第38話 朝食は少し豪華に

 暖かな陽射しが瞼をくすぐり、セルフィアはぼんやりと目を覚ました。覚醒しきらない頭で、ここは何処だと考える。


(昨日の夜、お城に着いて……。そうだ、シャルガーダ卿に襲われて、ジオリア殿下が……)


 そこまで考えて、ようやくここは王城の一部屋だと思い至る。何かが腕にぶつかり、何かと見れば隣で寝ていたミシャが寝返りを打ったらしい。

 ミシャを起こさないようにそっと起き上がると、陽の光がカーテンの隙間から入って来ていた。


「朝だ。……ん、眩しい」


 シャーッとカーテンを引けば、陽の光がダイレクトに目に入る。否応なく目が覚めて、セルフィアは伸びをした。

 その時、後から「セルフィア?」という寝ぼけた声が聞こえる。セルフィアが振り向けば、目をこするミシャがこちらを見ていた。


「おはよ、ミシャ」

「おはよう……。眩しいね、朝?」

「朝だよ。ゆっくり準備しようか」

「うん〜……。そっか、ジオリア殿下とお話するんだもんね」

「そういうこと」


 起き出したミシャと共に、朝の支度を整えていく。そういえば、朝食はどうすべきなのか。セルフィアが思い当たった時、部屋のドアがトントンと叩かれた。聞こえて来たのは、落ち着いた大人の女性の声だ。


「セルフィア様、ミシャ様。起きておられますか?」

「はい! どうぞ」

「失礼致します」


 ドアが開き、セルフィアたちより少し年上に見える女性が綺麗なお辞儀をした。


「お食事の支度が整っております。ジオリア殿下が一緒にとおっしゃっいましたので、宜しければこのままご案内致しますが……」

「お願いします! ただ少し待っていて下さい」

「では、廊下におります。ご支度整い次第、お声掛け下さい」

「はい」


 夜の内に、幾つか支度はしてあった。ジオリアに用意してもらった新しい服に袖を通し、セルフィアとミシャは侍女に声をかけて食堂へ向かう。


「広い……」


 キョロキョロと見回すミシャに対し、セルフィアは緊張の面持ちだった。王城へは父の配達の手伝いで何度も来たことがあるが、ジオリアと食事を共にしたことはない。

 やがて案内してくれた侍女が、開いていたドアの手前で立ち止まった。


「こちらが、食堂です。……殿下、お連れ致しました」

「ありがとう。二人共、入ってくれ」

「は、はいっ」

「お邪魔しま…す」


 流石のミシャも、王子の前へ出るということで戸惑ったらしい。セルフィアの背中に隠れながら、そっと中を覗き見る。

 セルフィアは若干ミシャに押されながら、そっと食堂に入った。

 食堂は二十人は向かい合って座れるであろう大きさのテーブルが二台並び、四隅には控えめながらも細かい装飾の施された照明が置かれている。奥のテーブルに座っていた二人が立ち上がり、セルフィアとミシャを手招きした。


「セルフィア、ミシャ。二人共座って」

「堅苦しく思わなくて良いぞ。なんていうか……普段通りで良い。俺も兄上もそれを望んでるから」


 かっちりとした王子らしい礼服に身を包んだジオリアとイオルの兄弟は、対象的な表情で客人を迎えた。ジオリアは穏やかに微笑み、イオルは照れくさそうに視線をわずかに外す。

 イオルは普段から、王子らしい服装を好まない。しかし折角なのだから、とジオリアに押し切られたのだ。


(え……。イオル、凄く似合ってるし、かっこいい)


 そんなことがあったとは知らず、セルフィアは思いがけず初めて見たイオルの王子然とした姿に見惚れた。

 ぼんやりと頬を染めていたセルフィアは、ツンツンとミシャに背中をつつかれて我に返る。別の意味で赤面し、あわあわと頭を下げた。


「あの……お誘い頂いてありがとうございますっ」

「うん。イオルの言う通り、あまり畏まらないでっていうのも難しいかな? 一先ず座って。お腹空いたでしょ?」

「空きました!」


 元気に手を挙げたミシャのお腹が同時に鳴って、四人は顔を見合わせクスクスと笑った。そのお蔭で少し空気が和らぎ、四人は向かい合って食事を始める。

 他愛も無い話をしながら、セルフィアはふと気になったことを口にした。


「……そういえば、アーロンは?」

「もうすぐ来る。あいつ、城だとオルファードと朝練してからじゃないと飯食わないからな」

「お、楽しそうだな」

「遅くなりました、皆さん」


 現れたアーロンとオルファードを加え、パンやサラダ、ソーセージ、そしてフルーツなどが皿からなくなっていく。パンを一口食べたセルフィアは、その食感と味に懐かしさを覚えてハッと顔を上げた。


「あの、これ……!」

「今朝早く、使いを『雪原の小鳥』に行かせたんだ。娘さんは無事です。起こっている事が解決したら、すぐにお戻ししますと伝えるためにね」


 その時、大喜びしたご主人に貰ったんだ。ジオリアは微笑み、美味しそうに柔らかなパンを口に運ぶ。


「実は、よく城を出てお店に行く弟がずっと羨ましかったんだ。……時々、私もお邪魔してもいいかい?」

「勿論です! お待ちしていますね」


 満面の笑みを浮かべたセルフィアは、ジオリアが両親に気を回してくれたことに心から感謝した。そして、早く会いたくなった。


「――ご馳走様でした」


 やがて食事は終わり、侍女たちが片付けてくれる。思わず手伝いを申し出そうになったセルフィアに、ジオリアはもう一度座るよう促した。


「お茶を入れてもらおう。それで、きみたちの経験したことを教えて欲しい。この国に、今何が起きているのか。私は知って、進むべき道を示さなければならないから」

「はい、兄上。セルフィア、俺たちも補足する。だから、頼めるか?」

「わかった。……じゃあ、わたしが谷に落ちた後のことから」


 オルファードの入れた紅茶は、柔らかな湯気を立てて仄かに甘い香りがする。セルフィアは仲間たちの助けを借りながら、旅での出来事を一つずつ語った。

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