【幕間】
【幕間】 才、有する者 第一話
――五六一年、動乱一年と呼ばれたその年。
私は馬車に揺られ『王政議会議事堂』……国家の重要な議会等が行われる施設へと向かっていた。
大勢の人で賑わう街道を進み、やがて馬車は停車する。
「御者さん、ありがとう。世話を掛けたね」
「いえ。此方こそ道中、ご迷惑をお掛けしてしまい大変申し訳ございません……お代の方は結構ですので」
「故障の事かい?……いやいや、気にしなくて良いよ」
道中に馬車が故障した件で、代金の受け取りを拒む御者。
私は座席へ代金を置き馬車を降りる。
「ではお言葉に甘えて……」
目の前に
其れを囲む堅牢な防壁と鉄柵の門……その傍らに槍の穂先を空に掲げ立つ衛兵へと、私は歩み寄る。
「止まれ、何者だ?」
私が制止する衛兵に
「近衛兵の方でしたか、大変失礼致しました。只今、開門致しますので御通り下さい」
「ありがとう。では、失礼するよ」
ゆっくりと、開かれた門を潜り先へと進む。
建物の中へと続いているであろう、大きな扉の前に見える二つの人影。
「遅いぞ!サイディル……予定の時間はとうに過ぎている」
「まぁまぁ、隊長……」
此方へ向かって声を上げる人物。
『アルヴィーノ・メオーニ』私が所属する王立軍近衛部隊の隊長。
そして、その傍らで彼をなだめているのは最近、近衛部隊に配属された『マルクス・ダマート』この二人も今回、私と共に此処、王政議会議事堂へと呼び出された者達だ。
「いやぁ……此処へ来る途中に馬車が故障してしまって……それはもう、大変でしたよ」
私が到着が遅れた事の付いて弁解すると、アルヴィーノは呆れた表情を見せ溜息を零す。
「……まぁいい。高官殿はまだ執務中の様だ、多少の時間はある……急ぐぞ」
アルヴィーノに先導され建物の中へと足を踏み入れると堂内の職員が、待っていましたと言わんばかりに駆け寄って来る。
「エラルド様ですが……只今、執務にお取込み中でして……少々、お掛けになってお待ち頂けますでしょうか?」
「あぁ、構わない……此方も遅れてしまって申し訳ない」
アルヴィーノがそう返すと、私たちは客室へと案内された。
「高官への謁見……一体、どんな要件ですかね」
あぁ、そんな内容が書状に記されていたな……。
「恐らく、昨今の王政関連施設に対する攻撃の件だろう」
その件か……国王『アレス・バスティーナ』が逝去し王位を継承する筈の息子『ラルフ・バスティーナ』は若年である事で世間から今後の政治に対する不安の声が上がった。
それによって彼の王位継承に遅れが生じた事で王政の機能は低下し治安の悪化に繋がった事への不満の表れで、アルヴィーノの言う王政関連施設への攻撃が行われていた。
「募った不満の末の攻撃……王位継承の遅れは民達、自らが抱いた不安によって起こっているんですがね……全くもって勝手な話ですよ」
私は、ついそんな言葉が口から漏れ出してしまう。
「……確かにそうだな。国王制であるこの国で、現国王が逝去すればその子供や血族がその立場を受け継ぐのは当然の事……こうして王政自体も国王の次に権利を有する者を任命し有事の際も国民への対応が出来る措置を取っているのだから、この国の未来の為にも国民として新たな国王を受け入れて欲しいものだ」
「そうですね……決して見下す訳ではありませんが、一手先の事位は考えて行動して頂きたいですね……このままでは、幾ら政治の体制が整っても何も変わらない様な気がしてなりません」
マルクスがぼやいていると、扉が開かれる。
先程の職員が現れ再び別室へと案内される。
「執務が終わりましたので、お三方をお連れして下さいとの事です」
職員に連れられ向かった先には、見上げる程の大きな扉。
それが開かれた先に続く真っ赤な絨毯。
その先に配置された背の高い座に、掛ける人物。高座の背にあるガラスから眩い光が差し込む。
私たちは高座に掛ける人物の前へ進み膝を着き
「遅くなりすまない。面を上げてくれたまえ」
その言葉に従い顔を上げる二人をよそに私は、下を向いたまま顔を上げずに……いや、上げられずにいた。
「サイディル、顔を上げていいぞ」
「……眩しいんですよね」
私の言葉を聞いた高官は大きな笑い声をあげる。
「はっはっはっ!噂には聞いていたが、面白い人だ。すまない、そこの者……幕を下ろしてくれ」
そう声を上げると数名の職員によって幕が下ろされ眩い光が遮られ、燭台へと火が灯される。
「――では、改めて……バスティーナ王国、王政次席高官を務めている『エラルド・リーバス』だ……さて君達をこの度、此処へ召集した件だが……」
続けるエラルドから発せられた、内容はやはり王政関連施設への攻撃についての話であった。
「君達にはこれ等の事件を起こしている人物、またはその組織の特定及び捕縛を任として受けて貰いたい……現在、我々王政はこの件への対応で更なる王位継承への遅れを生じさせてしまっている。一刻も早くこの状況を打破するべく、王立軍の中でも精鋭である君達、近衛部隊三名にこの件の解決を命じる」
「はい、
アルヴィーノがそう返答すると、続けてエラルド口を開く。
「では、頼むぞ……活動の拠点として本施設を利用してくれて構わない……三名を案内してあげてくれたまえ」
私達は再び職員に連れられ、先程の部屋へと向かった
