第39話 事後処理のあれこれ

「……途方もないな」


 セルフィアたちの話はどうしても長くなり、いつの間にか数時間が経過していた。二杯目の紅茶を飲み干し、ジオリアは息をつく。


「タルタリアという王子のことは、父から聞いたことがある。シーリニアがこの国に呪いをかけた当時、廃嫡されて歴史から姿を消したとしか聞いていなかった。……もしかしたら、今後王位を継ぐ者が伝え聞くのかもしれないが」

「そうだと思います、兄上。俺も何処かで聞いた覚えがある程度でしたから」


 イオルの言葉に頷き、ジオリアは「それで」とセルフィアを正面から見た。


「シーリニアとタルタリアの間に、恋愛感情があったとはね。いや、伝説では語られていたが、それが一方的なものではなかったということに驚きだ」

「……タルタリア様は、ずっと、龍の姿になってからも、シーリニアを捜していたそうです。ですがシーリニアが魔法で閉じこもり隠れていたために、見付けることは叶いませんでした」

「そして今になって、呪いが暴走する前に解呪出来たというわけか……。私も会ってみたかったな、彼に」


 一体、どんな気持ちで五百年という途方もない時間をたった一人で過ごしてきたのだろうか。セルフィアたちの話によれば、それは孤独なばかりではなかったらしいが、それでも自分には出来ないとジオリアは思う。


(まあ、恋も知らない私の考えが及ぶ領域ではないがな)


 そういう意味では、おそらくジオリアよりもイオルの方がタルタリアに感性が近い。視界に横並びのイオルとセルフィアを捉えながら、ジオリアは目を細めた。


「何にせよ、この国は永遠の冬から解放されたということだ。……これから、今まで考えもつかなかったことが色々と起こるだろうな。気を引き締めなければ」

「お手伝い致しますよ、殿下」

「俺もです、兄上。な、アーロン」

「当然です」


 次々に先を争うように協力を申し出る弟や側近たちに苦笑してみせ、ジオリアは「ありがとう」と礼を伝えた。


「これからしばらく、忙しいと思う。迷惑をかけるだろうが、頼りにしているぞ」

「はい」


 威勢の良いイオルたちの返事を嬉しく思うジオリアは、それはそうとと話柄を変える。セルフィアを自宅に帰すために、早急にしてしまわなければならないことがある。


「話は変わるが……。セルフィアたちに、ベシード・シャルガーダとファーナ嬢の処遇についてきちんと説明しておきたい」


 そう前置きして、ジオリアはシャルガーダ家の今後についてセルフィアたちに教えてくれた。


「当主ベシード・シャルガーダは爵位剥奪と隠居、そして監視をつける。子は娘のファーナ嬢一人だから、事実上の取り潰しだな。そしてファーナ嬢には、修道院で精神を叩き直してもらう。……人一人誘拐して殺しかけたんだ。国外追放も視野に入れたが、他国で罪を犯されても迷惑だからな。どちらにも監視をつけることは決まっている。近日中に、手配は終わる」

