第14話 シーリニアの伝記
シーリニア程の魔女は存在しない、と書物の冒頭に書かれていた。はっきりそう書かれていたわけではないが、要約すればと言ったところか。どうやら、シーリニアは五百年前から伝説的な人物だったらしい。
「……『シーリニアは、珍しい能力を持っていた。透視能力である。その力と己の魔力の多さから、尊敬と畏怖を同時に浴びていた。彼女の力を聞きつけた時の王は、その力を国のために役立てることを希望し、シーリニアも頷いた。』それから彼女はここに書いてある通り、何度も王国の危機を救ったらしいよ」
「隣国との戦での勝利、飢饉を見通した助言、金の採掘……。そして、『王は褒美に望むものをやろうと言ったが、シーリニアは頑として受け取らなかった。』この時には、もしかして……」
「セルフィア?」
ふと考え込んでしまったセルフィアを案じ、ミシャが彼女の顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「え あ、ああ大丈夫。ごめんね、心配かけて」
我に返ったセルフィアは、改めて伝記を読み進める。この時、彼女の頭の中で一つの仮説が出来上がっていた。シーリニアが欲しい褒美を口にしなかった理由は、この時既にタルタリアに好意を抱いていたからではないだろうかと。
しかし、タルタリアは父王の命令で隣国の姫君を迎えることになる。彼の言った通り互いに惹かれ合っていたとしたら、一体どんな気持ちでいたのだろうか。
(きっと、苦しかっただろうな。どうやら王城専属になった後も身分は与えられず、一刻の王子であるタルタリアと結ばれることはとても難しいから)
シーリニアに想いを馳せながら、セルフィアはミシャによる注釈を聞いていた。
シーリニアはそれから、王城を辞するまで献身的に協力したという。
「でも、ある時シーリニアは態度を一変させた。自分と王子を結婚させることを王に要求し、それが果たされないとわかると、王国を冬にして王子を龍に変えてどこかへ消えてしまった。……ここに書いてあるのはここまで。ごめんなさい。手掛かりになるようなものはなかったね」
「ううん、言い伝えを確かめられてよかった。……そういえば、シーリニアはこの町の出身なの?」
「それは……」
ミシャが答えようとした時、家のドアがコンコンと叩かれた。滅多に人なんて来ないのに、とミシャが首をひねりながら玄関へと行ってしまう。ここで待っていてと言われたセルフィアは、一人ミシャの部屋の本棚を覗いていた。
本棚にはライトノベルの他にも、先程のような古い書物、そして魔術に関する本が所狭しと並んでいる。
(魔術……魔法、か。龍になったタルタリア様と会ったけれど、魔法が存在するなんてびっくりだよ)
セルフィアが本棚の本の一冊に何となく手を伸ばした時、一階から大きな物音と共にミシャの悲鳴が聞こえてきた。
「な、何するんですか!? 貴方方は一体……」
「ここに、セルフィアと名乗る娘がいるだろう? そいつを引き渡してもらおうか」
「は!?」
どうやら、招かれざる客が来たらしい。戸惑いと怒りに彩られたミシャの声と、押し入った者たちの詰問。セルフィアが現状を把握するには、充分だった。
(――! わたしを捜している!?)
贄姫として自分とセルフィアを入れ替わらせた令嬢が、追手をかけたらしい。実家に帰らないことで行方を絶った気でいたが、いつの間に行き先を知られたのだろうか。
「今は、そんなこと考えてる暇はない!」
早くここから去らなければ、ミシャに今以上の迷惑をかける。セルフィアは部屋を見渡し、人が通れそうな大きな窓に駆け寄った。窓から外を見ると、玄関に数人の男たちが群がっているのが見える。沙羅に目を向ければ、近所の人が不安そうに様子を見つめていた。
「こっちは駄目」
ならば、と反対側の部屋へと移動する。そちら側は道路に面しておらず、庭と塀、そして密集する住宅があった。こちらに出たところで、何処かに移動出来るわけではなさそうだ。
「どうしよ……」
一刻も早くここを離れなければと思うのに、実際には逃げ出すことが難しい。一階では、男たちが互いに指示を出しながらセルフィアを捜している音が聞こえる。二階に来るのもすぐだろう。
「どうしたら良いの……?」
おそらく、自ら追手の前に出るのが現状打破の近道だ。しかしそれは、セルフィアが飛び出した目的を達成出来ないことを意味し、同時に彼女の死を意味する。決して選択したくない選択肢だった。
時間はない。セルフィアは覚悟を決め、屋根から道へ飛び降りて逃げようと窓枠に手をかけた。
その時だった。
「おっ、お前たち何者だ!?」
「何者? 我らのことを知らぬとは、教育が行き届いていないようだ」
突然、騒がしさが増す。窓の外を覗けば、セルフィアにとって見覚えのある人影が見えた。
「……アーロン?」
胸を張り、ガタイの良い男たちと対等に渡り合う十代の青年。彼はイオルとジオリアの乳兄弟であり、側近を務めているはずだ。
王都にいるはずの彼が何故。セルフィアは首をひねるが、答えはない。その間に、アーロンが不審者たちを素手でのしていく。
爽やか系イケメンのアーロンは、軽い動作で男たちを投げ飛ばす。まるでショーのような動きに、野次馬からは黄色い悲鳴が飛び出した。
次々と倒されていく男たちをあ然と眺めていたセルフィアは、階段を駆け上る足音にギョッと身を竦ませる。アーロンが取り逃がしたかと咄嗟に隠れる場所を探すセルフィアの耳に、懐かしい声が聞こえた。
「セルフィ!」
「もしかして……」
「やっと、見付けた!」
セルフィアを「セルフィ」と呼ぶのは、この世でただ一人。セルフィアは思いがけない人物の登場に、感極まってその場に崩れ落ちた。
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