第九話 恩
俺を殺そうと目論む白金色の鎧を身に着けた男、そして俺の過去を知る同様の装いをした男。
過去を知る者か……何人か、思い当たる人物は居るが命まで狙われる、謂れは無いはずだが。
思考を巡らせ駆ける最中、幾つかの人影が目に映る。その内の一人に遠目からでも分かるくらいの大きな体躯をした者が確認できる。
「クルダー、ちょっと待ってくれ!」
人影へと呼びかけると数名が此方へ振り返る。
内の一人……クルダーから声が返って来る。
「――どうした?兄ちゃん」
引き連れた兵たちと何か言葉を交わした後に此方へと駆け寄って来る
「どうした?何かあったか?」
「あぁ……どうやら、とんでもない奴を取り逃がしてしまったようだ……」
状況を呑み込めていない様子だが続けて事態を説明する。
「白金色の鎧を身に着けた男……俺が今日、取り逃がした奴の特徴だ……そして、数日前に宿屋へ同様の装いをした人物が訪れ、言ったそうだ……リアム・ノーレンは居るか、と……同時に店主に毒薬を渡し俺を殺す様に言われたそうだ……店主の家族を人質にしてな……」
未だ混乱した様子でクルダーが口を開く。
「白金色の鎧の男に覚えは?……何か命を狙われることへの心当たりは?」
「……無いな……いや、一つ……」
ふと、クルダーの顔を見るなりとある言葉が脳に浮かぶ……『この件から手を引け』
「……この件から手を引け……あんたが言った言葉だ……」
「つまり……俺が、怪しいと?」
此方へ鋭い目を向けながら答えを返すが、俺はそれをなだめる様に続ける。
「いや、違う……そもそも、アンタは気づいているんじゃないか?俺は今回の事で其れが確信に近づいた……『王の忠臣』……自分で言うのも何だが、俺は軽率に過去を他人打ち明けてるつもりはない……寧ろ殆ど無いと言っても過言では無い……つまり」
少々食い気味にクルダーは口をはさむ。
「兄ちゃんの過去を知る人間……支部長か……待てよ、
「まぁ、聞いてくれよ……少し話を変えよう……俺とアンタと、
困惑した表情を浮かべながら少々、考え込み……口を開く。
「調査……『王の死の真相』……か」
「
俺に向けられた表情が次第に強張って行くのが見て取れる。
「先の共通点の話だが……調査……『王の死の真相』を知ろうとする者を何故、消そうとする?……そもそも何故、一国の主の死因が共謀による殺害であったこと以外が公表されない?」
「公表されないではなく……公表しない……だろう」
「そうだ、何か公に出来ない事実があるんだろうな……『人間兵器化計画』とかな……あんた達が行った調査の話と『書類』の内容が繋がるとするなら、安易な考えかもしれないが解読出来ない文字で記された資料、これの内容が人間兵器化計画についての物だとするならば、秘匿保管所……如何にもって感じ、じゃないか?」
俺とクルダーの間に沈黙が流れ、静寂の中を夜風が吹き去る。
「……つまり……兄ちゃんの考えは、『王の死の真相』は人間兵器化計画の中にあり、計画の内容を隠蔽する為に死の真相も共に隠蔽されたと言う事か?……だが、そうだとしてそれに関わった者を消す理由は何だ?」
「……飽くまでも仮説だがな……
少々、強引ながら冗談を交え話の本筋へと道筋を正す。
「あぁ、宿屋の店主の件だな」
「そうだ、早急に家族の安否確認が取りたいんだが……家族が住んでいるのは、北東に位置する俺たちが仕事で向かう、ノスエイ村だ」
「そうか、そいつは好都合だ……分かった、俺が直ぐに村へ向かうとしよう。装備が無い怪我人を向かわせる訳にはいかないからな」
先程の強張った表情は嘘かの様に笑みを浮かべながら、間髪入れずに返答をする。
「助かるよ……だが、ギルドの方は大丈夫なのか?」
「問題ないだろう、元々向かう予定だったものが少し早まった程度の事だからな……有事の際はギルドへ書状を早馬にて送るからな……その時は頼むぞ」
「……あんたも、気を付けてくれよ……何処で見られているか分からないからな……」
クルダーは俺の肩を軽く叩くとそのまま振り返り去って行った。
再び宿屋へと戻ると、暖炉の前の椅子へ掛けている店主の姿と、卓上に置いてある湯気の立つカップが目に入る
「家族の件だが、直ぐに一人向かって貰った……有事の際は多くの兵が動ける状態だ……」