「……これで、シャルガータ王国の一つの家系が消えるのですね」

「しかも、王家ゆかりのな。あの人も、奥方を亡くす前までは王権の奪取など考えていなかっただろうに」


 ベシード・シャルガーダの妻は、数年前に風邪をひいたことをきっかけに重篤な病気を発症して亡くなった。それからだ、とジオリアは眉を寄せる。


「考えたところで、彼の抱えるもの全てを知ることは不可能だ。それでも、こういう結果になることは避けて欲しかったな」

「殿下……」

「ジスターンの一族にも、シャルガーダ家を離れろと伝える。軽業師たちは既に離れているようだが、今後も注意しておくべきだろうな」

「彼らは、先祖代々の殺しの技術を持っています。今後、国の脅威にならないと良いのですが……」


 ブラッジールたちは、昨晩以降姿を見せていない。このまま再び敵対することなく時が過ぎれば良いな、とセルフィアは思わずにはいられなかった。

 そんなセルフィアのきつく握り締められた手の上に、横から手が重なる。セルフィアが顔を上げると、イオルが真剣な顔で彼女を見つめていた。


「イオル……?」

「何があっても、セルフィは俺が守る。だから、そんな顔をしないでくれ」

「……ありがと」

「――ああ」


 二人の間に花が飛ぶ。実際に飛んでいるわけではないが、彼女らを見守る周囲はそんな二人の空気に優しいまなざしを向けた。

 とはいえ、ずっとそれを見守るわけにはいかない。こほん、とジオリアが咳払いをしてみる。すると我に返ったセルフィアとイオルが、秒速で互いの手をから距離を置いた。


「ふふ。まあ、そんなわけだ。セルフィア」

「は、はい」

「午後には馬車を出す。家に帰って、ご両親を安心させてあげなさい」

「……ありがとうございます」


 セルフィアはほっとして、それから「あ」と声を上げる。何事かと思った友人たちに見つめられ、セルフィアは顔を赤くした。


「あの、ミシャは……」

「ミシャも、帰りたいのであれば馬車で送ろう。どうする?」

「ボ、ボクは……」


 何かをもごもごと口の中で言っていたミシャだったが、意を決して口を大きく開けて声を出す。


「も、もしもなんですけど! ジオリア殿下、魔女はご入用じゃないですか!?」

「必要かということかな? 冬の時代が終わったというのなら、そろそろ従来の考え方は変えていくべきだと考えているから」


 もしもきみが良いのなら。ジオリアはちらりとイオルたちを見てから、ミシャに笑いかけた。


「私に、魔法のことを教えて欲しい。何せ、そちらの方面のことは無知だから。……シーリニアについても誤解なく、知りたい。これからのシャルガータ王国のためにも、私から頼もう」

「――ありがとうございます!」

「よかったね、ミシャ」


 これで、ミシャとも遠く離れないで済む。会おうと思えばすぐに会えるし、ミシャ自身も一人で寂しくはなくなる。

 ミシャは王城に暮らしながら、魔女としてジオリアに仕えることが決まった。アーロンは変わらずイオルの側近を務め、イオルも第二王子としてこれまで通りにジオリアを助けていくことになる。


「じゃあ、一旦バイバイだね」


 昼食後、セルフィアは家に帰ることになった。しばらくは軽業師やジスターン家を警戒するためにイオルやアーロンが彼女のもとを訪れることに決まっている。

 それでも一般庶民のセルフィアは、気軽に王城に遊びに行くことが出来るわけではない。立場や役割が変わらない限り。


「――セルフィ」

「どうしたの、イオル?」


 馬車に乗る直前、セルフィアはイオルに呼び止められた。振り返って首を傾げると、彼は顔を赤くしてわずかに俯いていた。


「イオ……」

「しばらく、忙しくなると思う。けど」


 顔を上げ、イオルはセルフィアを正面から見つめた。セルフィアの方が恥ずかしくなって目を逸らすくらいには、真剣な顔をして。


「お前に言いたいことがあるから。――待ってて」

「わ……かった。待ってる」

「ああ」

「――っ」


 不意にイオルに微笑まれ、セルフィアの心臓が大きく跳ねる。自分の気持ちを自覚してからしばらく経つが、セルフィアは立場を理由にして胸の奥にそれを仕舞ったままにしていた。その仕舞っていたものが溢れそうになり、セルフィアは慌てて馬車に乗り込む。


「み、ミシャのことよろしくね!」

「ああ。スクードさんとアルナさんに宜しく」

「うん!」


 馬車が動き出し、セルフィアは窓から身を乗り出して見送ってくれるイオルに手を振った。振り返してくれるイオルの姿が見えなくなって、セルフィアはようやく柔らかな椅子に体を預けた。


(顔、熱い……)


 頬に手を当て胸のドキドキをどうにか抑えながら、セルフィアは馬車に揺られて自宅を目指した。

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