第20話 植物に働きかける魔法

 セルフィアは、ミシャを抱き締めたまま戦況を見つめていた。軽業師のミランドから自分たちを守ってくれたイオルは、今アーロンと共に三人を相手に奮戦している。


(わたしは、ただ待つことしか出来ない)


 ちくり、と胸が痛む。ただパン屋の娘としてパン作りと接客の技術は磨いてきた。しかし、今必要なのは誰かを物理的に守るための力だ。

 セルフィアは、自分のパン作りが一度自分の身を守ったことを知らない。

 ぎゅっとミシャを抱き締めてしまい、ミシャが身じろぎする。


「ご、ごめん。痛かった?」

「ううん、大丈夫。……セルフィアは、悔しい?」

「え?」


 目を丸くするセルフィアに、ミシャは続ける。


「戦えないから、悔しいんじゃないかって思ったの。だって、ボクも悔しいから」

「ミシャ……」

「ボクは、魔女の家系なんだ。本当なら、ボクがみんなを守りたいのに。この力をうまく扱えたら……ずっと、二人を見ていてそう考えてた」


 ミシャの小さな手が、強く握り締められる。彼女の真剣な瞳に、セルフィアは「そうだよね」と共感した。


「守られるだけじゃ、嫌だ。でも、今出来るのは、二人が安心して戦えるように、わたしたちが怪我せずに待つことだから」

「……うん。だったら、ボクにも少しみんなを手伝えるかも」

「ミシャ?」


 どういうことか。セルフィアが尋ねるより早く、ミシャがセルフィアの手から離れ、手のひらで地面に触れた。目を閉じ、小さな声で何かを唱える。


「――っ」


 それは、古代の言葉だ。魔女や魔法使いが力を使う時、古代の言葉で呪文を唱える。そうすることでその身深くに眠った魔力を呼び覚ますのだ。

 唱え終わった直後、セルフィアの目の前でミシャが淡い緑色の光を発した。それは見間違いではなく、戦いに興じていたイオルたちや軽業師たちにも驚きを与えた。


「そっちの小さいのは、ジスターンと同じか!」

「ミシャ、何を……」


 皆に注目される中、ミシャは玉のような汗を額から地面に落とした。量の少ない魔力を最大限に使おうとしているため、体に負荷がかかっている。


(それでも、やり遂げる)


 ミシャは地面から生える植物たちに頼む。自分たちを覆い守る囲いになって欲しいと願った。


(ボクに植物を操る先祖の血が流れているのなら、力を貸して!)


 徐々に、ミシャから発していた光が地面へと広がる。神秘的な光景に目を奪われていたセルフィアは、地面の草木がざわざわとうごめいていることに気付いた。


「――ミシャ!」


 頑張って。セルフィアが言うと、苦しげにしていたミシャが顔を上げて微笑んだ。その瞬間、二人の周囲の植物が一気に沸き立つように茎や枝を伸ばした。

 声を上げる間もなく、セルフィアとミシャは植物の弦や枝、葉に覆われてしまう。ブラッジールが斧を振り上げ壊そうとするが、弾力のある植物は簡単にはその囲いを解かない。


「チッ」

「まさか、あの娘が魔女だとは」

「オレ、ジスターン苦手なんだよな……。腕力で解決出来ないじゃん」


 軽業師たちが好き勝手言う中、イオルとアーロンは同じことを考えた。ちらりと互いに目配せし、頷く。


「イオル」

「ああ。全力でやれってことだろ? これなら、あいつらに見せなくて済む」

「そういうことだな」


 突然現れた緑色の塊。それはセルフィアとミシャを敵の攻撃から遮断し、守ってくれる。ならば、イオルとアーロンのすべきことは一つしかない。

 剣を構え、二人は同時に地を蹴った。




 同じ頃、シャルガータ王国の王城にて。

 ジオリア・シャルガータが、執務室で眉間にしわを寄せながら書類に向き合っていた。そこへ、追加の書類と紅茶のパックを持った青年が入る。


「お忙しそうですね、殿下」

「……オルファード。追加の仕事か?」

「それと、一息入れるための茶葉を」


 今お茶を入れますね。そう言って、オルファードと呼ばれた青年は括った黒い長髪をなびかせて部屋の奥へと入って行った。

 オルファード・シャルガータは、ジオリアとイオルにとって従兄いとこにあたる。親戚の同年代の中で最も出来が良く、文武両道でその力は右に出る者なしといわれるような突出した能力の持ち主だ。

 しかし自ら表に出ることを嫌い、今はジオリアの側近として仕事をしている。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 ほかほかと湯気をくゆらせる紅茶の香りにつられ、ジオリアはカップを手に取った。そのまま一口飲むと、じんわりとあたたかな液体が喉を潤していく。


「はぁ、うまい」

「面倒な案件を抱えていますから、疲れたのでは?」

「そうだな。……あの伯爵の処遇をどうするか、もめにもめているんだ」


 ため息を呑み込み、ジオリアは紅茶を見つめた。


「ああ、あの」

「娘の罪状は明らかだが、彼女自ら手を下した覚えはないと言い張っている。確かに、あの場で誰も手を出していないにもかかわらず、セルフィアは落ちた。勝手に落ちたのだと言われても、そうではないと反論する材料がない」

「……しかし、彼女は贄姫役を他人にやらせたことは認めているんですか?」


 簡単には認めそうにないが。オルファードが指摘すると、ジオリアは「そうだ」と頷く。


「『どうしても外せない用事があり、セルフィアが厚意で一時的に代役を務めていた』と抜かす。残念ながら、こちらはそれを否定出来ない。手っ取り早いのは、セルフィアに証言させることだが」

「そのセルフィアくんは、行方知れず。イオル殿下がアーロンを通じて報告してきたところによると、生きているようですが」

「イオルもアーロンを引き連れて出てしまったからな。……あいつの力を信用していないわけではないが、追手がかけられているという噂もある。心配だな」


 一度決めたら絶対に覆さない弟は、ジオリアの意見を聞く前に旅立ってしまった。無事に生きてセルフィアと会えたのか、危険な目にあっていないかと不安になるのが兄というものだ。

 そんな一つ年上の従弟を見て、オルファードは肩を竦めて微笑む。


「行ってしまったものは仕方がありません。無事を祈りましょう。……私たちは、私たちに出来ることをしなければ」

「ああ、そうだな」


 オルファードに励まされ、ジオリアは再び書類の束に向き合った。

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