第16話 話し合い

 門番は、城にパンを納めに来るスクードとは顔見知りだった。その顔見知りが切羽詰まった様子でイオルを訪ねて来たのだから、通さないわけがない。

 血相を変えて駆け込んで来たスクードと門番の兵士に、イオルはぎょっとした。


「何かあったんですか、スクードさん」

「あ、ああ。ようやく調べられたから、きみに聞いてほしくて来てしまった」


 申し訳ない。そう言うスクードに水を飲ませ、イオルは彼に訪問の理由を話すよう促した。


「……実は、セルフィアが何者かに誘拐されたんだ」

「誘拐!? いつの話ですか。俺も協力します」

「ありがとう。誘拐犯は、どう見ても貴族の令嬢でね。オレのような庶民では門前払いを食らうと思って、調べられることを調べて来たんだ」

「……貴族の令嬢?」


 嫌な予感がする。イオルはスクードから当時の状況を聞きながら、思い付いた名を口にした。


「スクードさん、もしかしてその誘拐犯はシャルガーダ卿の娘では?」

「そうなんだ。まさか、王族の血を引く由緒ある一族の令嬢がと驚いた。余計に庶民のオレでは太刀打ちなんて出来ない。……しかし、どうしてその名が出て来たんだい?」

「……嫌な予感が当たったみたいです。スクードさん、実は」


 イオルはスクードに、セルフィアに語ったのと同じ話をした。龍の儀で贄姫を担うはずの令嬢がそれを固辞していたことを。更に、彼女が一転して役割を全うすると報告してきたことも。


「あの時点で、おかしいと誰かが口にして入れば……。いや、今はそんなことを言っている暇はない。俺と一緒に、父に会いに行きましょう。父ならば、シャルガーダ卿を詰問することも出来る」

「あ、ああ、そうだな。何かあってはいけない。行こう」


 二人して国王に会うために王城の中を走っていた時、偶然にも龍の儀で贄姫が崖下に落ちたという話を耳にした。その正体がシャルガーダ卿の娘ではないと知っている二人は驚愕し、その話し合いが行われていた謁見の間に突入したのである。


「それから、俺はアーロンと共に捜索隊を率いて崖下に降りた。そこで、テンペストと名乗る……いや、タルタリア様に出会った。セルフィ、きみも会ったんだろ?」

「うん、会ったよ。あの人がいなかったら、わたしは死んでいたと思う。そうか。だから、わたしが生きてるってわかったんだね」


 タルタリアが繋いでくれたのだ。それを知って、セルフィアは改めて心からタルタリアに感謝した。


「オレは見張りのためだと言われて、一緒に崖下へは降りなかったんだ。一人の兵も連れて行かないから、心配したんだけど。……後になって考えれば、あの時一人で行かせて正解だったんだよな。おそらく兵は、お前を守るためにタルタリア様に刃を向けるだろうから」

「そう思う。……何より、セルフィの死を受け入れられる自信がなかったんだ」

「……そうだな。でも、彼女は生きて目の前にいる」

「ああ。生きていてくれて、本当にありがとな。セルフィ」

「は、恥ずかしいから真っ直ぐ見ないで……」


 二人の話を聞きながら、アーロンは頷いている。しかしミシャは、初めて聞く内容も多くて目を丸くした。


「あの……タルタリアって誰?」

「ミシャ、放置してすまない。タルタリアとは、五百年前に実在した王子だ。彼が王子だった時代に、この国は冬に閉ざされた」

「今は魔女の……シーリニアの魔法で龍に変えられてしまったんだけどね。王都知覚の崖下におられるよ」

「五百年前……王子……」


 ぽかーんと口を開けてしまったミシャに「そうだよね、びっくりするよね」と同意し、セルフィアは苦笑いを浮かべる。


「わたしも凄く驚いた。けど、同時に納得もしたんだ」

「納得? どういうこと?」

「この人が生きているってことは、魔女も何処かで生きているんだって。タルタリア様とシーリニアは両片想いだったみたいだし、冬が続く間は絶対に二人はいるよ」

「待て、両片想いってどういうことだ?」

「あぁ……えっとね」


 国史に記されたシーリニアの姿は、国にあだをなした悪人である。彼女の背景などに目を向ける者は少なく、あっても創作だと切り捨てられてきた。

 しかし、セルフィアがタルタリアから聞いたのは、その国史に描かれたシーリニア像がかなりの虚構を含んでいたという事実。勿論動かせない事実があるため、魔女本人にしか真実はわからない。


「……そんな話が」


 セルフィアから過去の事実を聞き、イオルは目を見張った。それはアーロンとミシャも同様で、言葉もないといった様子だ。


「じゃ、じゃあ、タルタリア様とシーリニアは本当はお互いに好きだったの? 歴史や伝説の中でシーリニアが一方的に好きだったんじゃなくて?」

「当時、二人には交流があったみたい。その中で、タルタリア様もシーリニアに惹かれていったんじゃないかな。詳しくは教えて下さらなかったけど」

「流石に、自分の恋心を他人に話すのは恥ずかしいよね」


 ミシャはうんうんと頷き、話の腰を折ったことを「ごめんなさい」と謝った。


「続き、聞きたいです」

「そうだな。何処まで話したっけ……。ああ、そうだ」


 イオルは気を取り直し、自分とアーロンの二人だけでセルフィアを捜すことにしたのだと言った。


「俺はそのまま発つつもりだったんだけど、アーロンに止められたんだ。兵たちを戻す必要もあるし、父親の許可を得ろってな」

「当然だろう? セルフィアが生きているとシャルガーダ卿たちに知られれば、彼女の命が危ないと思ったんだ。……どうやら相手は、何処かできみが生きていることを知ったようだけれどね」

「ああ。俺たちは一度王城に戻り、父に旅立つ許可をもらって出て来たんだよ」


 国王はイオルの話を聞くと、二つ返事で許可を出してくれたという。イオルがセルフィアを連れ戻す前に、こちらも取り調べを終えておくと言ったのはジオリアだ。


「兄上のことは、ハルミヤさんやオルフォードさんに任せれば良い。その後は、ほとんど勘と人伝ひとづての話をもとにして、セルフィアを捜していたんだ」

「そうだったんだ」


 自分をかどわかしたシャルガーダ卿とその娘。彼女らは一体何がしたかったのだろうか、とセルフィアは内心首を傾げていた。

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