第三十八話 証
「――さぁ、そろそろ領境だ」
先頭の馬車馬に跨るライドが声を上げる。
王城での一悶着を経て約一日、だだっ広く続く半乾燥地帯へと辿り着いた。
領境とは言う物の壁などの侵入を防ぐ物は無く、目印となるのは精々、文字の薄れた立て看板程度。
正直な事を言ってしまえば、誰でも簡単に越境など出来てしまう。
勿論、領主の許可無く境界を越える様な事をすれば当然、罰則の対象となってしまう。
しかし、その点今回は領主、直々から得られた助力のお陰で、そんな事は気にする必要無く、実に簡単に越境を済ます事が出来る。
だが、その様に円滑に事が進んだにも関わらず、不機嫌そうな人物が一人。
「おい、オッサン。いい加減に機嫌を直してくれねぇか?」
「何言ってるんだい?バーキッシュと入れ違いで、都市と領境を数往復しただけだから怒ってなどいないが?」
王城を後にし、暫く進んだ所でペイル等と合流した訳だが……其処から、ずっとこの調子だ。
「その……まさか領主様が都市の方まで、出向いているとは思わなくて……私からもあやまりますから」
そう、越境の話を付ける為に領境付近に建つ、バーキッシュの邸宅へと向かっていたペイルと行き違いで、バーキッシュが都市の方へ出向いていた事によって東奔西走する羽目になっていた様だ……。
確かに気の毒ではあるが今朝からこの調子で、そろそろ日も暮れると言うのだから、いい加減に機嫌を戻してほしい物だ。
正直面倒くさいしな……。
「よし此処からは、もうフェール領だ」
ライドと共に先頭を行く、バーキッシュから声が上がる。
何事も無く、越境できた様だな。
「いやぁ、久しぶりだね。何年振りかな?リアムは此処に来るのは初めて……じゃ、ないか」
「あぁ、そうだな。幼い頃の数年、居たくらいだからな。あんたと同じで暫く振りだ」
数年、いや十数年振りだろうな、事細かに街並みや、まして情勢など覚えている訳が無い……。
出発前に調べて情報が役に立てば良いが……。
どうも、資料や言伝の限りでは、余り良い状態では無いらしいが――
此処フェール領では、かつての繁栄と復興の全盛期の様な王政を求める者が多く、其の者達は新政府によって権力を奪われた王家の遠縁に当たる者達を中心とし度々、新政府との衝突を起こしているらしい。
其れに加えて政府はやギルドは、ごく最近で言うと魔族への対応……
まぁ、其れこそが俺達に、ライドが助力を求めた理由なんだろうが……。
「で、これから何処に行くんだ?」
「領内最大の都市『リッチェルド』だ。其処へ向かい協力者と合流する」
協力者……成程な、やはりそう言う事か。
「王族と血続きの人間か?」
「お!下調べしたみたいだな。その為にお前とミーナ、そしてお前達の力が必要だった」
サイディルは、まぁまぁと言った様な表情を浮かべているが、それ以外はさっぱりと言った面持ちだ。
無理も無いか……其れにそろそろ、打ち明けるべきだろう。
「俺は、王族の人間だ。と、言っても直系では無いがな」
一同の顔に狼狽が漂う。
想定はしていたが、どう続けるか……。
「珍しいな兄ちゃんが、冗談を言うなんて」
「おいおい、こいつが冗談なんて言うと思うか?……リアムが王族ってのは本当だ。名誉王族って知ってるか?」
集団が静まりかえる。
それから暫く、サイディルが静寂を打ち払う。
「国王自らが与える最高の栄誉。話に聞くだけで、本当に授与された人が居たとはねぇ……しかし、此処に居る皆と同じで、其の栄誉すら知らない人の
方が多いんじゃないか?其れこそ、王家の人間とか……」
「あぁ、確かにバーキッシュ領ならそうだろうな。領主が領土内の均衡をしっかりと保って来てくれたお陰で、かつての王政が敷いていた様な政治体制や王家、王族の復権を望む者は少ない。まぁ、元々バーキッシュ領に王様の血縁者が少ないって事も理由だろうがな」
「と、言うと?」
「フェール領はその真逆って事だ」
