第24話 信じるは力
ガラガラガラと音をたて、小屋が崩れる。それだけでは飽き足らず、瓦礫を吹き飛ばすのは魔法の暴走だ。欠片から身を守りながら、セルフィアは黒と紫の光が荒れ狂う様を見て息を呑んだ。
「あんなこと、言わなければよかったかな……」
「いや、本当にどうでも良ければスルーすればよかったんだ。それに過剰に反応したということは」
「彼女自身、思う所があったということだ。遅かれ早かれ、突きつけられていた事実だから。セルフィアが気に病むことじゃない」
「そう、だね。まずはこれをどうするかを考えないと。……ありがとう、二人共」
シーリニアの傷をえぐらなければ、この事態は防げたかもしれない。セルフィアの気持ちを察し、イオルとアーロンがなだめてくれた。
それに感謝しつつ、頭を回転させる。しかし魔法に対抗する手段が思いつかず、途方に暮れた。
「どうしたら……」
「あの状態だと、話をすることも出来ないな。どうにかして、動きを止められたら良いんだが」
「……」
「ミシャ? どうしたの?」
セルフィアが話しかけたのは、じっと一転を見つめているミシャだ。彼女の視線の先には、魔法の暴走がある。その範囲は徐々に広がり、光は天高く昇っていく。それを指差し、ミシャは「もしかしたら」と呟いた。
「もしかしたら、ボクにどうにか出来るかも知れない」
「本当!?」
「失敗しない保障はないけど」
パッと目を輝かせたセルフィアの勢いに圧され、ミシャは途端に自信を失う。しかしセルフィアは、彼女と視線の高さを合わせてにっこりと笑った。
「ミシャなら、絶対大丈夫」
「……根拠は?」
「うっ……な、ないけど。ないけど、大丈夫って信じたら大丈夫だよ」
「ふっ……。何それ」
笑ったことで、余計な力が抜けた。ミシャは気を取り直し、スッと人差し指を小屋があった場所へ向けた。
「あれ、見て。周りの木を」
「木? ……あっ」
「なるほどね」
「――全く倒れてない!?」
「その通り。シーリニアの暴走した魔法は、木には影響を与えないみたいだね」
シーリニアの魔力属性に関係あるのかな。ぶつぶつと呟いていたミシャは、三人に見つめられていることに気付いて顔を赤くした。
「ご、ごめんなさい。ボク、一人で先走って考えてた」
「いや、よく木が巻き込まれていないことに気付いたね。凄いよ、ミシャ」
「――へ?」
俯いていたミシャは、アーロンに手放しに褒められて顔を上げた。ぽかんとしている彼女に、アーロンは続けて言う。
「オレたちには、魔力がないから。それを理由にただ見ていることしか出来ないと思ったけど、きみは違った。周りもきちんと見えていたんだ」
「……そんなこと、今まで言われたことありませんでした。ボクが魔女だって知ったら、大抵は気味悪がられるか妄想癖があるんだと笑われるかだったから」
ミシャの住んでいた町は、魔法使いの昔話が多く伝わるが、それも昔の話。生き残った魔法使いの子孫たちは、その力を隠して細々と生きている。
同様に隠れ暮らしてきたミシャにとって、アーロンたちのような人は会ったことがない人種だ。魔女であることを笑うでも気味悪がるでもなく、そのまま受け入れてくれた。
「……ありがとう」
誰にも聞こえないほどか細い声で、ミシャは感謝を口にした。シーリニアの魔法で暴風が吹き荒れ、例えもう少し大きな声でも三人には聞こえなかっただろう。
大きな岩の影に身を隠し、イオルは奥歯を噛み締めた。
「くそっ。木は倒れないとしても、このまま拡大し続けたら人里まですぐに到達するかもしれないな」
「ミシャ、さっきどうにか出来るかもしれないって言ったよね」
「うん、言ったよ!」
「それ、わたしたちに手伝えることあるかな?」
真剣な表情で、セルフィアはミシャに尋ねた。自分は魔力を持たないただのパン屋の娘だが、やり遂げるとタルタリアに約束したのだ。仲間と共に、シーリニアの暴走を止めなければならない。
セルフィアに問われ、ミシャは大きく頷いた。
「魔法はね、信じてくれる人がいればもっと強くなる。だから、ボクがやり遂げるって信じて!」
「勿論」
「疑ってないよ」
「ミシャ、任せた」
間髪を入れず、三人がエールをくれる。ミシャは思わず涙ぐみそうになり、慌てて咳払いをした。
「ゴホンッ。じゃあ、やってみるよ」
一行の中で一番背の小さなミシャが、フリルのスカートをたなびかせて駆け出す。当然のことながら、その下には黒いタイツを穿いているから死角はない。
ミシャの人差し指が、虚空に文様を描く。それは所謂魔法陣と呼ばれるもので、正確に描けば魔法の正確性が増す。
花びらのようなそれを描き切り、ミシャはそれを突き破るように拳を突き出した。
「お願い、わたしに力を貸して!」
ミシャはキュッと音を鳴らして立ち止まると、吹き荒れる風の中で両手を広げる。更に呪文を唱えれば、風にあおられていた木々が別の音を響かせ始める。
「一体、何が起こるの……?」
地響きの中、セルフィアはその光景に目を見張った。
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