第26話 隠していた想い

 断罪の当日、シーリニアは今生での別れをとタルタリアとの面会を望んだ。魔力を制御する部屋でならと許され、愛する青年と根性の別れをすることになった。


「けれど私は、そこで終わらせる気はありませんでした」


 魔力を押さえつけられるような圧迫感を感じながら、シーリニアは目の前に現れたタルタリアの頬に触れた。複数の兵士に見守られた状態ではあったが、シーリニアの目にはタルタリアしか映っていなかった。

 シーリニアの手に自分のそれを重ねたタルタリアは、自分も同様にして愛しい人の名を囁いた。


『――シーリニア様』

『お許し下さい、殿下。私の我儘に、御身をさらすことを』

『どういう、ことですか?』

『……』


 タルタリアの問いに言葉で答えることはせず、シーリニアは誰にも聞こえないようなか細い声で禁じられた魔法を呼び覚ます。

 異変に気付き、兵士たちが動き出した時にはもう遅かった。魔法の風がシーリニアとタルタリアを包み込み、やがてその風が竜巻に変わる。

 竜巻の中、シーリニアは一度も触れたことのなかったタルタリアの唇に、自分のそれを押し付けた。その行為こそが、魔法の成就に必要だったから。

 それ以上に、愛している人とキスをしたかった。そんな乙女さも、シーリニアは持ち合わせていたのだ。


『ごめんなさい、愛してしまって』

『……』


 その言葉に、タルタリアが答えることはなかった。彼は不意に訪れた睡魔によって眠らされ、その場に倒れてしまう。シーリニアは竜巻の中、魔法で姿を消した。

 王城が用意した魔法制御の部屋は、彼女にとってはおままごとくらいの力しかなかったのだ。何の障害も感じずに、生まれ故郷へと戻る。

 そして、外界との間に見えない壁を築いて消えることにした。


「……タルタリア様は、竜巻が消えると同時に龍に姿を変えました。天へ昇って行く様子が私のいるところからも見えましたからね。その後王は私を捜したようですが、魔力のない者に私を簡単に見付けることなど出来ませんから」

「なら、どうしてタルタリア様からも逃げ続けたの? 彼は、貴女をずっと捜していたのに」

「……怖かった」


 セルフィアの問いに対し、シーリニアの回答はシンプルなものだった。


「あの方の許しを得ず、あの方の運命を捻じ曲げた。そんな私が、どんな顔をしてあの方に会えと言うのですか? だから、逃げ続けたのです」

「……タルタリア様は、今も貴女を捜しています。わたしはあの方の呪いを解くために、ここに来ました」

「――!」


 お願いします。セルフィアは倒れたままのシーリニアに頭を下げた。驚くシーリニアが上半身を起こすのも気付かず、言葉を続ける。


「貴女がどんなに辛く思ったのか、わたしも……ずっと好きな人がいるから考えることは出来ます。彼は……イオルは王子様だから、庶民のわたしなんか釣り合わない。いつか隣国の綺麗で気立ての良いお姫様をお妃にするんだってわかっているんです。それでも……それでも、夢を見てしまう。彼の隣に、自分がずっといたいだなんて」

「……セルフィア」


 驚き、目を丸くするシーリニア。しかし言葉を失っていたのは、彼女だけではなかった。


「おま、一体何を……っ」

「こんな時だが、お前の一方通行の感情ではなかったらしい。よかったな、イオル」

「煽るな、アーロン。俺はまだ、セルフィに伝えていないんだ」


 巻き込まれる形でセルフィアの気持ちを知ってしまったイオルは、顔を真っ赤にしてその場にうずくまる。

 怒涛の展開に目を見張っていたミシャは、少なくともイオルとセルフィアの関係を理解した。「へえぇ」と言いながらにやにやとしている。


「アーロンさん、知っていたんですか?」

「知っているも何も、オレはずっとイオルの傍にいるから。何となくセルフィアの気持ちも察してはいたけど、二人が全く動かないからやきもきしていたんだ」

「だったら! ……いや、これは動かなかった俺の問題だな」


 アーロンに怒りをぶつけるのはお門違いだ。イオルは大きく呼吸をして、そもそも今は自分のことを後回しにすべきだと頭を切り替える。


「……シーリニアは、今冷静だろ。だったら、話し合うことが出来るはずだ」


 ただ、今は口を挟むことは出来ない。イオルは二つの意味で騒がしい心臓を持て余し、胸元の生地を握り締めた。


 セルフィアの告白を聞き、シーリニア少し悲しげに目を伏せた。


「――貴女もまた、叶わぬ恋をしているのですね」

「叶わないかもしれません。でもわたしは、彼の幸せを心から願っています。身分が違うから結ばれることがないとしても、ずっと……ずっと友だちとして傍にいたい」


 だから、貴女とは選ぶ道が違います。はっきりとそう告げるセルフィアに、シーリニア目を瞬かせた。


「そう、なのですね」

「はい。わたしは……たとえ共に生きられないとしても」

「ならば、殿

「――え?」


 何を言っているのか。セルフィアは固まり、彼女の耳元でセルフィアはもう一度ゆっくりと同じ内容を告げた。


「私に、イオル殿下を下さらないかしら? そうすれば、貴女の願いを……タルタリア様の龍化を解いて、この国の永遠の冬も終わらせて差し上げますわ」

「――ッ」


 顔面蒼白になったセルフィアに、シーリニアは穏やかに微笑みかけた。

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