革命
第三十四話 受け継いだ思い
三章 革命
暖かなそよ風が花の香りを運ぶ。
一年を通して鮮やかな色彩に彩られているこの森の木にも、青々とした若葉が芽吹き始め、遠目に見える山々の頂にも緑が広がっている。
そんな陽気の漂う気持ちの良い朝。
「サイディル、身体の調子はどうだ?」
上下にそして左右に、跳躍や柔軟、様々な体勢を見せるサイディル。
「うーん、多少不便だけどね……以前の様には行かないが、中々いい感じだよ」
「そうか。其れなら出発できそうだな」
「……はぁ、もう少し労わってくれると嬉しいんだけどね。君ほど若くは無いんだ」
サイディルのそんなぼやきに思わず俺は笑みが零れる。
「年寄り扱いは嫌だと言っていなかったか?」
「はいはい、この命尽きるまで馬車馬の様に働きますよ。まったく……まだそんな事覚えていたのかい?」
「朝から随分と賑やかだね」
他愛もないやり取りの喧騒で起きて来たキーンメイクが、ぼさぼさの髪を掻き上げながら、優しい笑みを浮かべる。
「身体の調子も良さそうですね」
あちらこちらへ動き回るサイディルの様子に満足そうな表情を見せる。
サイディルは、この通りさ、と言わんばかりに両腕を広げて見せる。
「皆のお陰だよ……心配かけたね」
そよぐ風が草木を、そして広げた腕の左袖を当ても無く揺らす。
未だにどうしても、目が行ってしまう自分が時々、嫌になる……。
「リアム?まだ気にしているのかい?」
「……」
柔らかな微笑みに不快感……いや、虚しさを感じてしまう。
「良いかい?私が望んでやった事だ。君を失いたくない……その一心で私が執った行動だ。君が何かを悔いる必要は無いよ」
ずっと胸を締め付けていたんだ……。
愛剣へ寂しげに手を伸ばす、その姿を見る度に脳裏をよぎるあの日俺に見せた、あの表情。
互いに剣を打ち合った時に見せた、あの嬉々とした表情……この男の生き甲斐を、大切な何かを奪ってしまったのでは無いかと。
いつも、胸に
だから……そんな感情を悟られるのが嫌で……この男の心を煩わせるのが嫌で、何時もと変わらず振舞っていたつもりだが。
「はぁ……君の心情を私が察して無いとでも思ったのかい?」
「……」
「確かに私にとって剣技、剣術は大切な物だ。しかし、君は其れよりももっと大切な物だ」
先程までの微笑を満面の……まるで、暖かな風に誘われ満開になった花々の様な笑顔へと変える。
「私にとってそれだけ大切な物を守る事が出来たんだ。例え、腕の一本、足の一本失ったとしても悔いは無いよ」
「……だがっ――」
「
ゆっくり此方へ向けられる愛おし気で優しい視線……その瞳には、俺の手に握られている一本の長剣が映っている。
言葉は要らないな。
俺は一つも発する事無く、簡素ながらも美麗な装飾の施された柄頭をサイディルへと差し出す。
スッと伸ばされた右腕、指先が触れる寸前で躊躇いを見せる。
「どうした?」
「ハハハ、遠慮しておくよ。どうにも、決心が揺らいでしまいそうだ……変革を成そうとしている今、きっと私も変わらなくてはいけないだろう?」
柄を握った俺の拳……腕ごと胸元へと押し戻す。
「何時までも過去に囚われていてはいけないね。それでも、誰かの思いを無碍にする訳にも行かない……分かるだろう?」
過去からの解放、そして
「君に託しても良いかい?次は私の思いを」
「あぁ……友人の願いや思いとやら、俺は知らないが、あんたが抱いた思い、願いや理想……その程度なら継いでやっても構わないが?」
「ハハ、君らしいね。だけどそれで良いんだ。私は此処に辿り着く迄に多くの過ちを犯した……果たすことが出来なかった理想や願いの方が多いだろう。しかし、今此処で君と言う未来へ託した事で、友人との約束、誓いだけは果たす事が出来た。大切にしてくれよ?」
「あー……其れはどうだろうな」
俺の返したその言葉には予想通りの反応が返って来た。
