第15話 隠れ宿にて

 自分が生きていると知った令嬢の配下がやって来て、ミシャに多大なる迷惑がかかっている。だから逃げ出そうとした矢先、セルフィアの目の前にイオルが現れた。


「どうして……ここに……?」


 呆然と流れる涙も拭えずにいるセルフィアの前に片膝をつき、イオルはふっと微笑んだ。


「その話は後だ。この家にいるあの女の子は、セルフィの友だちか?」

「う、うん! わたしのこと、助けてくれた」

「わかった。アーロンが時間を稼いでくれている間に、ここを離れるぞ」


 セルフィアの手を引き、イオルは階段を駆け下りる。玄関には、ミシャを抱き上げているアーロンがいた。彼は下りて来た二人を見て、軽く瞠目した後に優しく微笑む。


「無事だったか、セルフィア」

「アーロン、来てくれてありがとう」

「ああ。……さあ、行こうか」

「行くって、何処に?」


 四人の足元には、アーロンがした屈強な男たちが倒れている。気絶しているだけの彼らが目覚める前にと歩き出すアーロンとイオルに、セルフィアは尋ねた。

 するとイオルが振り向き、答えをくれる。


「一旦隣町に行こう。宿を取っているから、そこで互いの情報交換だ」

「わかった」


 どうしてセルフィアがここにいるとわかったのか、そもそも生きていると知っていたのは何故か。両親は無事なのか。気になることは多くあるが、セルフィアはまずイオルが手を握ったままでいることが気になって仕方がない。


(こんな時に思うことじゃないけど、手汗かいてない? 凄くドキドキする)


 思えば、誰かと手を繋ぐなどしばらくなかった。セルフィアはいつの間に大きくなったイオルの温かさに緊張しながら、素直に彼の後ろをついて行く。


(一体、この二人は何者……?)


 一方、ミシャは急展開の連続に思考が追い付いていなかった。セルフィアがわけありだということは何となく察していたが、思った以上に大事おおごとなのかもしれないと思い直す。

 自分を察そうと助けてくれた青年には礼は言ったが、正体までは聞けていない。どうやらあの暴漢たちの正体を知っているようだが、セルフィアが無条件で心を許していることも気になる。


(セルフィア、君は一体どんな人なの?)


 純粋に魔法に興味を持ってくれた初めての人。セルフィアのために何か出来るのならば、とミシャはセルフィアたちについて行った。


 アスバンダの隣町で、イオルとアーロンは宿を取っていた。そこは王族のお忍びによく使われる隠れ宿の一つで、警備が厳重だ。町外れということもあり、とても静かだった。


「セルフィア、落ち着いたか?」


 宿に着いてから、セルフィアとミシャは部屋で待つように言われた。イオルが宿の中を、アーロンが外を軽く見回り、ついでに飲み物や軽食を買って来たところだ。

 セルフィアはイオルから紅茶の入ったコップを受け取り、一口飲む。甘めのそれは、セルフィアに落ち着きを与えてくれた。


「うん、ありがとう」

「おう」


 にっと笑ったイオルは、セルフィアとミシャが座るソファの反対側に腰掛ける。アーロンも買って来た小さめのサンドイッチやチョコレートを開け、イオルの隣に座った。


「よかったら、食べて。甘いものも食べたら、ほっとするから」

「あ、ありがとうございます」


 アーロンに薦められ、ミシャは遠慮がちにチョコレートに手を伸ばした。それを見て、セルフィアも一粒口に入れる。じんわりと甘さが口の中に広がり、無意識に頬が緩んだ。

 場が和んだところで、セルフィアはハッと我に返った。


「そうだ。二人共、助けてくれてありがとう。でも、どうしてわたしがあそこにいるってわかったの?」


 そもそもの話だ。龍の儀に出たのはあの令嬢だということになっているのではないか、という疑問からある。セルフィアの問いに答えたのは、一転して険しい顔を見せたイオルだった。


「俺は、第二王子という立場上、あの儀式の場には行けなかった。兄上は参列していたが、はた目には入れ替わっているなど思いもしなかったと言っていた。そんな疑問に思う暇もなく、贄姫が崖下に落ちたのだから当然だろうけど」

「そう、だよね。わたしも帰るために覚悟をして臨んでいたから。ちゃんと儀式を成功させないと、お父さんやお母さんに何かあるかもって思っていたし」

「……あの、ちょっと話の腰を折っても良いですか?」


 おそるおそるといった様子で手を挙げたのは、セルフィアの隣に座っているミシャだ。きょとんとしたセルフィアたちに対し、困惑と驚愕を足して二で割ったような顔を向ける。


「話を聞いていると、その、イオルさんは第二王子? っていうことは、アーロンさんもその関係者ってことですか?」

「そういえば、名乗っただけになっていたな」


 申し訳ない。イオルとアーロンはミシャに向かって、改めてきちんと自己紹介をすることにした。


「俺は、イオル・シャルガータ。この国の第二王子という立場にある。セルフィとは、昔からの友だちなんだ」

「オレは、アーロン・エルファンナ。こいつ乳兄弟で、幼馴染。そして、側近として仕えてもいるんだ。よろしく、ミシャちゃん」

「あ……、ボクはミシャ。よろしくお願いします」

「王族だからってかしこまらなくて良いよ。俺は今、セルフィの友人としてここにいるから」


 イオルが王族だった。それはミシャには驚き以上の何ものでもなく、慌てて敬語で話そうとした。しかしそれをイオル自身から止められ、更に驚きながらも受け入れる。


「あ、はい。……いや、わかったよ、イオル」

「ありがとう」


 自己紹介が済み、話は元に戻る。

 どうしてセルフィアがここにいるとわかったのか。イオルは龍の儀の直後に自分のもとをスクードが尋ねて来たのだと明かした。


「城の鍛錬場にいた時、門番をしていた兵士に言われて驚いた。そして何より、スクードさんの話す内容に耳を疑ったんだ」


 怖かった。当時のことを思い出し、イオルは顔をしかめた。

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