第34話 一族の悲願を

 シャガルーダ卿の命令を受け、兵士たちがセルフィアたち四人に殺到する。前へ出たイオルとアーロンが、見事な連携プレーで兵士たちをセルフィアとミシャに近付けさせない。急所を突き、昏倒させて倒していく。こんなところで殺したとて、何の意味もない。


「くっ」


 傷を負いながら三人目を気絶させたイオルは、高みの見物を決め込むシャガルーダ卿に大声で問いかける。心の何処かで、この喧騒に兄が気付いてくれることを期待して。


「我らを害獣呼ばわりか、シャガルーダ卿! 貴方は、我が王族から分かれた一族のはず! なのに……」

「だからこそ、ですよ。いや、だよ、イオル・シャルガータ」


 たった一文字だ。そう、シャガルーダ卿は肩を竦めて言う。


「シャルガータとシャガルー。我らの一族は、大昔……三百年前に王族から分家した。内部闘争が理由だとされているが、最早本当の理由を知る者などいないだろうな。しかし、我が一族には悲願がある」

「……王権の奪取か?」

「話が早くて助かる」


 嗤うシャルガータ卿の表情は、最早臣下のそれではない。

 イオルは、王族であることに胡座をかくつもりは毛頭ない。しかし態度を一変させこちらを見下すようなシャルガーダ卿の顔には、怒りの感情を持った。

 強く拳を握り締めるイオルに気付き、アーロンが警鐘を鳴らす。


「イオル」

「……わかっている」


 イオルは胸に手を当て深呼吸して、頭に酸素を巡らせる。突発的に動けば、シャルガーダ卿にとって良い駒になってしまう。

 そんなイオルの態度に、シャルガーダ卿はやれやれと肩を竦めた。


「……そのまま私を殴ってでもくれたら、王族の品格を疑うと進言出来たのに。残念だ」

「隠す気もないのか、シャルガーダ卿」

「我らの悲願が叶った時、お前たちは生きてはいない。現国王も第一王子も、共に地獄へと送ってやろう」

「その言葉、そっくりそのままお返しする!」


 シャルガーダ卿の身を守ってた精鋭の一人が、イオルに向かって気迫と共に刃を振りかざす。


「死ねぇっ!」

「断る」


 ジャキン。金属音が響き、二つの剣が火花を散らす。精鋭の男はイオルが力負けしないことに目を見張りながらも、その力を弱めない。

 徐々に手の痺れを感じつつも、イオルは剣を諦めない。

 一進一退の攻防を視界の端に捉え、アーロンが主を鼓舞した。


「イオル!」

「余所見をするな。お前の相手はこちらだ」

「……そうかよ」

「かはっ」


 振り返りざま、アーロンは手にした鞘を後ろへ思い切り突き出す。彼の背後から至近距離に近付いていた敵は、その鳩尾に鞘を突き立てられて腹の中のものを吐いた。そのまま回し蹴りを決めて敵を一人地面に沈めたアーロンは、すぐさま次の指示を出そうとするシャルガーダ卿の先を読んで地を蹴った。


「――アーロン!」

「セルフィア、ミシャ。気を抜くなよ!」

「チッ」


 舌打ちしたのは、音もなくセルフィアたちを襲おうとしていた青年だ。いち早く気付いたアーロンが間に入らなければ、青年にセルフィアは突き飛ばされていただろう。

 何故、斬られたでも蹴り飛ばされるでもなく突き飛ばされるのか。青年の手に残る気配に気付き、ミシャが叫ぶ。


「あなた、魔法使い!?」

「――っ! 何故わかった!?]


 警戒した青年に首を掴まれそうになり、ミシャは咄嗟に魔力を使った。ざわっと植物たちが反応し、枝葉を伸ばして青年を捕らえて浮かせる。


「うわあぁっ」

「魔女がいたとは……!」


 この国において、使える魔法使いは全て自分の手の中にあると思っていたシャルガーダ卿は、ミシャの存在に目を丸くした。シャルガータ王国では、一般に魔法使いと魔女の存在は明らかにされていない。だから、シャルガーダ卿が知らないのも無理はない。


「た、助かった……」

「ミシャ、大丈夫!?」


 魔力を使い、ミシャはその場にしりもちをつく。その背中を支えたセルフィアは、目を回したミシャを抱き締めた。

 ミシャはまだ魔法の威力をコントロールすることが苦手で、常に全力だ。そのため、魔法を使った後はへたり込んだり目を回したり気絶したりしてしまう。この旅の途中で魔力を覚醒させた後も何度か練習はしたが、うまく調整出来ずにいた。


「だ、だいじょうふ……」

「ミシャ……」

「大丈夫とは言い難いな。セルフィア、ミシャを頼んだ」

「うん!」


 頷いたセルフィアだが、不安でミシャを強く抱き締める。

 自分はミシャのように魔力があるわけでも、イオルとアーロンのように剣を使えるわけでもない。ただパン作りが好きな、ただの人間だ。生活する分には何の支障もないが、このような状況の時に歯がゆくなる。


(わたしにも、待つ以外に何か出来れば良いのに……)


 勿論、誰かの止まり木になることは誰にでも出来ることではない。自分が必要とされていることはわかっているが、何か力になりたかった。

 しかし、セルフィアは運動神経が飛び抜けて良いというわけではない。ただ、仲間の無事を祈るだけ。

 それでも、出来ることを全力で。セルフィアはイオルとアーロンの邪魔にならないよう、そっと数歩下がる。そして、何かにぶつかった気がして振り返った。


「……誰もいない?」

「――いいや?」

「誰!?」


 突然聞こえた姿なき声に誰何した途端、セルフィアは何かに口と鼻を同時に塞がれた。息が出来ず、その何かを外そうと自分の顔の前に手を持って来る。そして、何かを掴んだ。


「セルフィ!?」

「――!」


 息が出来ず涙目になったセルフィアに気付いたイオルが、目の前の敵を剣の石突で倒した直後にセルフィアと目を回したままのミシャのもとへと走る。同時に、何かおかしいと彼の頭の中で警鐘が鳴る。


(何故、なんだ!?)


 まさか、とイオルの中で敵の正体が浮上した直後のこと。ゆらりとセルフィアの背後の景色が揺れ、そこに女が現れた。セルフィアより頭一つ分大きな、筋肉質の女だ。彼女がセルフィアの口と鼻を手で塞いでおり、イオルは思い切りその女に向かって手を伸ばした。


「お前は、ジスターンだな!」

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