第19話 軽業師
――バキッ。
セルフィアたちの目の前で、木が数本倒された。その向こうで、「見晴らし良好!」と笑う男がいる。
「ようやく追い付いたぜ、なぁ兄弟」
「全く……。伯爵様も人使いが荒い」
「こんな汚れ仕事、請け負うのはオレらくらいっしょ」
ケラケラと笑ったのは、三人組の中でもチャラそうな男だ。彼の言葉に、寡黙な男がため息をつきながら頷く。
最初に喋ったリーダー格の男は、三十代前半に見える。それは全員に共通するが。彼は手にしていた斧を肩に担ぎ、ニヤっと
「ってことで、お前らには死んでもらうな?」
「シャルガーダ卿の手駒……『
「おっ。そっちの兄ちゃんは、俺たちのことをご存知で」
感嘆の声を上げる男を無視し、アーロンは隣に立つイオルに目線を向けた。
「知ってるか? 噂程度だが」
「嘘か真かの程度なら。『軽業師』は、シャルガーダ卿が裏で操る暗殺者集団で、今の伯爵がその地位を射止めるためにも使われたとか。先代、先々代と代替わりを繰り返しながら、シャルガーダ家に忠誠を誓う、血なまぐさい奴らだと」
「それ、噂じゃねーんだよなぁ」
チャラい男がケタケタと笑いながら、主従の会話に割り込む。
「オレらが噂の『軽業師』。シャルガーダ卿の御為に、先祖代々血に手を
「世間から見れば、褒められたものではないがな」
「つまり、仕事は完璧にやり通してきた! これまでも、そしてこれからもね」
喋りすぎてしまったな。リーダー格の男は微笑むと、重そうな鉄の斧を軽々と振るった。ブンッという空気を切る音が鳴る。
「さっさと済ませよう。御主人たちの行く手を邪魔する者は、何者であろうと斃すまで」
「……権力を振るうのは嫌いだが。俺が第二王子と知っての振る舞いか?」
「当然」
当たり前だろう、と男は嗤う。それを認め、イオルは「そうか」と頷いた。
「だったら、こちらも本気でいかせてもらう」
「伊達に毎日鍛錬してないからな」
「実践経験のなさそうな二人だが、お手並み拝見といこうか」
「ああ。お手柔らかに」
イオルが腰の鞘から抜いたのは、王族らしからぬシンプルな装飾の剣。飾りと言えば、石突部分に通された組紐くらいのものか。
その組紐に、セルフィアは見覚えがあった。
「それ……」
「お前が二本一組でくれた、その一本だ。心配しなくても、もう一本は部屋に仕舞ってある」
「ちなみに、オレのもだよ」
アーロンもまた、セルフィアの贈った組紐を身に着けていた。こちらは券の鞘にくくりつけられ、同じくもう一本は大事に仕舞われているという。
三人は身分を超えた幼馴染で、よく一緒に遊んだものだ。幼い頃、母親から習った組紐を六本作ったセルフィアは、そのうち四本を彼らにプレゼントしたのだった。イオルは黒と青、アーロンは黒と赤、そしてセルフィアは薄ピンクと白だ。
そんな幼い思い出が蘇り、セルフィアは微笑む。
「ありがとう、二人共」
「だから、大丈夫。守られてろ」
「そういうことだ……よっ!」
アーロンの言葉を待たず、先手必勝とばかりに斧を振るう男が襲いかかってきた。イオルはその場を躱し、アーロンが迎え撃つ。
ガキンッと重い金属音が響き、男が感嘆する。
「オレの斧を受け止める奴がいるなんてな」
「そりゃどうも」
「つれねぇなぁ。……でも、楽しくなりそうだぜ」
一旦距離を取り、男は再び駆けて来た。
アーロンも守ってばかりではない。上半身を屈めて素早く男の攻撃を躱すと、躊躇なく剣を叩きつける。
「そんなへなちょこ、当たるかよ!」
「くっ」
ぐるんと視線を巡らせた男は、斧を振るったその勢いのままで体をも回転させた。グオンッと空気を切った斧がアーロンの目の前に飛び出し、アーロンは反射的に身を引いた。
「アーロン!」
「イオル」
「危ないぞ、お前」
イオルが剣を振るうと、アーロンの背後を取ろうとしていた冷徹な男が小さく舌打ちをした。彼の手には細身の剣があり、それによってアーロンの体を貫く気でいたのだ。
男の狙いにいち早く気付いたイオルが今、彼の思惑を阻止した。それを知り、アーロンは気を引き締め直す。
(イオルは、オレにとって守りたい人だ)
そんな人に、盾となるべき人間が守られてはいけない。アーロンはクッと小さく笑うと体勢を立て直す。
「助かったよ、イオル」
「おう」
「やれやれ、連携されると厄介だな」
ため息をついた男に、イオルは鋭い眼光を向けた。
「お前たちの名を聞いておきたい。軽業師にも名くらいはあるだろう?」
「冥途の土産に持って行くのか? 私の名はランド」
「オレはブラッジール。んで、あっちはミランド」
「そ、ミランドってんだ。よろしく頼むぜ、お嬢さん方」
ミランドとは、チャラそうな雰囲気を持った男だ。彼は今、セルフィアとミシャに最も近いところにいた。
イオルからは数歩先のごく近い場所だ。イオルは考えるよりも先に、体をバネのように動かしていた。
「――おっと」
「ミランドと言ったな。彼女らには指一本触れさせない」
「怖い王子様だ」
フッフと笑ったミランドは、標的を変えることにしたらしい。横からアーロンが斬りかかってきたため、否応なしにといった風情だが。
アーロンに囮役を頼み、イオルは素早くセルフィアとミシャの安否を気遣った。
「無事か、二人共」
「うん」
「大丈夫!」
「よし」
目元を緩め、イオルはすぐさま二人から背を向けた。彼女らを守るためには、あまり離れて戦うことは出来ない。
(さあ、どう切り抜けるか)
三対二。数の上でも戦略的にも不利な状況だ。イオルはごくんと唾を飲み込み、手にした剣を握り直した。
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