第3章 古き隠れ家

山中の刺客

第17話 山登り

 互いの情報交換が済めば、次の行動をどうするかという話になる。セルフィアはシーリニアを探すために、彼女の故郷を訪ねたいと言った。


「タルタリア様が、何処を捜してもいなかったって言ってた。だったら、魔力で何処かに隠れているのかもしれない」

「隠れるとして、可能性が高いのは自分がよく知っている場所……つまり、生まれ故郷っていうことだな」


 一理あるな。イオルが頷き、彼が肯定してくれたことにセルフィアはホッとした。


「そういうこと。魔力で隠れているなら捜せるかはわからないけど……もしかしたら何の関係もないわたしたちなら迷い込んだり出来ないかなって」

「運次第ってことか。何だそれ」


 笑うイオルに、セルフィアは「運を引き寄せるんだよ」と真面目に言う。


「会いたいって思って願ってたら、通じるんじゃないかなって。……きっと、シーリニアもこのままで良いとは思ってないんじゃないかな。タルタリア様のことを好きだと思っているのなら、なおさら」

「ボクもセルフィアに賛成。王国中捜すのも手だけど、時間をかけてはいられないでしょ? その、タルタリア様が完全に龍化してしまったら、この国はなくなっちゃうかもしれない」

「わかった」


 ミシャがセルフィアに味方し、イオルも頷く。アーロンはもとから反対する気はなく、セルフィアたちはシーリニアの生まれ故郷へ向かうことにした。

 シーリニアの生まれ故郷は、アスバンダではない。この地でも長く暮らしたという記録はあるが、生まれてすぐは別の土地にいたという。


「確か……うん、ここだよ」


 宿に置かれていた地図を広げ、ミシャが一点を指差した。それは、アスバンダから一山超えた更に先にあるクォーツァルという土地だ。

 しかし、ミシャが指差した場所を見たアーロンが首をひねる。それに気付いたイオルが彼に尋ねた。


「どうかしたの、アーロン?」

「いや……この土地は、もう誰も住んでいない廃村じゃなかったかな? 確か、大昔は魔女や魔法使いを多く輩出するということで大事にされた土地だったはずだけど、いつしか廃れてしまったと聞いたことがある」

「その通りです! 今では地名が残るだけで何もない場所なんですけど、多くの魔女や魔法使いは先祖をたどればいつかここへ繋がるそうですよ」

「クォーツァル……。行ってみる価値は十分にありそうだね」


 しかも、誰もいない土地ならば、隠れ住むのにも丁度良い。セルフィアたちは目的地をクォーツァルに据え、買っておいた夕食を食べて休むことにした。

 話をしている間に、外は真っ暗になっている。セルフィアたちは男子と女子に分かれ、寝る支度を整えるとベッドに潜り込んだ。ベッドは二段ベッドが二つ、部屋の左右の端に据え付けられている。セルフィアとミシャが右奥、イオルとアーロンが左奥の二段ベッドを使う。


「おやすみ」

「おやすみー」

「おやすみ。明かり消すぞ」

「ああ、頼む。おやすみ」


 アーロンが部屋の明かりを消し、四人はすぐさま夢の世界へと旅立った。それぞれに疲労困憊で、睡眠を体が欲していたのだ。




 その翌日。チェックアウトを済ませた一行は、一路クォーツァルに向かうために町を出た。一応昨日の追手がいないかと注意しながら歩いていたが、少なくとも町の中では存在を確認出来なかった。


「クォーツァルは……この山の向こうか」


 セルフィアたちの前に立ちはだかったのは、巨大な山だ。幸いにも山道は整備されているが、気軽なハイキングコースとはわけが違う。

 鬱蒼とした山に気圧されながらも、四人は覚悟を決めて分け入った。


「落ち葉で道の様子がわからないな。みんな、注意して行けよ」

「はい、アーロンさん。……わわっ」

「言った傍から」


 足を滑らせたミシャを支え、アーロンは苦笑いする。立たせてもらったミシャは、顔を真赤にして「ありがとうございます」と頭を下げた。


「滑り落ちたらただじゃすまないから。昨日が雨でなくてよかったよ」

「本当ですね……」


 アーロンの言葉を受け、セルフィアは山道から下を見てぞっとした。数時間登って来たが、崖が幾つも折り重なっており、もしもを考えると血の気が引く。


「ミシャ、手を繋ごう」

「賛成」


 セルフィアとミシャは手を繋ぎ、イオルが先頭、アーロンが殿しんがりを務める。ここ最近は晴れた日が多く、空気も地面も乾いている。しかし落ち葉が敷き詰められたその下は、乾き切らずに湿っていることが多い。

 四人は黙々と山道を進み、やがて開けた場所に出た。木々もまばらで、倒れた木が数本ある。それらを椅子代わりにして、一時休憩を取ることにした。

 セルフィアは水筒を取り出し、一口飲んだ。見渡せば、町が小さく遠くに見える。近くは木々ばかりだ。


「随分と登って来たね」

「ここはまだ途中ではあるけどな。先はあるけど、確実に前に進んでいる」

「追手も来てないみたいだし……もう諦めたのかな?」


 だと良いな。ミシャがそう言って笑うと、セルフィアも「だと良いよね」と微苦笑を浮かべる。


「わたしを追うのは、自分がしたことを隠すためなんだと思う。人攫(ひとさら)いでしかも殺しかけたなんて、庶民でも大罪だから」

「それなんだが、セルフィ」

「何?」


 セルフィアが首をかしげると、イオルが疑問を投げかけた。


「お前、自分が誰に押されて崖から落ちたか見たか?」

「……」


 少し考えて、セルフィアは首を横に振る。自分が誰に突き落とされたのか、見ていない。

 イオルはセルフィアの仕草を見て、眉間にしわを寄せた。アーロンもまた、難しい顔をしている。


「やっぱりか」

「だね」

「やっぱりって?」

「見ていないんだよ」


 セルフィアの問いに、イオルが応じた。


「兄上始め、誰も犯人を見ていない。誰もが、と言っているんだ」


 イオルの言葉に、セルフィアは目を見開いた。

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