第37話 戦いの終わり

 シャルガーダ卿に聞こえていた足音は、勿論セルフィアたちにも届いている。遠くから幾つものオレンジ色の明かりが近付いて来るのが見え、イオルが声を上げた。


「兄上!」

「ジ、ジオリア殿下!?」

「久しいな、お前たち。そして何故お逃げになろうとする、シャルガーダ卿?」


 呼吸を乱すことなく立ち止まったジオリアを前にして、シャルガーダ卿の顔は白くなりつつあった。まさか、と彼の口が動く。


「まさか、城の外の……」

「貴方の兵士たちのことか、シャルガーダ卿。ここに来る前に、オルファードに頼んで一掃させた。『シャルガーダ卿は既にジオリアに屈し、罪を受け入れた』と信じさせたが故に」


 シャルガーダ卿の敗北を信じた兵士たちは、バラバラと投降したり逃げ出したりした。オルファードに逃げる者を追うなと命じていたジオリアは、そろそろオルファードも合流する頃だとシャルガーダ卿を煽る。


「貴方のことだからご存知だと思うが、オルファードはこの王城で最も強い部類の戦士でもある。容赦などしないが、如何する?」

「わ、私はお前になど、屈せん! 真の王家は我々だ!」


 わめくシャルガーダ卿は、イオルに足止めされているウェンドにその血走った眼光を向けた。


「何をしている、ジスターン! さっさとこの一帯を焼き払ってしまえ」

「――承知」


 ウェンドは首筋に剣を突き付けられているにもかかわらず、それを気にせず魔法で姿を消した。イオルが逃がすまいと剣を一閃するが、捉えることは叶わない。


「何処に行った」

「ボクが!」


 イオルの前に出たミシャが、魔法を解放する。すると先程彼女を助けたイチョウたちが大きく枝を伸ばし、誰もいない空間の何かを枝で作った檻の中に閉じ込めた。人一人が入るその卵型の檻の中、景色が揺らめく。


「――っ、逃れられない!?」

「炎でお城を燃やすなんて、絶対駄目。だから、燃えないイチョウに止めてもらった」


 真剣な顔で言うミシャに、誰も突っ込めない。燃えないのではなく、燃えにくいのだということを。

 しかし、それと魔女であるウェンドが透明になっても逃げられないことは繋がらない。ウェンドは舌打ちすると、風の刃を創り出して檻を破ろうとした。

 刃は確かに枝を切るが、その上から新たな枝が伸びてくるために脱出経路は永遠に生まれない。正しくはミシャの魔力が尽きればこのいたちごっこは終わるが、ウェンドはそこまで続ける気はなかった。

 はぁ、と息を吐く。


「主、ここまでのようです」

「お前まで何を言っている! 私は、こんなところで……」

「そうはさせない。ミシャ!」

「はいっ」


 踵を返して逃げ出そうとしたシャルガーダ卿の片足を、草の輪が引っ掛ける。イオルの指示を受けたミシャが草に頼み、罠を張ったのだ。

 うつ伏せに倒れ込んだシャルガーダ卿上に、人影が差す。痛みに耐えながら顔を上げたシャルガーダ卿を見下ろし、イオルとジオリアは最後通牒を突き付けた。


「観念しろ、シャルガーダ卿」

「貴方への沙汰は、昼間にお伝えした通りです。これ以上蛮行を加えるというのなら……お前の命を貰わなければいけなくなる。愛する娘と今後一切会えなくても良いのか?」


 声色を変えたジオリアの問いに、シャルガーダ卿の顔色は真っ青だ。


「殿下」

「遅いぞ、オルファード。後を頼む」

「心得ました」


 その時、丁度オルファードが十数人の兵士を連れてやって来た。彼にシャルガーダ卿とウェンドを任せ、ジオリアは軽く息をつく。


「全く、帰宅早々派手にやってくれたな。お帰り、イオル」

「助けて頂き、ありがとうございます。兄上、ただいま戻りました」


 親しき中にも礼儀ありとばかりに、イオルは兄に向かって腰を折る。そんな弟の無事な姿にほっとしたジオリアは、柔らかく微笑んだ。


「ああ、無事で何よりだ。アーロン、セルフィアも。セルフィア、儀式の時に助けられず、本当に申し訳ない」

「そんなっ。顔を上げて下さい、殿下!」


 丁寧に頭を下げるジオリアに、セルフィアは大慌てだ。ジオリアは悪くないと言い切ったセルフィアは、「確かに死んだと思いましたが」と肩を竦めて笑う。


「タルタリア様に助けて頂きましたし、ミシャと友だちになれて、イオルとアーロンが捜しに来てくれました。そして、この国の永遠の冬も終わらせることが出来ましたから」

「……冬を終わらせた? それはどういうことだ? もしや、この夜の温かさも関係があるのか? それに、もしやタルタリアというのは……」


 身を乗り出したジオリアは、セルフィアを質問攻めにする。どうやら彼はまだ、シャルガータ王国にかけられた永遠の冬の呪いが解かれたことを知らない。

 セルフィアは、この場で全ての問いに答えられるか不安になった。しかしこの国の第一王子であるジオリアには報告すべきだと思っていたため、頷く。


「はい、殿下。きちんとお話します」

「その前に、一旦セルフィたちを休ませたい。話は朝になってからだ。良いだろう、兄上?」

「イオル……」


 後ろに肩を引かれ、バランスを崩したセルフィアの体を支えたのはイオルだ。

 顔を赤らめるセルフィアと彼女の肩を抱くイオルを交互に見て、ジオリアは「成程ね」と内心納得した。


「わかった。朝と言わず、眠りたいだけ眠りなさい。部屋は早急に用意しよう」

「ありがとうございます、兄上」

「あ、ありがとうございます」

「任せなさい。イオル、アーロン、二人と一緒に少し待っていてくれるか?」

「はい」

「承知しました」


 行こう。そう言って、イオルとアーロンがセルフィアとミシャを先導する。二人がやって来たのは、アーロンが使っている王城内の一室だ。男一人の部屋としては広く、持て余すのだとアーロンは笑う。


「すぐにジオリア様が部屋を用意して下さる。それまで、申し訳ないがオレの部屋で我慢してくれ」

「ううん、ありがとう」

「ありがとう!」


 それから十分もしないうちに、ジオリアの使者だという役人の女性がセルフィアとミシャを迎えに来た。一旦イオルとアーロンと別れた二人は、用意された部屋で支度を整えてすぐに眠ってしまった。





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