第四十話 名刻の殺人鬼
「じゃあ、今後の動きについてだが――」
宿に入った俺達は食事を済ませ、一つの大部屋へと集まっていた。
先程の商人の話も含め、領内の問題をどう解決していくか、と言う事で召集をかけた訳だが。
「先程の商人の話、興味深いな。被害がどれ程の物かは分からないが、此処の雰囲気を見る限り……解決すれば、民の信頼を得られるかもしれないな」
「確かにそうだけど、バーキッシュ、君は物資の手配が優先だろう?」
物資の手配と輸送、そしてこの重苦しい空気の原因でもある、事件の解決……。
他にもやるべき事は、無数にあるが先ずは何を優先するか、誰を割り当てるかを決めるべきか?。
「余り視野を広げすぎても、埒が明かねぇな。一旦は物資の手配と事件の解決に注力するのが良いんじゃないか?」
ライドの提案……珍しくペイルも文句を言わずに肯定的だ。
「そしたら、誰がどの仕事をするか、だね」
其処からが長い……ああでも無い、こうでも無いと只管に議論を重ねる。
誰が離れれば此方が疎かに、今度は逆にこっちが疎かに、と意見が飛び交う。
「こんな所か?」
大半が眠気眼を擦り始めた頃、やっとの事で各々の役割が決まった。
「そうだね、其れが最善かな。リアムとミーナ、そしてライドとクルダーの四人が事件を追う。そして残りの私達が物資の手配。事件は少し危なげな匂いがするけど、リアムと一緒に居た方が、お嬢さんも安心でしょ?」
「そうだな、王女様にわがままがうつるかも知れないしな」
「フッ」
いかん……ペイルの不満げな顔につい、吹き出してしまった。
「ブフッ……本当に二人は仲が……」
笑いを堪えきれないサイディルにペイルは更に不満を募らせていく。
そして、其の顔でまた、どうにも笑いが込み上げてくる。
「はあぁ……いや、失礼。一先ずその様な動きで進めると言う事で、今日は解散しようか。明日からも忙しそうだから休むとしよう」
自室に戻り、寝床へ倒れ込む。
事が進み始めてからと言う物、今迄とは比にならない程に寝付きが良くなった。
今日もまた、直ぐに瞼が重く……心地よく意識が遠のく。
◇◇◇◇◇◇
――外が騒がしい。
窓の外には、まだ昇ったばかりの太陽と、地面に群がる鳥の大群。
「何が有ったんだ?」
胸騒ぎに襲われた俺は、すぐさま着替えを済まし、寝床から落ちたミーナを起こし外へと走った。
一斉に羽ばたき、飛び去る鳥に隠されていたモノに俺は、思わずミーナの目を手で覆う。
惨殺され鳥に
辺りを見渡すと、遠目に様子を伺う人の姿。
俺は直ぐにその人物を呼び寄せた。
「噂の殺人か?」
「そうだな……お前さん達も気を付けな」
そう言い、足早にその場を去って行く。
「ミーナ、余り見るなよ」
ミーナを少し遠ざけ、死体の傍らへとしゃがみ込み、暫しの観察……。
所々の皮膚や肉が無く、無残な状態。
一部に他とは異なる、一際深い切り傷。
「これが致命傷になったか……」
「――おいっ、コイツは一体……」
不意を突く様な、その声に鳥肌が立つ。
しかし、振り向けば其処には息を弾ませ、狼狽の表情を浮かべるライドと、周囲を警戒するクルダーの姿。
「例の殺人事件の被害者らしい」
「俺達が来るまでに他の人間は居たか?」
「遠巻きに見ていたのが何人か……」
「ソイツ等の様子は?」
様子……か、確か慌てる様な素振りはしていなかったな、ただ眺めていてだけだったような。
其れこそ……。
「日常茶飯事……見慣れてるって感じだったな」
「そうか、恐らくこの周辺でも多くの被害者が出ているせいだな……どうだ?此処は一つ、聞き込み調査でもしてみるか?」
「そうだな、先ずは情報が無い事には話も進まない。だが、当てはあるのか?……」
当て、と言われてもな……。
これだけ久しぶりだと、土地勘なんて無いも同然だしな。
「お前等知らないのか?」
得意げな表情で何処かをライドが指差す。
「こういう時は相場が決まってるんだ。先ずは酒場に向かうぞ」
確かに、平凡な人間から街の厄介者まで、様々な人が集まるが……少し、安易すぎやしないか?。
まぁ良いか、何かしらの情報は得られるだろう。
そして向かった、廃墟の様に寂れ、ひっそりと佇む建物。
破損した手すりと傾いた扉、外れてしまうのではないかと心配になりながら、恐る恐る扉を開ける。
中へ足を踏み入れると同時に、降り注ぐ幾つかの視線。
千鳥足の大男が、此方へ歩み寄って来る。
「見ねぇ顔だな。よそ者か?」
「おい、お客さんだぞ。やめてくれ」
物々しいその雰囲気に、すかさず店主が止めに入るが、大男は俺の襟をつかみ上げる。
「何だ?デカブツ……やるのか?」
もう一方の手で拳を握り始める。
その瞬間、俺の左手は剣へ――
「兄ちゃん、流石に其れは不味いな」
