断罪の時

第36話 二つの絶望

 セルフィアの叫びもむなしく、炎は勢いよく燃え盛る。それを眺め、ウェンドは満足げに嗤った。


「良いね、良く燃える。草は炎の中じゃ、生きていけないから」

「噓でしょ、ミシャ……」


 ウェンドとは反対に、セルフィアは目の前が真っ暗になった気がした。短い時間ではあったが、友だちとして仲間として共に過ごした大切な人が燃えている。その事実に現実感がなさ過ぎて、何故夢ではないのかと頭を抱えたくなる。


「ミシャ……」

「諦めなよ。あんたのトモダチは、もう生きてはいない。その絶望に染まって、死んじゃいなよ」

「貴様ッ」


 シャルガーダ卿に従っていた最後の兵士を倒したイオルが、勢いそのままにウェンドに襲い掛かる。しかし彼女は一瞬で姿を消し、気配も消してイオルの剣を躱した。


「消えた……。こうやってセルフィの時も」

「イオル、後ろだ!」

「――!」


 アーロンの声を聞かなければ、次の犠牲者は自分だったかもしれない。イオルは飛んで来た火の玉を跳んで躱し、ブーメランのようにこちらに曲がって来たそれを力いっぱい叩き斬った。

 その時、火の玉が散ってイオルの腕や指を焼く。


「っ!」

「無茶するな、バカ」

「それはお前もだ、アーロン」


 その時、アーロンはシャルガーダ卿に迫っていた。もう一人のジスターンの魔法使いに邪魔されながら、徐々に追い詰めていく。

 こちらの魔法使いはウェンドほどの腕はないらしく、風の刃で応戦するがほとんどアーロンに斬り裂かれていた。


「このっ!」

「――っ。そこをどけ!」


 シュンッと音がして、風の刃がアーロンの太ももを斬る。深傷を負いながらも、アーロンは果敢に前へと出た。

 後もう少しで、シャルガーダ卿に刃が届く。


「ミシャを助けなきゃ」

「待て、セルフィ!」

「離してッ」


 一方、イオルは敵を牽制しつつセルフィアの腕を掴んでいた。ボロボロと涙を流すセルフィアは、見るべきものが見えていない。


「目を見開いて、ちゃんと見ろ!」

「だって……え?」


 セルフィアは涙を拭い、もう一度それを凝視する。バチバチと燃えていたはずの炎の中がざわめき、突如木の枝がたくさん伸び始めた。火の粉を振り払い、徐々にその勢いを凌駕していく。

 セルフィアだけでなく、ウェンドも眼を見張る。


「な、何で!?」

「木が……」

「――ケホッ。イチョウの木が、助けてくれた。ケホッ。他の木よりも少し燃えにくい、イチョウが」

「……ミシャ!」


 イチョウの木々が炎を押さえつけ、鎮火する。その煙にまかれながら、ミシャが転がるように出た。

 セルフィアが駆け寄ると、ミシャは彼女の手を借りて上半身を上げる。そして、ニッと笑った。


「セルフィア、ただいま」

「おかえり、ミシャ。……凄く心配したんだよ?」

「わわっ! ごめんね、ありがとう」


 セルフィアに抱きつかれ、ミシャは驚き困惑する。しかしすぐに涙を浮かべ、咳き込みながら笑顔で彼女を抱き締め返した。

 しかし、ミシャの生還を喜ぶ者ばかりではない。


「はぁ? 嘘でしょ? 悪運強過ぎ」


 ウェンドの体はわなわなと震え、怒りが抑えられない。そんな彼女を覆うのは、真っ黒な魔力の揺らぎ。自分の魔法は決して負けない、そんな自負があった。

 またシャルガーダも、驚きを隠せないでいた。


「ジスターンの魔法が破られただと!? まさか、そんなことが……」

「世の中、絶対なんてないんだよ。あんたも、隠居してその厚顔無恥をどうにかしたら良い」

「何を……くっ!」


 シャルガーダ卿の頬を、アーロンの刃がかすめる。間一髪で深傷を避けたシャルガーダ卿は、自分を傷付けたアーロンを睨み据えた。


「貴様……ただじゃおかんぞ!」

「それはこっちのセリフだ。で、もう手駒はいないだろう?」

「は……?」


 シャルガーダ卿は、自分の周りを見回して目を見開いた。十人以上いたはずの彼の精鋭は、全てたった三人に倒されている。

 しかしシャルガーダ卿は、クックッと余裕の笑みを浮かべた。


「残念だが、我が兵はこれで終わりではない! 王城を何百という兵士に囲ませている。あいつらは、我が合図でいつでも雪崩込んで来る」


 そう言い放つと、シャルガーダ卿は首に下げていた笛を手にとって吹き鳴らす。ピィィィッという甲高い音は空気をつんざき、王城の目を覚まさせるには充分だった。

 笛の音が五月蠅く耳を手で塞いでいたイオルは、不用意に動こうとしたウェンドに剣の先を突き付ける。そして、声だけをシャルガーダ卿へ向けた。


「良いのか? 城にいる者たちがここへお仕掛けて来るぞ。兄上も含めて」

「それは好都合。一網打尽に出来れば、我らの勝利も……? な、何故だ! 何故誰も来ぬ!?」


 シャルガーダ卿の余裕は、今や揺れていた。何度増えを鳴らしても、誰一人として己の元へとやって来ないのだから当然だろう。

 顔を青くする壮年の男に、アーロンはため息をついた。


「シャルガーダ卿、こうは考えなかったのか? それだけの人数を城の周りに集め、王城が何もしないわけがないと」

「王城はこの国の要だ。しかし私は、防衛機能を把握している! その上で、我が部隊がいれば何の問題もない」

「……軽業師なら、あそこで高みの見物を決め込んでいるぞ」

「そういうことだね!」


 カラリと笑ったのは、確かに軽業師のミランドだ。彼の傍には、ランドとブラッジールもいる。三人は中庭が見渡せる屋根の上で、文字通り高みの見物をしていた。

 自分たちを殺そうと動いていたはずの軽業師たちが、戦いをただ見ている。彼らの思惑がわからず、セルフィアたちは顔を見合わせた。

 しかし、シャルガーダ卿は違う。顔を真っ赤にして、三人に怒鳴り散らした。


「お前たち、何故そんなところにいる! さっさと下りて来て、こいつらを殺さないか! お前らの親は、相当な手練れだったぞ!」

「だってさ、ブラッジール?」


 どうする。ミランドに問われ、ブラッジールは肩に担いでいた斧を軽く一回転させてから地上を見下ろした。そして、冴え冴えとした声で言う。


「止めとくよ、シャルガーダ卿。あんたのところで生業を続けるのは、もう終わりだ」

「私も、そしてミランドもお前のもとを去ることに決めた。今宵はその挨拶だ」

「何を、何を言っている……?」


 茫然と立ち尽くすシャルガーダ卿の耳に、幾つもの足音が聞こえた。

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