第5章 王国の闇を光が照らす
帰郷
第33話 害獣駆除
タルタリアが消えたその夜、セルフィアたちは夜の闇に紛れて王都に入った。積もった雪の一部がシャーベット状になっており、ミシャとセルフィアが代わる代わる足を取られて転びかけていた。
今も、建物の影に入ろうとした瞬間に滑る。
「きゃっ」
「――っと、危ない。大丈夫か、セルフィ?」
「あ、ありがと。雪って溶ける時にこんな風になるんだね」
前のめりになりかけたお腹に手をまわされ、セルフィアは顔を真っ赤にする。幸いにも背中側にいたイオルにはその顔を見られることはなく、セルフィアは「平常心平常心」と心の中で唱えながら自分の力で立った。
「よ、夜になったら静かだね。王都は」
「元々極寒の夜に出歩こうなんて奴はいないからな。……呪いが解けて急速に季節が移ろっても、長年の習慣は簡単には変わらない」
「そのお蔭で、オレたちは城に近付けるんだけどな」
何故かくすくすと笑っているアーロンに、イオルは怪訝な顔を向ける。しかしアーロンはそれに答えることはなく、話題を変えた。
「イオル、城には正面から入れば良いだろ。城に入って、まあシャルガーダ卿の手の者に見付からないようにジオリア殿下に会えれば良いわけだしな」
「この時間なら、貴族も役人もほとんど城にはいないはずだ。用心するに越したことはないから、夜を選んだんだけど」
アーロンを先頭に、四人はそっと王城に近付く。気配に気付いた門番が「何者だ」と尋ねかけた時、イオルが前に出た。
門番の前に出た途端、イオルのまとう雰囲気が変わる。王子然とした彼は、普段より少しだけ低い声で門番に向かって口を開いた。
「――私だ」
「これは、殿下!? お戻りになられたのですね」
「ああ。兄上に会いたい。通してくれるか?」
「はっ」
ギギと音を鳴らし、門が開かれる。イオルの後をセルフィアとミシャ、そしてアーロンが追う形で王城内に入った。
門番の青年が暗い王城内の誘導に名乗りを上げたが、イオルは感謝した後断る。ジオリアに会うまで、出来るだけ密やかに行動したかったのだ。
夜であっても、城の明かりは最低限に灯っている。イオルとアーロンのみが知る秘密の最短ルートを通り、ジオリアの部屋を目指す。その道のりは、塀を乗り越えたり庭を横切ったりという通常では考えられないルートだったが。
「あの、イオルっ。これ」
何度目かの兵を乗り越えた時、セルフィアは前を走るイオルに声をかけた。彼女の言いたいことを察し、イオルは「ああ」と説明する。
「昔、アーロンと一緒に勉強を抜け出すために使っていた道だ。……よく城を抜け出してお前の家に行っていた」
「……思い出した」
そういえば、イオルは幼い頃、アーロンと共によくセルフィアの家に逃げて来ていた。勉強や鍛錬の繰り返しの毎日が嫌だと愚痴をこぼしていたことを、セルフィアは唐突に思い出す。
「でも、こんな道とも言えないような道を使っていたとは思いも……」
セルフィアの言葉が途中で途切れる。イオルもまた、前方を睨み据えて立ち止まった。二人の前にアーロンが出て、ミシャはセルフィアにしがみつく。
そんな四人を目の前にして、初老の男が十数人の配下を引き連れて立つ。隠しもしないガチャガチャという音に、イオルとアーロンは相手の正体とその目的を察した。重苦しい音は、金属の、鎧の音だ。
青年たちの視線を一身に浴び、男は楽しそうに嗤った。
「こんなところで追いかけっこですか、イオル殿下?」
「……シャルガーダ卿。貴方こそ、こんな時刻に何かご用ですか?」
「おや、言葉が刺々しい。いえね、そろそろ害獣が現れる頃だと聞いたものですから、退治しておかなければと考えた次第ですよ」
「……」
にこやかな中に、かすかな苛立ちが混じる。イオルはどう対処するかと言葉に詰まったが、手で制したアーロンが引き継いだ。
「害獣、ですか。シャルガーダ卿。それが本当ならば、こちらで対処しておきます。その刃、下ろしては頂けませんか?」
アーロンが指差したのは、シャルガーダ卿の背後で兵士たちが鞘から抜いている剣のことだ。全てがこちらに向いていて、今にも斬りかかろうとしている。
「……ミシャ」
「な、何?」
アーロンがシャルガーダ卿たちの注意を引き付けている間、イオルがそっとミシャに声をかけた。シャルガーダ卿たちの方を向いたまま、イオルは「こっちを見ずに聞いてくれ」と頼む。
「この辺りの植物に指示を出すことは出来るか?」
「お願いなら……出来ると思う」
「よし。なら、こうやって頼んで欲しいんだが……」
ミシャはイオルの指示に頷き、そっと呪文を唱える。セルフィアはミシャを見守りながら、緊迫した現状に戸惑っていた。
(どうして、シャルガーダ卿がここに!? わたしたちが今夜城に帰ることなんて、誰にも伝えていないのに)
本当は、家に一度帰りたかった。両親に生きて元気でいる姿を見せ、安心させてからジオリアに報告したかった。しかしそれでは全てが遅くなってしまう可能性がある、とイオルたちに説得されたのだ。全てが終わった後必ず帰ることを条件に、セルフィアは今ここにいる。
セルフィアたちの疑問は、シャルガーダ卿が教えてくれた。
「わが手の者たちが、ずっと害獣の行方を追ってくれていましてね。今日の昼過ぎには報告が入っていたのです。今夜、現れるだろうと」
「……シャルガーダ卿、話が嚙み合っていません。その剣を下ろさせて頂けませんか?」
徐々にアーロンの口調がきつくなる。それを知ってか知らずか、シャルガーダ卿は配下たちに一切下ろす指示を出さずにイオルを見据えた。
「まだわかりませんか? 害獣とは、あなた方のことです。……我がシャルガーダ家の積年の望みを果たすため、礎となってもらおう」
行け。シャルガーダ卿の指示を受け、兵士たちがセルフィア立ち向けて武器を向けて駆け出した。
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