第六話 変わりゆく心
「右足大腿部の刺傷と左側の6番目、7番目の肋骨が折れていますね……」
リングランデに到着して後に、真っすぐ診療所へと向かった俺はレイラの診察を受けていた。
「……刺傷が癒合して胸部の痛みが引くまで……そうですね……最低でも二、三週間は安静にしていてくださいね」
「二、三週間か……取り急ぎ片付けなきゃいけない仕事があるんだが……」
俺の返答に対し呆れた様な表情を浮かべる。
「はぁ……まぁ、そんな答えが返って来るだろうとは思っていましたが……怪我をして私が診た人達は大体そう言うんです。無理に止める事はしませんが幾つか約束をして頂けますか?……約束して頂けるのであれば、行動の制限は掛けませんので」
「約束?」
少々を疑問を抱きながらも返答をするとレイラが続ける。
「はい、先ずは自分の体に異常を感じたら直ぐに私に診せに来ること、もう一つはどんな仕事であっても必ずあなたを含め二人以上で行う事、この二つが守れるのであればいいでしょう」
『約束』の内容を話す彼女の顔は呆れた様な表情から少々、何かを憂うような表情へと変わっていく。
「……分かった」
「必ず守って下さいね……では、胸部の固定をするので上着を脱いでもらえますか?」
俺は言われるがままに上着を脱ぎ傍らへ放る。
「動かないで下さいね……この紐で調整できますので、湯浴み等で外した際は再度、自分で着けて下さい」
レイラは説明を交えながら手早く革製の固定帯を俺の胸部へと装着する。
「
そう言いながら、レイラから小さな瓶を手渡される。
「それは、痛み止めですので酷く傷む時に煎じて飲んで下さい……では診察と手当てはこれで終了です、他に何か気になる事はありませんか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「……では、約束必ず守って下さいね」
再び浮かべる憂う様な表情を尻目に上着を着ながら診療部屋を後にする。
「……さて、どうするか……」
疲労、眠気、仕事、空腹感など、様々な思考が脳内を巡る中、それらに整理をつける様に呟きながら傍らのベンチへと腰を下ろす。
「……腹、減ったな」
坑道に到着した日、以来ほとんど何も口にしていない事もあり思考を巡らせた結果そんな言葉がこぼれる――
「――リアム?」
先程まで様々な思考が巡っていた脳内が空腹感で満たされる頃、何処からか聞き覚えのある少女の声が響く。
「リアム、どうしたのこんな所で?」
声の正体はミーナだった、俺が此処に居ることを不思議がる彼女へ事の一部始終を説明する――
「……そっか……そんなことが……」
少し申し訳なさそうな表情を浮かべるミーナと俺の間に静寂が流れる。
「――そうだ、お腹空いてない?」
はじける様な声で静寂を破り俺に問いかける。
「そうだな、
「じゃあ、決まりだね
今にも走り出しそうなミーナに手を引かれその場を後にする――
「戻りましたー」
「お帰りなさい……って、あんたも帰って来たのかい?」
ミーナが挨拶をするなり厨房の奥から顔を覗かせる女性は俺の顔を見て少々、驚いたような表情を見せる、そんな表情を見たミーナは俺が釈明をするまでもなく早々に説明を始める――
「――そうかい……大変だったね、アタシはてっきり諦めて帰って来たのかと思ったよ……まぁ、落ち着くまで休んで行くといいさ」
「ありがとう、助かるよ」
今までの疲れを忘れさせるかの様な笑顔を見せ、促すその女性もとい
「じゃあ、すぐに用意するから待っててね」
何処か楽しそうに厨房へと向かうミーナを横目に壁へと寄りかかる――
柔らかなランプの光と厨房からパチパチと音を立てる炎に心地よさを覚え、再び眠気に襲われる……。
「――――――お待たせっ、できたよ」
「ん、あぁ」
ぼんやりとした意識の中に居た俺が少々、ぞんざいな返事を返しながら姿勢を正している間にミーナは手早く食事を広げている。
「さっ、食べようか」
今思うとミーナと共に食事をするのは随分と久しぶりかもしれない、どちらかと言うと俺が一方的に避けていただけではあるが……
何故だろうか
「どうしたの、食べないの?」
物思いにふけり、手が止まっている俺にミーナが心配そうな表情で問いかけてくる。
「……あぁ、大丈夫だ……こうして食事をするのは久しぶりだな」
「どうしたの?急に」
不思議そうな表情で俺の顔を見つめているミーナから少し目を逸らしながら返す。
「……何でもない」
思考がそのまま口に出てしまった事に対し驚き、喉につっかえる食事を水で流し込む。
やはり疲れているのだろう、どうにも自分の感情に整理がつかない……そんな事を見透かす様にミーナが呟く。
「……ごめんね、やっぱり疲れてたよね……」
「どうにも頭が回らなくてな……」
少々、聞き苦しい言い訳に対しミーナは少し微笑みながら返す。
