第31話 崖下の懐中電灯
ミシャの家で一泊し、セルフィアたちは一路龍の儀が行われる谷を目指す。谷は森の奥深く、普段人が立ち入らない場所にある。
前回無理矢理連れてこられたセルフィアは、その過酷さに自分が運ばれたことを思い知った。
「儀式のためとはいえ、何でこんなに山奥に……」
「儀式だからというか、タルタリア様がここにいるからだろうな。時代を経てその存在が伝説になっても、あの谷が重要な場所だということは、王族に引き継がれたんだと思う」
「……当時の人たちは、タルタリア様のことをどう思ってたんだろうね?」
「さあ、どうだろうな」
想像するしかないが、とアーロンはミシャの問いに自分の考えで答える。
「裏切り者と蔑んだか、悲劇の王子として語り継いだか。どちらにしろ、龍の儀として現代まで続いているということは、何かしらの感情をもって伝えるべきだと判断したってことだろうな」
「……兄上はわからないけど、少なくとも俺はタルタリア様について詳しくは知らない。龍の儀に参加するのは王位継承権第一位だけだから、歴代の王には何か知らされているかもしれないけどな」
どちらにしろ、とイオルは前を向く。
「進んで、確かめないと」
「それしかないな」
「この向こう……かな」
ガサガサと背の高い草をかき分けていたセルフィアか、明るい光を見付けて一歩踏み出した。そちらは
木々はまばらで、背の低い草が芝生のように生えている。その先に、地割れで出現したような崖が現れた。
「着いた」
「……ここが、王子様がいる崖? 切り立ってる。どうやって降りるの?」
「生き物がいるとは思えないよな。でも、この辺りに……あ、ここだ」
崖の端を眺めていたイオルが、仲間たちを手招きする。三人が集まると、彼は「ほら」と指差した。
「……階段?」
「そう。昔、崖下に降りるために使われていた階段があると何処かで読んだんだ。セルフィを捜すために、その階段も見付けた。一度使ったから、壊れないのは証明済みだな」
「わたしは地上に出る時、タルタリア様に乗せてもらったんだ。だから、階段の存在は知らなかった……」
先の見えない階段を覗き込み、セルフィアはごくんと喉を鳴らした。それ程までに、下は暗い。
一人ずつ、慎重に崖を降りて行く。崖を削って作られらしい階段を、壁に手を当てながら進む。一寸先は闇そのままの視界に恐怖を覚えながら、先頭を行くイオルの背中を頼りにセルフィアは降りて行った。
そして、トンと固い地面に足の裏が触れる。
「ここが谷底だな」
「……うん、この感じ知っている」
「ほとんど暗いけど……目が慣れて来たからか、何となくわかるね」
「ああ。あっちに通路があるみたいだ」
アーロンが見付けた通路は、何処かに続いている。進むべきかどうすべきか。
セルフィアはふと懐かしい気配を感じた気がして、おもむろに一歩踏み出す。
「セルフィ?」
「イオル、進もう。多分、進まないといけない」
「……わかった」
根拠はない。感覚だけのセルフィアの言葉を、イオルは否定することなく頷いた。同様に、彼に「良いよな」と問われたミシャとアーロンも頷く。
「ここで立ち止まっていても、欲しい答えはなさそうだもん」
「それなら、進んで探した方が良いだろ」
「うん。行くよ」
歩き出そうとしたセルフィアの腕を、アーロンが掴む。
「ちょっと待った」
「アーロン?」
「今回くらいは、これを使っても良いだろ。……懐中電灯」
背負っていたリュックから取り出した懐中電灯をつけると、これから進もうとしている通路を明るく照らした。数匹のネズミが光に驚いて逃げてしまう。
「行こう」
アーロンを先頭に、セルフィア、ミシャ、イオルの順に進む。やがて通路は人が二人並んで歩ける広さから、人一人がようやく歩ける広さへと変わる。天井も低くなり、背の高いアーロンは少し窮屈そうだ。
やがて通路の終わりが見え、アーロンは歩く速度を緩めた。慎重に歩を進め、通路の終わりでその先を懐中電灯で照らす。
「……広い空間みたいだな。それに、少し明るい?」
「アーロン。わたし、ここ知ってる。タルタリア様が、わたしを介抱して下さったところ」
「えっ」
進もう。後ろからセルフィアに促され、アーロンはその空間に足を踏み入れた。順番にセルフィア、ミシャ、そしてイオルも広いその部屋に立つ。
「確かに、俺もここでタルタリア様に会った気がする」
「ほら、あそこ」
セルフィアが指差した先には、枯れ草がこんもりと小さな山になっている。一部がつぶれ、まるで何かがそこで眠っていたかのようだ。
その何かを、セルフィアは知っていた。
「あそこで、わたしは目を覚ましたから。タルタリア様に運んでもらったみたい」
「落ちたセルフィアを、助けてくれたの?」
「そう。最初は龍の姿に驚いたけど、すぐに優しい人だってわかった」
セルフィアを見殺しにすることも出来たはずだ。地面が汚れるのを嫌ったという理由も意地悪な見方をすればあるだろうが、少なくともタルタリアは違う。
「何か、タルタリア様に繋がるものが残っていれば良いんだけど」
「……ここにはいないみたいだからな」
アーロンの懐中電灯の力も借り、四人はタルタリアを捜した。しかしその巨大な龍の姿は見付からず、諦めようかと誰もが思った矢先のこと。
「おい、あそこに」
イオルが指差したのは、その空間からさらに奥にある何故か夕日の光が差し込む小さな空間。そこに、誰かが横たわっていた。
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