第8話 賭け
タルタリアがテンペストであり続けた時、王国は滅亡するかもしれない。セルフィアはその可能性に焦りを覚え、どうするべきかと思案を巡らせた。
(わたしはただのパン屋の娘で、魔力なんてない。一度戻ってイオルに相談……駄目だ、わたしを拐った人に見付かったら、どうなるかわからない)
最悪の場合、殺されることもあり得る。自分が生きている限り、彼女の
既に王城にてシャルガーダ令嬢の罪が暴かれつつあるとは知らず、セルフィアはそう考えた。つまり、家に戻ることも王城に行くことも危険が伴う。
(……だったら、賭けに出るしかない?)
その選択が最善のような気がした。危険なことに変わりはなく、いつ終わるかの保証もない。追手から逃げなければならない可能性も否定出来ない。それでも、とセルフィアは顔を上げた。
目の前には、不安そうにセルフィアを見つめるタルタリアの姿がある。
「あ……」
「どうした? 何処か痛いのか……? 怪我させずに助けられたかと思ったんだけれど」
おろおろと視線を彷徨わせるタルタリアを見て、セルフィアはふっと肩の力が抜けた。そうだ、自分は彼に命を救われた。
(理由なんて、単純でいいや)
「あの……セルフィア?」
「タルタリア様、わたしが魔女を捜し出して呪いを解いてもらってきます」
「……な、何を言っているんだ?」
動揺を隠せていないタルタリアに、セルフィアは「ですから」と改めて宣言する。
「わたしが、魔女を捜し出して、タルタリア様の呪いと、王国の冬の呪いを、解いてもらってきます!」
「いや、意味はわかっている。聞こえているんだ。だけど、頭が理解することを拒否していて……」
当惑し切ったタルタリアに、セルフィアはくすっと笑ってみせた。
「勿論、簡単なことだとは思っていません。どれくらいかかるかもわかりません。タルタリア様の人としての意思が残っている間に魔女と会うことが出来るのか、それもわかりません」
だけど、とセルフィアは微笑んだ。
「タルタリア様は、わたしの命の恩人ですから。もしもここに落ちた時に地面にぶつかっていたら、わたしは今ここにいません。感謝してもしきれない……理由なんて、そんなものです」
「折角命を拾ったのに、また散らすかもしれない。それよりも、家に戻って無事を家族や大切な人に知らせるべきではないのか?」
至極当然なタルタリアの心配に、セルフィアは頷いて「そうですね」と言って微苦笑を浮かべた。
「そう出来れば良いんですが、戻った途端に待ち伏せされていて殺される……なんてこともあり得ますので。このまま誰にも知らせずに行こうと思っています」
「……なるほど。それも一理あるな」
それでも、とタルタリアは諦めの声色で笑う。
「私は止めたいよ。私などのために、きみが旅をする必要などないのだから。……それでも、きみは行くのかい?」
「決めましたから。ただのパン屋の娘ですけど、貴方のために、この国のために、出来ることをしてみたいんです」
「……私も、自我を失わないよう出来る限りやってみよう。私も五百年、魔女を捜してきた。私だから見付けられなかったという可能性もあるから。それでも、例え見付けられなかったとしても、自分を責めてはいけない。……いいね」
「ありがとうございます、タルタリア様」
セルフィアが微笑むと、タルタリアも笑ったような気がした。
それから少しの時間だけ、互いのことについて話をした。世間話程度で、二重としてはセルフィアがタルタリアに話すことが多かったかもしれない。
それからセルフィアは、タルタリアに地上へと送ってもらった。彼の頭の上に乗り、体を伸ばした彼から地上へ飛び移るのだ。
タルタリアが連れて行ってくれたのは、龍の儀が行われていた崖から離れた別の崖の上。森の中にある大きな割れ目の傍だ。
崖の上に立ち、セルフィアは空を見上げて目を細めた。短時間とはいえ、陽の光のほとんど届かない場所にいたのだ。目が明るさに慣れない。
眩しそうに目をぱちぱちと瞬かせるセルフィアを見ながら、タルタリアはつと東の方向を鼻で差す。
「……ここならば、人間には容易に見付けられない。あちらに進めば、比較的大きな町に出る。その近くの村は、昔魔法を使える人々が住んでいたとされているから、何かヒントがあるかもしれない」
「はい、ありがとうございます」
「どうか、気を付けて」
「――はい」
セルフィアは一礼して、指示された通りに東へ向かう。一方のタルタリアは、彼女の姿が見えなくなるまでその背中を見守り、やがて谷底へと戻っていった。
それから数時間後、龍の儀が行われた崖の上に複数の男たちが集っていた。彼らは儀式で行方不明となった贄姫を捜し、おそらくは死んでいるであろう彼女の遺体を回収するためにやって来たのだ。
捜索隊の隊長を志願したイオルは、険しい顔で谷底を睨む。その顔色は決して良いとは言えず、部下たちは何度か引き返して休むように進言した。その度に、彼は「大事ない」と悲しそうに笑うのだ。
(セルフィア……。もう、お前と会うことも話すことも叶わないのか?)
崖の下は真っ暗で何も見えず、きちんと道筋を定めておかなければ真っ逆さまに落ちてしまい命はない。更に、この谷には言い伝えがあった。
「イオル様、この谷底には龍が住んでいると言いますが、本当なのでしょうか……?」
「さあ、どうだろうな。真偽のほどは誰も知らない。……昔読んだ本には、その龍はもともと人間だったという話が載っていたが」
もしも本当に龍が住まうというのならば、落下したセルフィアの命を助けてはくれないだろうか。そんな欠片のような希望を抱きつつ、イオルは自ら崖下に降りるために部下に命じて命綱を降ろした。
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