アスバンダの魔女

第13話 ミシャの家

 ミシャがセルフィアを連れて来たのは、アスバンダの東側にある家だった。広い庭と畑に囲まれたその家に入ると、ミシャが「こっち」と誘導してくれる。その通りに廊下を進み階段を上ると、ミシャの部屋の前に到着した。


「入って」

「あの、親御さんは?」

「お父さんもお母さんも、今日は仕事。夜まで帰って来ないから、大丈夫」


 それは、大丈夫と言う理由にはならないだろう。そう喉まで出かかった言葉を呑み込み、セルフィアはミシャに勧められるままにクッションの上に腰を下ろした。


「飲み物取って来る。ちょっとだけ待っててね」

「あ、お構いなく」


 ミシャが部屋を離れ、台所へ降りた。手持無沙汰になったセルフィアは、キョロキョロと部屋の中を見回してみる。

 ベッドとその上に、幾つかのウサギや犬のぬいぐるみが見えた。その隣には勉強机があり、教科書類が散乱している。そしてそれらの向かい側、壁側には幾つかの本棚が置かれていた。


「……『魔法大全』、『簡単な魔法の使い方』、『魔女のお話』。やっぱりあれは」

「お待たせ。ジュースでよかった?」

「うん、ありがとう」


 お盆を持つ手ではドアノブを回すことが出来ず、肘で器用にドアを開けた。そのミシャからお盆を受け取ったセルフィアは、お盆を小さなテーブルの上に置く。

 ミシャが持ってきてくれたのは、林檎ジュースとポテトチップスだった。それをつまみつつ、セルフィアは改めてミシャに尋ねる。


「あの、ミシャは一体……」

「ボクは、セルフィアの考えた通り、魔女の末裔なんだ。とはいっても魔力は強くない落ちこぼれで、鋭意練習中なんだけどね」

「そうなんだ。やっぱり、魔力って実在するのね」

「多くの人にとっては、昔話や御伽噺だから。でも魔女も魔法使いも実際にいて、現代でも密かに生き残ってるんだ。ボクみたいに」


 ミシャはポテトチップスを数枚摘まむと、口に中に入れてしまう。それを咀嚼し飲み込んでから、それでと話柄を変えた。


「セルフィアは、どうして魔力に興味を持っているの? 見たところ、魔力を持つ家系の人ではないようだけど」

「うん、わたしに魔力はないし、家の誰も持ってない。……ミシャは信用出来るって思うから、話すね」


 これは、他言無用でお願い。真剣な顔で言われ、ミシャも表情を改めて首肯した。それに安堵し、セルフィアはシーリニアという魔女を探しているのだと話す。


「シーリニアって、大昔にこの国にいたっていう大魔法使いの?」

「そう。白に仕えたっていう魔女。変な言い方に聞こえるかもしれないけど、彼女が今何処にいるのかを知りたいの。魔力の残るっていう場所になら、彼女について何かヒントがあるんじゃないかって思ったんだ」

「……よかったら、シーリニアを探す理由を教えてくれないかな? きっと、もっといろんなことがあったんでしょう?」

「どうして、そう思うの?」


 目を見開き、セルフィアは問う。するとミシャは、だってと困り顔で微笑んだ。


「セルフィア、顔色が悪いもん。凄く大切な理由なんだろうけど、それだけじゃないんじゃないかって思うんだけど……違う?」

「もしかしたら、ミシャに大きな迷惑をかけることになるかもしれない。例えば、命の危険もあるような」


 思いがけない言葉を聞き、ミシャは目を丸くする。


「命の危険って……。その危険に、セルフィア自身が陥ってるってことだよね?」


 だったらなおさらだよ、とミシャは微笑む。


「話してよ。それで、シーリニア探しにボクも同行させてよ。シーリニアは、ボクら魔女の末裔にとってはヒーローみたいな存在なんだ。とてつもない力を持った、最強の魔女。その人に会えるのなら、一緒に行きたい」

「だけど、ミシャ。ご家族が……」

「それなら問題ないよ。……家族、いないもん」

「えっ?」


 嘘吐いてごめん。ミシャはそう言うと、自分が一人暮らしであることを明かした。


「ボクはまだ十四だけど、十歳の時に両親は他界したんだ。二人共、病気で。だから、ボクがここから出かけてしばらく戻らなくても、問題ないんだ」

「……きっと、簡単な道のりじゃないよ?」

「それを、セルフィア一人に背負わせる方が間違っているよ。折角、初めて友だちが出来たから。友だちの役に立ちたい、一緒に乗り越えようよ」

「ありがとう、ミシャ」


 手を握り合い、少女たちは友情を結ぶ。

 それからセルフィアは、自分に起こった出来事を話した。貴族令嬢にかどわかされ、龍の儀に身代わりとして出させられた上に殺されかけたこと。死んだと思ったが、テンペストに救われ一命を取り留めたこと。そして、彼とこの国にかかった呪いを解くためにシーリニアを見つけ出したいこと。

 全てを聞き、ミシャは泣き出してしまった。慌てるセルフィアを抱き締め、ミシャは「よく生きててくれたよ、ありがとう」と呟いた。


「今日からは、ボクも一緒だから。……早速だけど、セルフィアにこれを読ませてあげたいんだ」

「これ?」


 セルフィアがミシャから受け取ったのは、古びて黄ばんだ一冊の本だ。ミシャの部屋の本棚に入っていたそれは、開いてみると各時代の有名な魔法使いや魔女について書かれた本らしかった。

 ここを見て。そう言ってミシャが指し示したのは、丁度五百年前に活躍したシーリニアについて書かれた箇所だった。

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