第21話 決着
植物の壁の外側で、激しい金属音が連続する。その絶え間ない中、セルフィアは魔力の大量消費で倒れてしまったミシャを抱き締めていた。
何度も気迫や呻き声が聞こえるが、外がどうなっているのかはわからない。覗こうにも、複雑に入り組んだ植物の蔓や蔦、枝はセルフィアの手を阻む。
まるで、絶対に見せないと決意しているかのように。
「イオル……アーロン……」
どうか、二人が大きな怪我をしませんように。祈ることしか出来ない自分を歯がゆく思いつつ、セルフィアは絶対にミシャを守るんだと意気込んでいた。
一方、その外側で。イオルとアーロンは得意の連携で、三人の刺客を徐々に追い込んでいた。
イオルの死角はアーロンが補完し、反対もまた
二人の耐久力に、軽業師たちも戦々恐々としていた。
「こいつら、戦い慣れてるのか!?」
「馬鹿な! ここ何十年も、王国は対外戦争を行なっていないはずだ」
「ってことは、鍛錬で? えげつなすぎない?」
わいわいと言い合いながら、軽業師たちは攻撃の手を緩めない。斧をフルスイングし、剣を叩きつけ、暗器を駆使して傷付けさせない。
イオルの二の腕をミランドの短剣が裂き、血が噴き出す。
「――っ」
「イオル!」
「俺は大丈夫。アーロン、前を見ろ!」
傷のすぐ下を掴み、イオルは警告を発する。アーロンは振り返っていては仕損じると判断し、腕を思い切り後ろへ動かした。
「グッ!? 何故……」
「殺気だけは感じた。間に合わないと思ったから突き刺した。それだけだ」
淡々とした口調のアーロンが振り返ると、そこには剣を持っていた手首を彼の剣で突き刺されたランドの姿があった。尻もちをつき、呆然と見つめる自身の手首からは、絶え間なく血が流れている。
「……ふん。なかなかやるな」
「そりゃどうも」
眼光鋭く、アーロンはランドを一瞥した。そしてすぐには襲って来ないと判断し、標的を変える。
イオルに振りかぶった斧の一撃を加えようとしていたブラッジールの背に飛び蹴りを食らわせ、よろめいた隙にイオルを抱き上げ救出する。アーロンは三人の刺客から距離を取ると、イオルをセルフィアたちが隠されているその傍に下ろした。
立ち上がろうとするイオルの肩を掴み、座らせる。
「イオル、一旦下がれ」
「嫌だ。お前一人に背負わせられない」
「我儘」
「なんとでも言え! ……でも、助けてくれてありがとう」
「ああ。これだけは巻いておけ」
微妙に素直ではないイオルの怪我をした腕に、アーロンは戦いの途中で切られて取れかかっていた袖の生地を破いて縛り付けた。未だ止まっていなかった血を止めるため、少し強めに。
イオルも顔をしかめたが、戦いの最中での応急処置に文句は言わない。
「ありが……」
「放置されちゃ困るんだよねー」
「――おっと」
飛んで来たものを躱すため、イオルとアーロンは即座に左右に分かれ跳んだ。着地後に見れば、二人がいた場所に長い針が二本突き刺さっている。
針を飛ばした張本人であるミランドは「チッ」と舌打ちをした。
「好機かと思ったんだけど」
「悪いが、そんなに反射神経は悪くない」
「そうみたいだね。こっちも手負いだし……どうする? リーダー」
ミランドに問いかけられたブラッジールは、短い髪をかき上げる。そして、片手で斧を持ち上げてため息をついた。
「……一度退く。時をかけ過ぎだ」
「了解」
リーダーの決定に、ミランドは異論なしだ。ブラッジールが横目でランドを一瞥すると、彼も無言で頷く。顔色が悪く、血が多く流れたらしい。
血を流していても、ランドの動きは迅速だった。ブラッジールが戦場から背を向けた瞬間、二人と共に一瞬で姿を消したのである。
飛び散った血が残る空き地に立ち、イオルとアーロンは呆気にとられた。
「――消えた」
「逃げ足速すぎだろ。戻っては来ないだろうから、二人共出ておいで」
息を吐き、アーロンの声色が普段の落ち着いたものへと戻る。外の様子が一切わからなかったセルフィアは、丁度目覚めたミシャに頼んで植物の作った空間から出た。
寝起きでふらつく自分を支えたセルフィアに、ミシャは頭を下げる。
「ごめん、セルフィア。ボク、寝ちゃってた?」
「大丈夫だよ、ミシャ。魔力たくさん使ったから、疲れたんだと思う。守ってくれてありがとう」
「ううっ……。まだまだ修行が必要だ」
「でも、お蔭で俺たちは戦うことに集中で来た。礼を言うよ」
イオルが微笑むと、アーロンも「ありがとう」と笑った。
三人に礼を言われ、ミシャは真っ赤になって俯く。セルフィアは彼女が機嫌を損ねたかと不安になったが、照れているだけだとわかると後ろからミシャを抱き締めた。
そして、ふとイオルを見て顔を青くする。
「イオル、その腕!」
「浅く斬られただけだ。血止めもしてるし、すぐ落ち着……」
「駄目だよ! アーロンも、傷見せて!」
「バレたか」
小さく肩を竦めたアーロンは、イオルほどの大怪我ではないが小さな切り傷や打撲をたくさん作っていた。腕や頬、足も服が切れたところから血がにじんでいるのが見える。それはイオルも同様だった。
「近くに川があるはず。さっき、せせらぎが聞こえたから。そこで傷を洗おう」
「川なら、近くに薬草も生えてるかも。ボクが採って来る」
「ありがとう、ミシャ!」
すっかり覚醒したミシャと共に、セルフィアはイオルとアーロンを川へと連れて行く。そして傷口を洗わせ、ミシャの指導の下で薬草を煎じた。
「これを傷口に塗って。痛むだろうから、周辺でも良いけど。出来るだけ、傷口の近くに」
「……わかった」
一応、救急セット一式は荷物の中に入っている。それを取り出そうとしたアーロンに、ミシャは「それは今後のために取っておいて」と頼んだ。
「これでも、植物を操る魔女の家系だから。そういう知識は人よりもあるよ」
「そこは信用してるよ、安心して」
「あ、そう」
アーロンとイオルは、素直にセルフィアから受け取った薬を塗り込む。即効性はないが、ゆっくりと傷を治す手伝いをしてくれる。
血が止まってほっとしたイオルは、包帯代わりにしていたアーロンの袖の生地を外そうとしてセルフィアに止められた。
「本当はまっさらな包帯があれば良いけど」
「もう血は止まってる。大丈夫だ」
「うん……」
セルフィアは、イオルの手から受け取った包帯代わりの生地を川の水で洗った。きっちり絞り、近くの木の枝にかける。
それを眺めていたイオルが、傍にあった岩に腰掛けた。
「今日は、ここで夜を明かそう。明日、クォーツァルに向かうんだ」
「もう夕暮れだ。それが良いね」
アーロンの言う通り、西の空が赤く染まっている。夜の山登りは危険なため、セルフィアたちはその場に留まる選択をした。
幸い、イオルとアーロンが野営に慣れていたため、セルフィアは旅の中で初めて真面な食事にありつくことが出来た。簡素ながらおいしい食事に感動して、四人で身を寄せ合って眠る。
(こんな時に思うことじゃないけど……、三人がいてくれて本当によかった)
不安を和らげる人の温かさを感じながら、セルフィアはゆっくりと眠りの中へと
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