「此方の部屋をご使用になられて下さい。用意させて頂いた、筆記具、紙、塗版等も使用して頂いて大丈夫ですので……それから、正門の衛兵の方にも詳細は伝えておきますので、今後は自由に出入りが可能になりますので。……では失礼します」
一通りの説明を終え、職員は去って行くとマルクスは緊張が解けたのか、崩れる様に長椅子へともたれ掛かる。
「では、早速会議を始めるとするか」
そう言いながら、アルヴィーノは
受けた王政関連施設だ
「この三か所に加え、議員の住まう住居、幸いにも死者の報告は出ていないが議員に直接被害が出ているとの報告も受けている」
「んー……確か、被害の大半は爆発物による物でしたよね」
「だとすると……犯人として考えられるのは、爆発物に対して知識のある者……尚且つ反王政的な思想を持つ者ですか?」
知識を有し、悪い意味ではあるが政治に関心を持つ人物か……特定こそ出来ないが、思い当たる節は……
「それなら、王立軍の内部も疑った方が良さそうですねぇ……」
「サイディル……理由は?」
「王立軍で爆発物や火薬等を扱うには特別な教育課程を経てからでないといけません……当然、その過程で一通りそれ等に関する知識を得る事が出来ます。加えて王立軍とあれば、政治の内部的な部分に触れる機会も当然多くなるので、そこで不信感が芽生え、反王政的思想が生まれる可能性も否定出来ませんからね」
私の意見が突拍子も無かった為か、二人は少々驚いた表情を浮かべている。
当然、私も同胞を疑う様な真似は極力避けたいが、今分かっている事からの推測では、どうも其処へ辿り着いてしまう。
「……商人や、錬金術師等も調べましょう……原料を売買していたり、火薬や爆薬等の薬学に精通している者がいる筈です」
「そうだねぇ……薬類等の教育を専門的に行っている学院がある。其処も調べた方が良さそうだね」
各々から出た意見をそれぞれが整理、思案する中、場を
「では、軍内部の調査は私が行う。商人や錬金術師、サイディルの言う学院等の調査は二人に任せる……良いか?」
私とマルクスはその提案を承諾し、その日はそこで解散となった。
そしてその翌日より私達は一連の行為の調査へと乗り出した。
アルヴィーノは前日より軍内部の調査を行う為、各地にある王立軍の基地へ、マルクスは商人や錬金術師等をあたり原料等の入手経路を調べていた。
そして残る私だが早速、例の学院へと足を運んでいた。
「やぁ。突然の訪問すまないね……学院長に遭いたいのだが……」
尋ね方が少し、良くなかったかな?……尋ね生徒から感じる視線からは……怪しい、そんな感情が感じ取れる。
そこで私は生徒へ
「君は、薬師を目指しているのかな?」
「いえ、炭鉱会社で働く為ですね。炭鉱会社で働く為には、発破作業に必要な火薬や爆薬の知識が無いといけないんです……」
「成程ねぇ……最近は石炭が多く取れる山が沢山見つかっているからね。きっと長年は食うに困らない職業になるだろうね」
そんな雑談をしている間に学院長の部屋の前へと到着する。
同行してくれた生徒は扉を数回叩き、私が来ている事を伝えると、快く入室を許可する旨の答えが返って来る。
「ありがとう。助かったよ」
私は同行してくれた生徒へ礼を言い部屋の中へと入り――
「初めまして。当学院の院長『バローニオ』です。本日はどういったご用件でいらしたのでしょうか?」
「此方こそ初めまして。いきなり押しかけて済みません……王立軍近衛部隊のライディン・サイディルと申します。本日は王政関連施設への攻撃の件でお尋ねしたい事が有り、参ったのですが」
腰を上げ微笑みながら挨拶をする老婦人に、挨拶を返すと同時に此処へ尋ねた理由を伝える。
すると少々、深刻そうな表情を見せ掛ける様にと促される。
私は促されるままに椅子へと掛け、間髪入れる事無くバローニオへ尋ねた。
「単刀直入に伺います……此処の教員や生徒、若しくは此処を卒業した者で独自の政治思想、反王政思想等を持っていた者は居ますか?」
暫しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……一名、心当たりが有ります」
「お聞かせ願えますでしょうか?」
「『ジルベルト・キーンメイク』在籍時は学院内で秀才と呼ばれていた者です……彼が時折、他の生徒達と現政府の在り方について、議論をしていたのを何度か目にしました」
一層、深刻そうな表情へと変貌していくバローニオ。
後ろめたさは、感じるものの此処は少しでも情報を……。
「内容は分かりますか?」
「現在の国王制度に対しての議論でした……良くも悪くも現政府の体制だと国民は国王の言いなりであると。故に誰かが声を上げなければならない、だがそれは国民、一個人ではなく対等な立場の組織として王政へ国民の声を届けるべきだと……よく耳にするのは、その様な内容でした」
王政に対する対等な組織……国政の発足か。
「誰か、他に心当たりの在る人物は?」
「いえ……」
「そうですか……では、突然押し掛けてしまい申し訳ありませんでした。貴重な情報感謝致します」
私が腰を上げ部屋から出ようとしたその時、声が響く。
「役に立つかは分かりませんが、彼は此処を卒業した後に薬師を目指すという事を以前に何度か耳にしました」
「分かりました。有り難うございます……では、失礼しました」
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