クルダーからの制止、柄から離した手を離す。
「はぁ……」
柄から離れ、手持無沙汰の左手を男の肩へと伸ばす。
「歯ぁ、食いしばれよ」
握った拳が振り上げられると同時に、俺は肩を支えに、目と目が合う位置へと飛ぶ。
男のこめかみへ目掛け、自身の額を叩き付ける。
よろめく男の首を掴み、背中を壁に押し付ける。
「まだ続けるか?」
「すまねぇ、兄さん方……その辺にしてやってくれねぇか?」
「あぁ、コイツがその気ならな」
「兄ちゃん……その気も何も、失神しちまってるよ。離してやりな」
軽く小突いただけのつもりだったんだがな。
吹っ掛けて来ておいてこれじゃあ……仕方ねぇな。
俺は少々、呆れながら大男を椅子へと座らせた。
「本当に申し訳ねぇな、お兄さん……で、お嬢さん連れてこんな所に何の用だ?酒を飲みに来たってわけじゃあ無さそうだが」
「あぁ……じゃあ、詫び代わりに一つ教えてくれ。
「例の殺人事件かぁ……さっきの腕っぷしを見れば教えてやりたいのは、山々なんだがな……残念ながら細けぇ事はよく知らねぇんだ」
店主は暫し、口元を撫でながら小さく唸って見せる。
「そうだ、礼拝だ!事件は決まって大教会で礼拝がある日に起こるんだ」
礼拝?教会の関係者に恨みでもある様な奴の、嫌がらせか何かか?。
折角、得られた情報だが、これだけでは何とも言えないか……。
「他に何か共通点や思い当たる事は無いか?被害者の性別とか、時間とか……」
「共通点なぁ……殆どがよその者って事くらいか?後は時間か……其れも昼だったり、早朝だったりで、バラバラなんだよな」
殆どがよそ者……やはり、絞り切るには情報が少ないな。
だとすれば、先ずは更に情報が得られそうな……。
「ライド、その教会とやらに行ってみるか?」
「そうだな、其れが良いだろう。何れにしても、此処に長居した所で、出て来るのは酔っ払いの戯言ばっかりだろうからな」
周囲の刺す様な視線が、一斉に降り注ぐ。
本当にこいつは、余計な事しか言わないな……。
「貴重な情報助かるよ。じゃあ、騒がしくしたな」
「こっちこそ済まねぇな。荒くれ者ばっかりの、汚い酒場だがこれに懲りずまた、顔を出してくれよ」
「あぁ、気が向いたらな」
嫌な音を立てながら閉まる扉を背に、歩き出そうとした、その時にある事を俺は思い出した。
「しまった……場所を聞き忘れたな」
「大教会って言ってたよな?だったら安心しろ。場所は分かってる」
そうして、俺達はライド先導の元、礼拝が行われると言う教会へと歩を進め始めた。
暫く歩き、行きついた小綺麗な庭園を思わせる一画へ、厳かにどっしりと構える堅牢な石造りの建物。
「大教会レッドゥンだ」
両脇に美しい色ガラスを
鼻を抜ける、心地よい香の匂いが漂う広い堂内に、コツコツと足音を響かせながら、壇上の背中へと近づく。
「どうなさいましたか?」
全てを慈しむ様な柔らかな微笑みに、酒場の一件で高鳴っていた心臓の鼓動が落ち着きを取り戻す。
「巷を騒がせている殺人事件の事なんだが、何か知ってるか?」
「名刻の殺人鬼の事でしょうか?」
「……その名前は知らないが、そいつが騒ぎの発端となっている奴を言っているなら、そいつだな」
神父は険しい表情を見せながら、重りが付いたように口を開く。
「えぇ、数年前から民を恐怖に陥れている者の通り名です……本日もまた一人犠牲者が……」
「礼拝の日には必ず事件が起こると聞いたんだが、何か心当たりは有るか?」
「その件は存じておりますが、申し訳ありません……お力には……」
「……収穫無しか」
腕を組み厳しい表情を見せるライドの、力の抜けた声が小さく堂内へと響く。
確かに、このままでは……。
「次の礼拝は何時だ?」
「昨日より『七日礼拝』の期間に入ったので、今後五日間は礼拝が続きます」
七日礼拝……宗教の事はさっぱりだからな……。
「神父さん、其の七日礼拝ってのは何なんだ?俺も、こっちの兄ちゃんも、よそ者でな……」
「名前の通り、七日間続けて礼拝を行う期間の事です……礼拝を行う事で、被害が出てしまうのであれば本年は、取りやめようかとも思いましたが……礼拝は民の心の拠り所なのです」
拠り所、か。
確かにこの様な、情勢ではそう言った物は精神の支えになるんだろうな。
其れこそ、神様とやらにもすがりたくなるもんだ……。
「じゃあ、時間を取らせたな……」
「いえ。余所からいらしたとの事でしたので、あなた方もどうかお気をつけ下さい」
余所から……領外から来た人間が狙われるって言う噂は、信ぴょう性が有りそうだな。
しかし……。
「振り出しに戻った、って感じだな……」
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