その言葉でやっと、一同の顔から狼狽が薄れ始める。
「成程な、此処では領主がまともに役目を果たさないが故に、領民達は王様の血縁者にかつての様な政治体制の復興を望んでいると言う訳だ」
ライドが軽快に、一つ指を鳴らす。
「正解だ!政治を復興させる為には、王家の者達の復権が欠かせない。実際に再興を求める領民達は、王家の人間を中心にして政府との衝突を度々、繰り広げているそうだ……しかし抑圧の力は強く民の団結も、今一つと言った所だ」
チラリと移した視線がライドと重なる。
「だがそこに、未だ王を象徴とする者達の元へ、国王が栄誉を授けたリアム、そして王女であるミーナが居れば……偶像となり団結力が得られると俺は踏んだんだ」
その言葉に納得が行かない……否、悩まし気な表情を浮かべる人物が一人。
「うーん、実際にその名誉王族ってのは、どれ程の権力を有していたんだい?」
顎を撫でるライドと目が合う、そして少し嫌な予感に襲われる。
「正直言うとな、権力なんて無いも同然だ……」
返答を聞くなり、生気の無い、魂が抜けた様な表情をサイディルが此方へ向ける。
「役立たずって事かい?」
ほら見ろ……それにしても、もう少し他の言い方が有っただろうに……。
「だが、其れは一時を除いてだ。もう数代前の国王の話だがな、病に倒れた国王が、多大なる功績と信頼を元に栄誉を与えた家臣に全ての権限を授けた事が有った。以降、後代の国王達は同様に、有事の際に全ての政治権限を託せる、信頼の証として家臣や関係者に、この栄誉を与えたんだ」
「じゃあ、リアムも何か特別にすごいことをしたんだね!」
瞳を輝かせながら、はしゃぐミーナ。
しかし、申し訳ないが……。
「いや、そんな事をした覚えは無いな」
「重要なのは功績じゃない。その刺青、王からの信頼の証と言う物が重要なんだ。当時、絶対的な権力を有していた王族が全てを託せる存在として、この栄誉を与えていた事実を知る、王家の人間からすれば、リアムの存在は王の再来とも取れる」
「王の再来と王女の生存……復権と再興を求める、フェール領民にとって君達は欠かせないと言う事だ。偶像となり団結力を高める為の存在として」
全容を理解できた様子のサイディルへ大きくライドが頷き返す。
「その通りだ。まぁ、これで今後の流れはある程度、頭に入った筈だ。俺達の最優先事項は領民達の団結力を高める事……先を急ぐぞと言いたい所だが、此処からリッチェルド迄は三、四日かかる。どうだ?勉強がてら王家の歴史について語ってやろうか?」
沈黙、誰一人首を振ろうともしない。
「そうか……残念だ。退屈になったら何時でも言ってくれ」
「そうだ!一つ気になっていた事があるんだ。何で君はリアムに刺青が彫られている事を知っているんだい?」
「なんだ、話を聞きたいのかと思ったら……そんな事か」
またも嫌な予感に襲われる。
「ひょっとして二人は……」
「サイディル……後で覚えておけよ?」
「あぁ、今のはサイディルさんが悪いな。ほら、坑道で下敷きになった時、レイラに診てもらっただろう?その時に俺へ伝わっただけの事さ」
つまらない、と言った表情を顕にするサイディルへレイラが汚い物でも見る様な視線を向ける。
「いや、違うんだよ……その、裸の付き合いってあるじゃないか」
「何であれ、人の事情に口を出すのは良くありませんよ」
ざまぁ見ろ、と言いたい所だが……レイラのその言葉だとより誤解を生むような気がするんだが。
「なぁ、クルダー。アンタ等の大将も俺達のと変わらず曲者らしいな」
「あぁ、昔からこうでな……場を和ませるのと、凍りつかせるのが生き甲斐なんだ」
まったく、溜息しか出ないな。
しかし、ここからまだ暫く走り通しだ、場が和むのは助かるな。
いや、そうでも無いか?。
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