第12話 アジュール

 宿屋を辞し、セルフィアは夜を偶然見付けた小さな洞窟で過ごした。

 冬が続くシャルガータ王国には、盗賊がほとんどいない。雪に閉ざされ続ける山も氷の張りやすい海も、盗人にとって居心地の良い場所ではないのだろう。そのためか、治安が比較的良い国だった。

 薪を集めて原始的な方法で火を起こし、暖を取る。そうして眠ったセルフィアは、翌日何とか一つ目の目的地であるアジュールに到着した。


「着いた……!」


 アジュールは、ホリューステンの大図書館で紐解いた通りに魔法使いの里という別名があると町の入口に書かれていた。町おこしにも一役買っていて、毎年魔法使いや魔女をテーマとした祭りが催されるらしい。

 行事は楽しそうだが、今のセルフィアに必要なのはそれではない。


(シーリニアの手掛かりを見付けないと)


 セルフィアは町の中を歩きながら、手掛かりになりそうなものはないかとキョロキョロ見回る。しかし町並みを見ているだけでは、手に入れたいものを見付けられる気がしない。


「どうしようかな……?」


 まずは聞き込みから始めるべきか。セルフィアはこれからの行動を決めるため、公園のベンチに腰掛けた。そして宿屋の女将から譲り受けたリュックサックを開け、中に入れていたパンを取り出す。実は、自分用に幾つか持って来ていたのだ。

 パンはイチゴのジャムとバターを挟んだサンドイッチにした。五つあるうちの一つを手に取り、頬張る。父の作ったパンには遠く及ばないが、冷めても柔らかさを保ったおいしいパンに仕上がっていると自画自賛した。


「あとは、残しておこう。……さて、と」


 リュックサックを背負い、もう一度町の中を散策しようと思った直後のこと。セルフィアは公園の奥の方から、誰かの声が聞こえて来ることに気付いた。


(話し声? ううん、一人分しか聞こえない。独り言の多い人? それにしては、何か違う気がするんだけど……)


 まるで、何かに話しかけるような。それでいて命じているような。妙に気になってしまったセルフィアは、いつでも逃げられる心づもりをして足音を忍ばせる。

 公園は人通りが少なく、静かだ。ただその声だけが自分に呼びかけているような気がして、セルフィアはゆっくりと公園の奥へと足を踏み入れた。


「――……っ」


 ちょっとした林のようになった明るい草地にて、一人の少女がセルフィアに背を向ける形で熱心に呟いている。近付くにつれ、少女が何を言っているのか聞き取れるようになっていった。


「動け、木の葉。我が意のままに……ああ、また駄目!」


 後ろから見ると、少女は赤茶色の髪をツインテールにしている。服装はフリルのたくさん付いた、所謂ロリータ系のピンクと白を基調としたワンピース。バタバタと手を振って悔しさを表現する少女は、セルフィアが踏んだ落ち葉のカサッという音に不審感を感じて振り返った。


「あ……」

「えっと……」


 数秒間、二人は見つめ合った。

 セルフィアの前にいるのは、ツインテールの可愛らしい少女だ。年の頃はセルフィアよりも幾つか下だろうか。彼女のピンク色の大きな瞳が更に大きくなり、突然「きゃーっ」と叫んだ。


「えっちょっ!?」

「ど、どうしよどうしよう!? こんなとこ見られちゃうなんてーーー!」

「お、落ち着いてってば!」


 一人でぎゃんぎゃんと賑やかな少女を黙らせようと、セルフィアは慌てる。しかしあわあわしているだけでは相手を静めることなど出来ないと思い直し、内心「ごめんね」と言いながら手を伸ばした。


「むぐっ」

「ごめんね。でも、叫ばれると何もお話出来ないから……っ」

「むぐむぐ、むー」


 セルフィア手で口を塞がれた少女は、もう大丈夫だと示すようにセルフィアの腕をポンポンと叩く。セルフィアがそろそろと手を離すと、少女は大きく息を吸い、吐いた。


「死ぬかと思った……」

「ご、ごめんね」

「ボクこそ、叫んだりしてごめんなさい。驚いたよね」


 互いに謝り合い、ようやく二人の顔に笑顔が浮かんだ。

 少女は草地に腰を下ろすと、セルフィアのことも誘う。セルフィアが彼女の横に座ると、口を開いた。


「ボクはミシャ。貴女は?」

「わたしはセルフィア。……ねえ、ミシャは魔法が使えるの?」


 思わず身を乗り出し、セルフィアは尋ねた。するとミシャは一瞬顔を引きつらせ、ふいっと顔をそむけてしまう。


「ミシャ?」

「……ま、魔法なんて使ってない!」

「え? でもさっき」

「使ってない。う、うまく使えないんだ。それに、この町では魔力を持っているなんて御伽噺だって思われてるし、隠して……っ!?」

「わたしに言っちゃってよかった……のかな?」


 口を両手で覆うミシャに、セルフィアはフォローの意味を込めてそう尋ねた。

 どうやらミシャは、考えるよりも先に口が動いてしまうタイプらしい。今も「しまった」という顔をして、目を泳がせている。

 セルフィアはそれ以上ミシャが魔法を使えるか追及するのを止め、別のことを尋ねることにした。ちょっとかわいそうになったのだ。


「ミシャは、シーリニアっていう名前について知っていることはないかな?」

「……何故?」

「わたしは、王都から来たの。シーリニアのことを知りたくて」


 嘘は言っていない。シーリニアについての情報を集め、彼女の居場所を特定し、直接会ってタルタリアにかけられた呪いとこの国にふりかけられた呪いを解いてもらうことが本来の目的だが、最初に必要なのはシーリニアについての情報だった。

 幸い、ミシャはセルフィアの言葉を信じてくれたらしい。少し考えてから、ミシャはセルフィアの耳元に唇を近付けた。


「ボクがここで魔法の練習をしていたこと、誰にも言わないって約束してくれる?」

「勿論。誰にも言わない」

「……わかった。セルフィア、ボクについて来て」


 歩き出したミシャに従い、セルフィアはアジュールの町を出る。

 アジュールから、徒歩三十分程。歩いていると、遠くに小さな集落が見えて来た。山間のその集落の入口で、ミシャは立ち止まる。振り返り、セルフィアに「ようこそ」と言った。


「ここは、アスバンダ。魔力持ちの生き残りの村で……世紀の大魔法使い、シーリニアの故郷」

「シーリニアの、故郷……」

「そう。ボクの家に来て。見せたいものがある」


 ミシャに今度は手を引かれ、セルフィアはアスバンダの奥へと入って行った。

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