第二十二話 転換点

「さて、先ずは何から聞きたい?」


 そう言葉を放つライドの表情には決意の様な物が見て取れる。


「そうだね……先ずは改めて、お互いに自己紹介でもしたらどうかな?」


 自己紹介か……確かに、この男ライドと言う名前以外は何も知らないな……等と考えている間にライドはその言葉に頷き返す。


「では、私から改めて。ライディン・サイディル、ギルドのバーキッシュ支部で支部長を者だ。よろしくね」


「俺で良いか?……リアムッ――」


 言葉を放つと同時に胸部に痛みが走り、続く言葉を遮る。

 痛みのあまり、思わず胸を押さえる俺の姿を見てサイディルが背中を撫でる。


「大丈夫かい?……じゃあ私が代わりに。彼はリアム、まぁ色々あって私達と共に行動している。少々、暗くて陰湿な性格をしているが仲良くしてあげて欲しい」


「……はぁ」


 サイディルからの紹介で無意識のうちに溜息が零れる。

 全くこの男は……。


「そうか……友人が出来ると良いな」


 ほら見ろ、この始末だ。

 何時かこの仕打ちの借りは返させて貰いたいものだ。


「じゃあ、冗談はさておき、俺だな。ライドだ、エヴェルソルを束ねている者だ……よろしくな」


 平然、そんな態度を見せる俺とサイディルへ不思議そうな表情を向けるライド。


「驚かないのか?」


「まぁね、辺りに居る魔族と武器を携え周囲を警戒する者達……彼らが私達を襲って来ない事から、なんとなく察しは付いていたよ。唯、そんな事よりも驚いているのは、そんな君達が私達を何故、助けたのかが分からない……助けて貰った身で申し訳ないが、君達と対立していたのは私がギルドに属していたからでは無いのだが……」


 ギルドと対立をしていた、魔族とエヴェルソル……この男の言う通り、ギルドから離反したとは言え何かしら他の理由がある筈だ。


「――お前達の力が必要だったからだ」


 俺はその言葉で、ますます助けた理由が分からなくなる。

 唯、戦力が必要ならイニールド達へ手助けをしてやれば良かった……。


「あの場から助け出してくれた君達だから分かると思うけど、私達は既にギルドから離反している身だ」


「言っただろう?リアムやサイディルさん、の力が必要だと……俺が欲しいのは、唯の大きな戦力じゃない」


 サイディルの言葉に割って入る様にライドが放つ。


「何故、俺達の力が必要なんだ?」


 真っすぐに此方を見つめるライドの姿が映る。


「目指す所が同じだからだ」


 目指す所?そうだ今思えば、魔族やエヴェルソルは何が目的で略奪等の蛮行を行っていたのか。

 そして……。


「少し言葉足らずだったな。お前達が目的を果たした後、次にお前達が目指す所が同じだからだ」


 目的を果たした後……。


「――王の死の真相」


 ライドが放ったその言葉を聞き、真っ先に浮かんだ言葉は其れだった。


「そうだ。真相を知ると言う目的を果たした後にお前達が、次に目指す所……それが俺達が今目指している所だ。王の死の真相について知りたいか?」


「あぁ、俺は今迄それだけの為に戦って来た」


「そうか……これを聞けば、もう引き下がる事は許されない……それでも良いか?」


 もう、引き下がる事は無いと、戦いに身を投じたその時に誓った――


「あぁ……問題ない」




「さて、何処から話せば良いのか……」


 口元へ手を当てながら浮かべる表情からも、その悩ましさが感じ取れる。


「お前達は、この国……いや、世界が今どういった状況か分かるか?」


 突然の問い掛けに思案そして沈黙が流れる。

 暫し静寂が続き、サイディルが発する。


「大戦が終結し世界は、新たなこよみの下で再び歴史を刻み始めた」


「そうだ。お手本の様な答えだな……だが、一つだけ事実とは異なる部分が有る」


「事実とは異なる部分?」


 戦の大火は鎮まり復興、更なる繁栄を誓い新たな歴史を刻み始めた。

 そう、誰もが知る……所謂いわゆる常識。


「終結じゃなくだ。故に世界を巻き込んだ戦いは未だに続いている」


「停戦?……国家同士の被害拡大により大多数の国が他国への攻撃を、取りやめた末の結果的な終結の筈だ」


 ライドは納得した様な表情を見せつつ再び口を開く。


「確かに殆どの者にはそう伝わっている筈だ。だがそれも事実とは異なる……多くの国が被害によって国家の存続が危ぶまれる状況ではあったが、それ以上に互が攻撃出来ない理由が出来た」


「受けた被害……それ以上にかい?」


「――不可侵条約。世界の安寧を願った国王が自国を犠牲に、世界へ持ちかけた条約だ」


 次々と耳から飛び込む情報への整理が追い付かない。

 混乱、困惑、放たれる言葉には疑問だけが積もる。


「不可侵条約?」


 投げた問い掛けに、ライドは少し呆れた表情を浮かべる。


「ったく……全部、俺に丸投げかよアイツは。まぁ、良い……よく聞いておけよ、この国のそしてこの世界の現状を教えてやる」


 そう言葉を放つライドは、まるで壮大な物語を伝えるかの様に続ける。

 


 ◇◇◇◇◇◇



 大戦時、このバスティーナ王国は圧倒的な劣勢状態、もはや国家の存続が危ぶまれる危機的状況だった。

 二大大陸の間に位置する、この島しょ国は世界各国が貿易等、国家間の交流を行う上で非常に有益な場所にあった。


 そして他国に比べて低い軍事力にも関わらず、この国が有する豊富な資源……他国は此処バスティーナを落とし、資源の独占と各国間の貿易、すなわち兵器等の輸出入に制限を掛けようとした。