「ううん、食事は何時でもできるから、今日はゆっくり休んでね……そうだ、宿屋の店主さんが、お部屋そのままにしてくれているみたいだから、何時でも戻って来ていいよって」
「そうか、そいつは助かるな……じゃあ、また今度一緒に飯食おうな」
「……うん!」
見送るミーナの寂しそうな表情へ少し後ろめたさを感じながらも、俺はセラフィアを後にし宿屋へと向かう事にした。
日が傾き、一仕事終えた労働者達や今夜の夕食の話題で盛り上がる家族連れ様々な人々の喧騒が取り巻く商業地区を横目に。
「いらっしゃい……ってお前さんか、戻って来ちまったのかい?」
俺は店主に一部始終を軽く説明する。
「そうかい……噂は聞いていたんだが本当なんだな……あのデカブツを倒しちまうなんてな、大したもんだ……そうそう、お前さんの部屋だったな……出て行った後、よく一緒に居る嬢ちゃんからそのままにしといてくれないかって相談が有ってな」
「ミーナが?」
「ミーナって言うのか?お前さんの事えらく心配してたみたいでな、せめて帰るとこでもって事らしいぜ……まぁ、気のすむまでゆっくり休んで行くと良い」
ミーナの計らいに感謝しつつ先程、まともに食事もしてやれなかったことに負い目を感じながらも、二人の計らいに甘えることにした。
「あぁ、それと代金は……その、何だ……あんたが目的とやらを果たした時にでも払ってくれれば良いさ」
「助かる……また世話になるな」
無理矢理、平静を装った様な口調、態度に少し違和感を覚えながらも礼を述べその後少々、店主と会話を交わし俺は部屋へと向かい、そのまま寝床へ倒れこむように眠りに就いた
◇◇◇◇◇◇
――窓から差し込む日の光で目が覚める。
軽く背を伸ばし寝床から立ち上がり手早く着替えを済ませ外へと向かう。
鉄と鉄がぶつかり合い鳴り響く音、建物の外からでも伝わる鍛造炉の熱。
「――よぉ、
熱で揺らぐ建物の中から声が響く。
「ガッハッハッハッ、随分と久しぶりだな……ん、
槌を担ぎ豪快な笑い声を上げながら此方へ向かって来るこの
「そうか、そうか、相変わらず無茶をしてるみてぇだな……鎧や剣はいくらでも替えが効くが体はそうはいかねぇぞ……まぁ、説教はこの辺にして作業するとしようか、どんな拵えをお望みだ?」
俺は先程の豪快な笑いとは一転した口調に少々、気怖じしながら自分の要求を伝える。
「……そうだな……鎧はいつも通りの胸甲で芯金を入れた三層構造、裏地は豚革で頼む……それと、剣の方は……」
俺は要望を伝える最中に、壁に立てかけられた一本の長剣が目に入り、自然とそちらへと手を伸ばす。
「……それか……強度は十二分なんだが、どうにも軽すぎてな……力が乗らなくていけねぇ、気になるんなら手に取ってみな」
剣を手に取り片手で無造作に振り回す――
両手で構えなおし再度、空を斬りつける――
傍らで俺を見つめるガスパーは満足げな表情を浮かべている。
「気に入ったか?」
「……あぁ、軽い上に強度もあって、リーチも稼げる……俺にとっては最高の出来だ……」
「ガッハッハッ、そうかそうか、じゃあソイツで決まりだな、となればさっさと作業に移るとするか……ちょっとそこで待っててくれ」
俺が返した所感で気分を良くしたのか再び豪快な笑いを上げ作業場の奥へと向かう。
暫し言われるがままに待機していると先程の物とは別の長剣を持って戻って来る。
「仕上がるまでコイツを持っときな、
そう言いながらガスパーが手渡してきた長剣を俺は腰へと携える
「注文は終わりか?」
控帳へ書き込みながら問いかけるガスパーに俺は思い出した様に加えて要望を伝える
「外套も拵えて貰いたいんだが……何か良さげな物は無いか?」
「……外套か……俺は鍛冶屋だから本来専門外だが……そうだな、表地に鋲打ちの牛革、裏地に羊革……なんてのはどうだ?表地で強度を裏地で防寒性を、と言ったところだが……」
専門外と言いながら適切な回答するガスパーに感心しながら俺は頷き返す。
「じゃあ、決まりだな……と言いたい所だが、すまないが今回はかなり高く付くぞ」
少し心配そうに返答するガスパーに俺は、例の袋を差し出すとそれを不思議そうに覗き込む。
「……遂に危ねぇ仕事にでも手ぇ出したのか?」
俺は誤解を招くまいと間髪入れずに経緯を説明する。
「ハッハッハッ、すまねぇ俺ァてっきり……よしっ、代金しっかりと貰ったぜ……そうだな……こんな上客様だ、飲まず食わずの不眠不休だ、二日で仕上げてやるから少しばかり待っててくれ……ほら、こいつは釣りだ」
あまり申し訳なさを感じない平謝りをしながら勘定をした後に、袋から七割ほどの貨幣を抜き取り俺へと再び手渡す。
「ありがとう、助かるよじゃあ二日後にまた顔を出させてもらう」
「任せてくれ、最高の一品に仕上げてやる」
会話を交わした後に足早に作業場へと向かうガスパーを見送り俺は一旦宿へと戻ることにした。
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