「あぁ、すまないな……その……
何時か聞いた覚えのある平静を装った様な口調で礼を述べる。
そんな店主と対面する形で椅子へと腰を掛けて卓上のにあるカップを手に取る。
「喉、乾いててな……貰うぞ」
明らかな動揺を示す店主など気にも留めずに其れを飲み干す。暫し沈黙が流れ店主が口を開く――
「……何故、躊躇いもなく其れを飲めるんだ?」
「……なんだ?毒でも入っていたのか?」
驚いた表情を見せ店主が再び問い掛けてくる。
「俺は、お前さんを……殺せと……言われてるんだぞ……それなのに、どうして」
「人に向かって貰ったとは言えなぁ……仮に今、飲んだ物に毒が入っていたとすれば俺は死んで、旦那の家族は無事だ……だが飲まなければ……そして向かって貰った奴に何かあれば、旦那の家族の無事が保証できるか分からない……
店主は何処か呆れた様な表情を見せ、暖炉へと何かを包んだ様な紙を放り投げる。
「……お前さんには、負けたよ。まったく……俺はとんだ、良客さんに巡り合ったみたいだ……」
此方へ向けられる目には今にも滴り落ちそうな程に涙を貯めている。
「身勝手な言い分なのは分かっているが……こんな俺を許してはくれないだろうか……お前さんを頼らず……挙句の果てに殺そうとした所業を……」
「許す?旦那は一体、何の話をしてるんだ?俺は元々、旦那を恨んでなどいない、それに毒を盛る機会なんて幾らでもあったはずだ……それこそ、薬草を煎じた時とかな……だが旦那はそれをしなかっただろう?殺されそうになった覚えもないしな……まぁ、一つ言わせて貰うなら何もしなかった、これが旦那の犯した過ちかもしれないな……」
店主は俯きながら嗚咽上げ始め、震えた声で何度も、何度も感謝の言葉を述べる。
「……その、なんだ……他のお客に迷惑になっちまうから……」
まともな慰め方が分からず適当な言葉を掛ける。
「……そ、そうだな……お客さんに迷惑かけてしまうな」
泣き笑い、と言った様な表情を浮かべながら目元を袖で拭いながら震えた声で答える。
あまり慣れないこの場の雰囲気から俺は逃げる様に、その場を立ち去る
「……とにかく、俺は一つも恨んでなんかいないから気にしてくれるなよ……あと……なんだ、明日に支障が出るから早めに休んでくれよ……」
又もや、雑な慰めの言葉を投げ自室へと向かい寝床へ横たわる。
想定はしていたが案の定、眠気など欠片も感じない、再び寝床から立ち上がり、戸棚を
銀製の酒杯を二つと瓶を取り出し、それ等を持ち、階下そして外へと向かう――
静まり返った商業地区を抜け、外れにある小門へと向かう。
門をくぐり都市を護る防壁に沿って立つ小高い丘を登り頂上へ辿り着くと、丁度
る。
石碑の立つ土台にはまだ新しいであろう花束が幾つか添えられている。
傍らへ腰を下ろし、二つの酒杯へと瓶から中身を注ぐ。
「上物の葡萄酒です……国王……」
手に持った酒杯と側へと置いた酒杯を軽くぶつけ、口をつける。
爽やかな香りが鼻を抜ける、そして口の中には優しくまろやかな酸味と、豊かな甘みが広がりそしてほのかな余韻が口の中へと残る。
「今年は特に出来が良いみたいですよ、国王……やっと、貴方の真実に近づけそうです……ですが俺の行動の末に無関係の人が巻き込まれそうになりました。国王、俺のやっていることは間違っているのでしょうか?」
返事のない石碑に問いかける、そして何度も酒杯に口をつける。
「真実の先には一体何があると言うのですか?……」
何度、問い掛けようとも答えは無い……胸の中に虚しさが広がり、次第に目頭が熱くなるのを感じる。
ふと夜空を見上げると先程まで、度々月明りを遮っていた雲はその姿を消している。
呆けた様に空を見上げていると、一つ二つと次々に星が瞬き落ちる。
えもいわれぬ美しさ、次第に涙で視界がぼやける。
瞬き一つで消えてしまう儚さに、何処か人の命と同じような物を感じる
思いがけずに落ちた星は光を放ち瞬く間に消えてしまう、誰の目に留まる事も無く一瞬の間に消えてしまう事もあるだろう。
だが消えた星を探すものは居ない、瞬き燃え尽き消えてしまうこれは必然だからだ。
必然を疑う事こそ愚者の行いかも知れないが、必然へ至る過程を探るのは同じくそれも愚者と言えるのか。
