音色だけが響く静かな空間。


 今迄に感じた事の無い様な胸の高鳴りを感じる。

 其れは平和へと続く一歩を踏み出す事への緊張であり期待。


「はぁ、あいつ自分だけ満足して帰りやがったな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る