 だが勿論、当時の国王『ラルフ・バスティーナ』もそれを黙って受け入れる様な事は無かった。

 しかし、それでも大国からの侵攻を、軍事力、兵力共に劣るこの国ではとても食い止める事が出来ないと言う現実に直面する事となる。


 そこで提案されたのが――


 『人間兵器化計画』だった。


 この国が侵攻を受けていた理由である豊富な資源……それは産業資源だけでは無く、薬剤資源等の他国には無い資源を有していたからだ。

 他国には無い貴重な資源、それと同時に秀でた『生物学と薬学』国王はこれ等を駆使した計画を命じる。


 人間兵器化計画……人の恐怖心を無くし肉体と生命力の増強、ある物は其の身体を異形の物へと変化させた。

 そしてその者達が、放ち示した破壊力は絶大そのもの……たった数名で一個旅団程度の敵国兵士を蹂躙し、十数名を他国へ送り込めば二、三日でその大半を滅ぼすと言う絶大な戦果を残す。


 その圧倒的で一方的な凄まじい暴力に世界は震撼した。

 腕の一振りで四肢を散ずる、その破壊力?槍で貫き、弓で射貫き、炎で焼かれようとも尽きぬ無尽蔵の生命力?。


 否、他国いや世界中とも言える程に、幅広く行っていた貿易が功を奏した。

 国家間は疑心暗鬼の状態に陥る事となる。


 何時、何処でどの国がこの様に驚異的な破壊兵器を投入して来るのか……そう、バスティーナ王国と同盟を結んでる国は何処なのかと。

 勿論、この国、もとい国王は人間兵器化計画の内容を他国に提供等していなかったが、国王はそれを好機と捉え利用した。


 そして国王は他国へ条約を持ち掛ける。

 圧倒的な破壊力を抑止力として自国と同盟国への攻撃を禁じる……それが不可侵条約だ。


 そして条約が締結される際に、同盟国また自国への不可侵が破られ再び侵攻が行われれば、その国は滅びるだろうと言う文言まで加えた。

 そこからは、静かな戦い……そう、冷戦の幕開けとなった。


 各国はバスティーナと付かず離れずの同盟関係を匂わせ互いに攻撃、侵攻が行えない状況を作った。

 実際の所、当時のバスティーナは多くの国と同盟関係を結んでいなかったが、国王の狙いは其れだった。


 疑心暗鬼と言えど結果的な争いの中断……だが、其れには相応の代償が生じた。

 バスティーナとの付かず離れずの同盟関係の匂わせは、この国への、そしてこの国からの輸出入を阻害した。


 深くこの国と関われば、水面下からの攻撃を受け兼ねない、しかしながら自国には先の大戦によって、多くの兵士や資金、兵器を失い防衛の術は無い……その様な状況、故に貿易等の親密な関係は築けなくなってしまっていた。

 その為、バスティーナはの様な状態となってしまったが、元よりこの国は豊富な資源を保持していた事で国民への大幅な生活物資提供の減少等は起こらず、国としての生産力も維持する事が出来た結果、国民からの大きな反発も起こらず国内は少しずつ平和を取り戻して行った。


 ――だが、其処からだった。再び噛み合い回り始めたかに思えた歯車は崩壊の兆候を見せる事となる。

 戦場より帰還を果たした、異形の英雄達。彼等を迎えたのは……。




 悪魔、魔物、


 其処に凱旋の賛歌は無く、罵倒、暴言、罵声……彼等をざんする声だった。


 国を救い、抑止力となり世界の争いを止めた彼等をこの国の人々は蔑んだ。


 当初は彼等も其れに耐えた、唯只管に耐えた。


 街を歩けば指を指され、石を投げられる。国の為に、人々の為にその姿形まで変えて守ったと言うのに――




 遂に彼らは限界を迎えた……其の者は何時もの様に石を投げられた。

 そう、何時もの様に……。


 彼はそれを群がる民衆へ投げ返す。

 それが全ての始まりとなる。


 投げられた石は民衆の一人へ当たり、打ちどころが良くなかったのだろう……その一人が亡くなってしまう。

 其処から瞬く間に広がった噂は、そう――



 『魔族が人を殺した』



 そして日に日に強まる嫌悪の眼差しや暴力。

 住処の井戸へ毒を盛られた者も居たと言う。


 彼等は再び耐え忍んだ、唯一度の過ち……国が国王がきっと慈悲を与えて下さる。

 何故なら自分達はこの国を、民を愛し、その未来を憂いたが故に異形となった……必ず救いの手が差し伸べられる、そう信じて彼等は沈黙の日々を貫いた。


 だが望んだ僅かな慈悲、救いの手が彼等に届く事は無かった。

 そして国は民へ示す。


 彼等は、魔族は悪であると。

 悪から身を護り滅ぼし団結し、より良い国を……そう、をと。


 国が出した答えは彼等への迫害だった――



 ◇◇◇◇◇◇



「さぁ、これが不可侵条約……魔族へ憎悪が生まれた瞬間だ」


 横目に移るサイディル、口元を手で覆いその表情を隠しているが浮かべるその感情は困惑……俺も同様だろう、何故なら。


「絶対悪……」


「しけたツラするなよ。これは未だ真相の一部だぞ?……まったく、欲の多い王様だろう?自国の平和だけじゃ飽き足らず、世界の平和すら己の手で成そうとするなんて」

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