命が消える必然、だがそこへ至る過程それを疑い探る事は愚かで悪な行為なのだろうか――
「……国王……やはり俺は間違っていますか」
再び答えのない石碑に問いかけ、身を寄せ自分の体重を預ける。
頬を伝い涙が落ち地面を濡らす、涙で視界がぼやけ始めそのまま目を閉じる。
◇◇◇◇◇◇
――――――眩しく暖かい朝日で目が覚める。
知らずのうちに石碑の傍らで無防備にも眠りに就いていた様だ……。
「自ら追ったとは言え殺されそうになったその日に外で眠るなんてな……」
自分の無神経さについそんな言葉が漏れる。
地面に転がる酒杯と瓶を抱え立ち上がり、石碑に深く頭を下げ丘を下る。
宿屋へ戻ると、昨日の事は忘れてしまったかの様に明るい表情をした店主が出迎える。
「こんな時間に戻るなんて珍しいな……酒瓶なんか抱えて、何処で飲んだくれてたんだ?」
抱えた酒瓶と酒杯を見るなり、からかう様な口調で呼びかける。
「あぁ、ちょっとな……そこら辺で……」
当然、泣きながら酒を飲み外で眠ってしまった等とは言えず適当にはぐらかしながら自室へと足早に向かって行った。
酒杯と瓶を布で拭い戸棚へ戻し、着替えを済まし再び外へと向かう。
都市の大通りを抜け、居住地区の中央に位置する教会へと足を運んだ。
室内の中央には煌びやかな装飾がされた祭壇が設けられている、その周りを取り囲む形で何人もの人が酒を飲み歌っている。
「ギルド様式の葬儀になります。……亡くなった方が悲しまぬよう、そして悪魔に体を盗られぬ様に賑やかに戦友達で送り出した後に、ご家族の方達にも送り出してもらうのです」
困惑していた俺に、
「そうか……賑やかにか……」
この様な雰囲気は正直得意では無いが、郷に入っては郷に従え……
「おぉ、新人か!
集団の中央、祭壇の間近へと強引に連れていかれる。
煌びやかな祭壇には空の酒杯と幾つか酒瓶が並んでいる。
「さぁ、お前さんも一緒にこいつを送り出してやろう」
そう言いながら酒杯に酒を注ぎ飲み干す様に促される。
「俺は
並々に注がれた酒杯を宙に掲げ、呟きそれを飲み干す――
それからは慣れない賑やかな雰囲気が鎮まるまでの記憶があまり無い。
「――今世で役目を終えた命、来世にて再びの
静寂に包まれた空間に響くその言葉で祭事に幕が下りる。
「新人、感謝する……一緒に過ごした時間は短いかもしれないが
声を掛けて来た一人の男に頷き返し教会を後にそのままの足で〈セラフィア〉へと向かった。
扉を開けると正午を過ぎ、閑散としている店内の清掃をしている二人が目に入る。
此方を確認するなりミーナが駆け寄って来る。
「いらっしゃい、何か食べる?」
以前と同じ様に少々、強引に手を引かれ席へと連れていかれる。
足早に厨房へ向かい何やら楽しそうに料理をしている。
暫く料理している後姿を見つめていた……。
そして姿を消したと思ったら両手に皿を持ち傍らに立っている。
「お待たせっ、タラのソテーと鶏肉のシチュー、それから真っ白な小麦のパン、さぁ召し上がれ!」
様々な香辛料の香りと魚に着いた程よい焦げ目、涎が滴り落ちそうになる。
「――頂きます」
一言、呟き夢中になって目の前の物を食す。
程よく焦げ目の付いたタラ……余分な脂が落とされ魚特有の生臭さは香辛料で消され、あっさりとしている。
そして鶏肉のシチュー、口の中でほぐれる鶏肉、あっさりとしたタラとは反対にしっかりとつけられた味が対照的で素晴らしい……そして小麦のパン、皿に残ったシチューをパンで拭いながら平らげる。
「ご馳走様」
嬉しそうに此方を見つめるミーナに感謝を述べる。
「どういたしまして。それにしてもリアムは何時も美味しそうに食べてくれるね」
「あぁ、旨いものを食べているんだから当然だろう」
「ありがとう!……ねぇ、この後予定ある?……もしなければ久しぶりに二人で狩りでも行かない?」
満面の笑みを此方へ向けながらミーナが呟く。
「……特に予定は無いが……狩りか……良いな、久しぶりに行くか」
そう答えると再び俺の手を引き店の外へと飛び出す。
「女将さん、行ってきまーす!」
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