第23話 小屋のひと
穏やかな山間の忘れ去られた人里。その中に建つ質素な小屋は、十分過ぎる程の存在感を放っていた。
ごくり、とセルフィアは唾を飲み込む。
「あそこに、シーリニアが……」
「いるかもしれないし、いないかもしれない。入ってみないことには、何とも言えないな」
「本当は外にいるのかもしれないぞ。もしかしたら、入った瞬間に閉じ込められたりして?」
「アーロンさん、それは怖すぎ……」
そんなことを言い合いながら、四人は小屋に近付く。そして、ドアノブにセルフィアが手をかけた直後のこと。
「――良いわよ、入りなさい」
「!?」
落ち着いた、大人の女性の声。セルフィアは思わずドアノブから手を離し、仲間たちの方を振り返った。
「ねぇ、聞こえた?」
「今、声がした!」
「入れって言ったよな」
「中にいてくれるらしい。セルフィア、行こう」
イオルに促され、セルフィアは覚悟して扉を開けた。
ガチャリと音をたて、古めかしい扉が開く。その内側からは薬草と草木の匂いが漂ってきて、不思議な気持ちになる。
室内は木材の色を基調とした落ち着いた雰囲気の内装で、カーテンやテーブルクロス等の布製品はオフホワイトや白っぽい色のものでまとめられていた。
部屋は奥にもあるのだろうが、玄関を入ってすぐに居間がある。
居間の中央にはダイニングテーブルと椅子が四脚。その奥側に、一人の女性が腰掛けていた。
「いらっしゃい、と言っておきましょうか」
「貴女が、シーリニア……?」
「ええ、その通りです」
穏やかに話すシーリニアを名乗る女性は、五百年前から生きているとは思えない程若々しい。鮮やかな薄紫色の長い髪を流し、白髪は見えない。更に赤い瞳は強い力を秘め、着ているものはシンプルな黒いワンピースだ。
セルフィアは彼女の美しさに見惚れた後、我に返って話しかけた。
「シーリニア……。貴女に訊きたいことが、たくさんあります」
「そうでしょうね。座って、お茶を入れるから」
勿論、毒なんて入れませんから。冗談ともつかないようなことを言い、シーリニアは席を立った。
セルフィアたちは顔を見合わせ、誰からともなく椅子に座った。シーリニアが座っていた目の前にセルフィア、その隣にイオル、そしてアーロンとミシャは「あっ」と声を漏らす。
「シーリニア、貴女の座る所が……」
「私は大丈夫。椅子を持ってくるから」
シーリニアはお湯と茶葉を入れたポットを手に、小さく「椅子を」と呟く。すると彼女の目の前に、何処からか椅子が一脚現れた。
前触れのないそれに、四人は「えっ」と驚く。
「驚かせてごめんなさい。この方法が一番早いから、ついね」
「……本当に、魔女なんだ」
ミシャの独り言を拾い、シーリニアは「そうですよ」と微笑んだ。
「貴女は、ミシャという
「えっ! 何で知って……?」
ガタンッと音をたてたのは、もともとシーリニアが座っていた椅子に腰掛けようとしたミシャだ。思わず立ち上がり、椅子が勢いよく引かれる。
椅子が倒れそうになり、アーロンが支えた。
「危ないぞ、ミシャ」
「あぁぁ……ごめんなさい」
「貴方はアーロン・エルファンナ。……エルファンナ家はあの頃まだまだ小貴族だったけれど、努力したのですね」
シーリニアに言われ、アーロンは青い目をいっぱいに開く。
「オレの家系のことも知っているのか」
「見ている時間だけは、たくさんありましたから」
「……」
押し黙ったアーロンから視線を外し、シーリニアはイオルへと目を向けた。その視線に、悔いとも羨望とも取れる複雑な感情が浮かぶ。
「イオル・シャルガータですね。……あの人と同じ、王族の血を引いている」
「タルタリア様は、貴女のことをずっと案じていたようでした。龍にされてからも、五百年ずっと貴女を空から捜していたそうです。何故、一度も姿を見せなかったんですか?」
「それは……」
イオルの問いに、シーリニアは口を閉ざす。黙ったまま十秒が過ぎ、一分に差し掛かろうとする。
ミシャもアーロンもどうするべきかと視線を彷徨わせるが、イオルはただ黙ってシーリニアを凝視した。そしてセルフィアはといえば、シーリニアにかけるべき言葉を捜していた。
この五百年間、幾らでも姿を見せる機会はあったはずだ。何処かのタイミングで過去の自分のやったことを悔い改め、冬を終わらせ春を迎え入れることも出来たはず。どうしてそれをせず、黙っていたのか。
「……わたしは、貴女のことが知りたい」
「セルフィア……」
「シーリニア。貴女は、寂しくはなかったの?」
「――え?」
きょとんとするシーリニアに、セルフィアは「だって」と言葉を続けた。
「貴女の伝記、読んだの。その中で、貴女はこの国を陥れる悪役としか書かれていなかった。だけど、ミシャに借りた本の中では、貴女は少なくとも、タルタリア様に恋をしていたんでしょう?」
「……やめて」
「やめない。タルタリア様が好きで、タルタリア様も貴女を憎からず思っていると知って、結ばれたいと心から願ったのに、当時の王様が許さなかったんだよね」
「やめ……」
「それでもわからないのは、貴女がタルタリア様を龍の姿に変えた理由。愛していたのなら、どうして姿かたちを変えて、更に会おうとしなかったの? 駆け落ちでもなんでもして、一緒に生きる選択肢はなかっ……」
「――やめて!」
シーリニアの体から、膨大な魔力が噴き出す。その勢いはすさまじく、竜巻のような強く激しい風が吹き荒れた。
「シーリニア……」
「セルフィ、ここは危ない。一旦出るぞ!」
イオルに手を引かれ、セルフィアは小屋の外に出た。彼女らに続き、ミシャとアーロンも外に出る。四人が逃げるのを待っていたかのように、彼らの目の前で小屋は崩れ落ちた。
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