第4章 崩壊の足音

魔女の提案

第25話 昔語り

 ミシャの言葉に応えたのは、シーリニアの小屋周辺に立っていた木々だ。それらはミシャの頼みを聞き、ザワザワと枝を伸ばしていく。

 木々の枝は、既存のものだけではない。本来春にならなければ伸びるはずもない新芽が生え、ぐんぐんと伸びていく。冬の時代になってから、植物も変化して少し暖かな時期になると新芽を出すようになったが、今はその時ではない。


(ミシャの言葉が魔法になっているんだ)


 木々が伸ばした枝は互いに絡み合い、徐々に上からシーリニアの魔法暴走を押さえつける傘になっていく。すぐに彼女もろとも覆い尽くし、外からはわずかに漏れる黒い光が見えるだけとなった。

 ミシャは肩で大きく息をしながら、その場にへたり込む。そんな彼女に、セルフィアが抱き着いた。


「ミシャ、お疲れ様」

「やった……?」

「いや、わからない。あの中で、外側に出たい力と内側に閉じ込めたい力が拮抗しているみたいだ」


 イオルの言う通り、枝が何度も内側から衝撃を受けているのがわかる。バチンッバチンッと火花の弾けるような音が聞こえるのだ。

 ミシャはグッと歯を食いしばり、力を貸してくれる木々を手伝おうと呪文の詠唱を始める。ただ言葉を並べ立てるのではなく、そこには魔力の消費も伴う。

 玉のような汗を額に浮かべるミシャを、セルフィアは一層強く抱き締めた。何の力も持たない自分には、ただ「信じている」と伝えることしか出来ないから。


「ミシャ」

「頼む、収まってくれ」

「……」


 三人に見守られ、ミシャは自分の内側からかつてない力が沸き上がって来るのを自覚した。それは温かくて優しく、何よりも力強い唯一無二の魔法。


(信じてもらえるって、こんなにも大きな力になるんだ!)


 弱小魔女だった自分が、伝説的魔女の暴走を抑え込もうと歯を食いしばっている。それだけでは足りずとも、仲間と一緒ならば不可能が可能になる気がした。


「いける!」


 両目を見開き、ミシャは叫んだ。その瞳はピンク色から赤みを帯びたものへと変化し、水面が揺れるように移り変わる。ミシャの魔力量が爆発的に増加し、あふれ出したそれが彼女の髪を揺らした。

 その光景を間近で見つめていたセルフィアは、何かがきしむような音を耳にしてそちらへと目を向ける。するとミシャの願いで創り出された木の枝の檻がその密度を増し、完全にシーリニアの魔法を抑え込んでいた。光が全く漏れず、頑丈に抑えてびくともしない。


「凄い……」

「ミシャの力、か」

「シーリニアは、どうなった?」


 がっちりと囲われ身動きを取れなくなったシーリニアがどうなったのか。セルフィアはごくんと喉を鳴らすと、全力で魔法を使い肩で息をするミシャの背中をトントンと撫でるように叩いた。


「もう大丈夫。ミシャ、ありがとう。……魔法、解いてくれる?」

「……うん」


 ミシャがパチンと指を鳴らすと、ざわざわと木々がうごめいて枝を引き上げさせていく。内側の枝は幾つか折れてその場に散っているが、ほとんどはそのまま元の長さへと戻り、再びただの樹木と化した。


「――もう、落ち着きましたか?」


 そしてセルフィアは、たった一人で仰向けに倒れたシーリニアの傍に歩いて行った。シーリニアの傍に膝をつき、彼女の顔を覗き込む。

 シーリニアの周囲は、火事でもあったのかというほど焼け焦げていた。炭になった地面の上で、彼女は唇を引き結んでいる。

 イオルはミシャを預けて立ち上がったセルフィアを止めようと手を伸ばしかけ、すんでのところで手を引っ込めた。ここで引き留めてはいけない、と直感したのだ。


「……」

「……」


 黙ったまま両手で顔を隠すシーリニアの傍で、セルフィアは彼女が自ら口を開いてくれるのを待つ。しばし沈黙が流れ、やがて根負けしたシーリニアが両腕を地面に投げ出した。


「……わかっていたのです。あの方は、私には遠く、手の届かない方だと」

「あの方とは、タルタリア様のことですか?」

「ええ」


 少し、昔語りに付き合ってくれますか。シーリニアに問われ、セルフィアは控えめに頷いた。


「……貴女の知る通り、私は力を求められ、五百年前にシャルガータ王国の王に仕えることになりました。国防や戦術、薬草の知識など、求められることは初めてでしたから、喜んでお教えしました」


 その中には、王国の未来を担う王子の家庭教師も含まれていた。シーリニアは次期国王第一候補であるタルタリアの師の一人として彼に魔法の歴史や知識を教えることになる。彼は地頭が良く、教えられたことをするすると吸収していった。


「いつしか、私は年の離れた王子のことをいつも考えるようになっていました。それが恋だと気付いた時には、もう後戻りなど出来なかった」


 最初は見ているだけでよかったはずだった。しかしいつしか、彼の幸せを願うだけでは苦しいだけだと気付いてしまった。シーリニアは己が王国の裏事情に全て精通していることを人質に、王に対して自分とタルタリアの結婚を許すよう迫ったのだ。


「これが私の独り相撲であったのなら、ただの勘違い女で終わることでしょう。けれど、彼もまた私を好きでいてくれた。……私は、想いさえあれば大丈夫だと思っていたのです」


 当然のごとく、王からは突っぱねられた。更にシーリニアの努力や魔法の才さえも貶し、シーリニアは止まることが出来なくなった。


「私は皆の前で、不敬を理由に断罪される運びとなりました。それが悔しくて恥ずかしくて、私は生涯たった一度の魔法を使うことに決めたのです」


 それは人の姿を龍に変え、いつしか龍のさがに呑まれさせる禁断の魔法だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る