口をポカンと空け目をまん丸にした、何処か間抜けな表情……まぁ、無理も無いだろう。
しかし……。
「勘違いするなよ?何も雑に扱う訳じゃない……だが人や物、形ある物はいつか壊れ失われてしまう。そんなものに執着した所で、何かを得る事も変える事も出来ない」
そう、この世界に存在する全てのモノには終わりが来る。
どんなに大切でも、どんなに愛していても。
唯、それでも人は、俺達はそんな物に永遠を求める……其れが叶わないからこそ。
「あんたの思いを無碍にする様な事は俺もしたく無い。だからこそ形の無い物……思いや願い、そして理想、例え形が無くとも継がれた人の心を繋げる。きっと其れは永遠に残り続けるから」
ふっ、と間抜けに開かれた口を閉じ、頬を上げて見せる。
「形では無く思いを……随分と大人になったね。これで次は心置きなく凶刃の前にこの身を躍らせる事が出来るよ」
「なんだ?頼りなかったとでも言いたいのか?」
「いや……其れについては言及しないでおくよ」
子供扱い、頼りなさ……今となっては悪い気はしないな。
『君を失いたくない』俺があの時に、この男を助けたのもきっとそんな感情からだろう。
一年程、共に過ごした時間は決して長くは無いが、そんな中で受けた情があの時の俺にあの様な判断をさせた。
恩返し……そんなつもりは無いが受けた情に対して少しでも答える事が出来たのなら其れで良い……いや、そんな事すらこの男は求めていないだろうな。
何故なら、この男は俺の事を――
「――いやぁ、お父さん嬉しいよ。君がそんなに成長を見せてくれるとは」
まぁ、認めたくは無いがな……。
いや、思い直してみればあり得ないな……あぁ、あり得ない。
「――支部長、お元気そうで何よりです」
突如響いた、低めの声。
振り向けば其処には馬車に乗った体格の良い男の姿。
「やぁ、クルダー!久しいね、もう出発の時間かい?」
「いえ、何でもライドが途中に寄りたい場所があるとかで……」
「すまんな、お前達……特にリアムに会わせたい奴が居てな。悪いが少し付き合ってくれ」
会わせたい奴?新たな協力者か何かだろうか?。
まぁ、厄介ごとでなければ構わないが……。
「分かった。準備を済ましてくるから待っててくれ」
「あぁ、万全にな」
――鈍い光を放つ青黒い胸甲、鋲の打たれた外套、やはりこの格好は身体に良く馴染む。
そして、腰には短剣と二本の長剣。
「うんうん、良く似合っているよ。若い頃を思い出すねぇ」
「若い頃?あんたも以前は二本使っていたのか?」
小さく首を横に振ると、在りし日を思う様な口ぶりで続ける。
「君に思いを託した人物さ。あの人の若い頃にそっくりだ」
「……そうか。すまないな、あんたの古い友人を――」
「おっと、それ以上は受け付けないよ。彼も最後に
そうだ、そうだよな。
平和な未来を、世界を望んだからこそイニールドは俺に託したんだ。
立ち止まる事も、引き返す事も出来ない……いや、必要無いな。
「良し!ミーナ、そろそろ行くぞ」
「はぁーい」
なんとも気の抜けた返事が響く。
「じゃあ行くか」
扉を押し開け、踏み出す一歩は只管に軽い物だった。
「兄ちゃん其れは……支部長の剣か?以前にも増して良い
「そうか?取敢えず準備は整った。出発するか?」
「そうだね。キーンメイク本当に君には世話になった、ありがとう。私が此処を経てるのも全て君のお陰だ」
別れ際の挨拶、キーンメイクが名残惜しいと言った表情を見せる。
「えぇ、お元気で。また何時か」
「そんなに悲しい顔をしないでおくれ。必ずまた此処へ訪れるよ……さて、では出発としようか」
サイディルの一言と同時にクルダーは手綱を強く引く。
ゆっくり動き出した馬車は、次第に速度を上げ新たな戦場へと走り出す。
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