第2章 魔女のゆかり
魔法の欠片の残る街
第10話 大図書館
「……随分暗くなって来たな」
タルタリアと別れ、半日程が経過していた。既に空は、夜が近付いていることを示す紺色に変わりつつある。
シャルガータ王国の夜は、昼間が幾ら温かくとも底冷えする寒さだ。一般的に、町の人であろうと旅人であろうと、夜に外を移動することは推奨されていない。夜道は危ないという理由の外に、単純に凍死する危険があるからだ。
セルフィアもまた、今夜の宿を探していた。身一つでここまでやって来た彼女には、お金も防寒具もない。せめて何処か屋根のあるところで休めないか、と初めて足を踏み入れた町を見て回る。
王都から数キロ離れた町、ホリューステン。図書の町として名高いこの町には、王国最大級の図書館がある。年中無休、閉館時間のないその図書館は、文字通り丸一日本と戯れることが出来た。
パン屋の仕事で遠出をしたことがほとんどないセルフィアだが、店の客からホリューステンの話は聞いていた。超巨大図書館は町のランドマークで、何日通い詰めても飽きることはないらしい。
「噂でしか知らなかったけど、大きな図書館」
セルフィアがやって来たのは、まさにその大図書館だ。見上げていると首が痛くなりそうな程高い建物で、数十万冊という書籍が収められているという噂だ。
誰でも無料で利用できる図書館で、セルフィアは一晩過ごすことにした。
とはいえ、ただ宿にするということだけでは勿体ない。セルフィアは館内地図を眺め、目当ての書籍棚を探す。彼女が探しているのは、国史や文化、伝説や御伽噺を扱った本のある場所だ。
(あった。ここなら、もしかしたら手掛かりがあるかもしれない)
見付けたのは、図書館三階の一角。まずは国史をまとめた辞書のような分厚さの本を漁り、目当ての記述を探す。
(魔女っていう言葉はやっぱりない。だけど、魔力については少し書かれているな)
大昔、シャルガータ王国には多くの魔力を持つ人々がいたらしい。彼ら彼女らは「魔女」や「魔法使い」と呼ばれ、自らの魔力を生活の中や仕事の中で役立てていたという。
五百年前に範囲を絞って記述を探すセルフィアは、特に魔女という文字に着目して本を読み漁った。もともと読書が好きだということもあり、時間を忘れて読みふける。本を読むことを目的とした図書館において、読んでいる限りは長時間滞在であろうと徹夜であろうと注意されることはないらしい。
気付けば、夜が明けようとしていた。
「……これ」
朝日が窓から射し込む頃、セルフィアはとある記述に行きあたる。
書かれていたのは、シーリニアという名の魔女のこと。数ページしかない記述だが、彼女の強大な魔力は人々を恐れされたということが書かれていた。
――シーリニアという魔女がいた。
彼女は生まれた直後から、その多大なる魔力の放出により故郷を灰とし、両親すら亡き者とした。その大き過ぎる力のため、自我を持つまでは何人もの魔法使いによって創られた籠の中で過ごし、最小限の人との関わりで生きた。
成長し、シーリニアは己の異常さを自覚した。そして自ら他人とのかかわりを避け、森の奥で何でも屋を商って過ごした。強すぎる力は恐れられるが、同時にもてはやされもする。彼女はそれを知っていたのだ。
「……『シーリニアの暮らした町、アジュールでは、魔力を持つ人が時々生まれる。彼らは珍重され、王城などで職を得られた。魔力を持つ人が生まれるのはこの町だけであり、シーリニアの置き土産だと噂される』か」
文章の横には、この国の地図が描かれている。各項目毎に何処に関する記述なのかがわかりやすいよう、地名とその場所が記されているようだ。
セルフィアは一旦席を立ち、近くの本棚からこの国の地図帳を引っ張り出す。現代の地図と書籍の中の地図を見比べ、アジュールの正確な位置を探した。
(ホリューステンから、歩いて二日の距離ってあるな。少し遠いけど、魔女がシーリニアのことなら、行くだけの価値はあるよね)
しかしたった二日とはいえ、何も食べずに歩くわけにはいかない。気付けば、空腹は限界に達していた。
「お腹、空いたな……」
ぐーぐーと大きな音を鳴らすお腹を抱え、セルフィアは顔を赤くした。静かに本を読むことが推奨される図書館において、自分の腹の虫の音で空気を崩してしまっているという自覚がある。申し訳なさと恥ずかしさで、一旦図書館の外に出ようと返却場所に本を返した。
その時、セルフィアの背後に何者かが立った。追っ手かと恐れた彼女が振り返ると、そこに立っていたのはこの図書館の従業員らしき妙齢の女性だった。
彼女はセルフィアの肩を叩き声をかけようとしていたが、先に振り返られてしまい目を見張る。
年上の、しかも綺麗な女性スタッフに声をかけられようとしていたことを悟ったセルフィアは、粗相があったかと小さな声ですぐさま謝罪した。
「ご、ごめんなさい。五月蝿くしてしまいましたか!?」
「大丈夫ですよ。少し、こちらへいらして下さい」
「え……?」
柔和な笑みを浮かべる女性の背中を追うと、セルフィアは何故かスタッフ以外立ち入り禁止のドアの向こうにやって来ていた。こんなところに入っても良いのかと怯えていたセルフィアだったが、女性は構わず先へ進んで行ってしまう。
(一体何処へ……)
わけがわからないまま案内されたセルフィアがたどり着いたのは、スタッフ専用の休憩室だ。先に入っていた女性に手招きされ、セルフィアは彼女に近付いた。
「あの、これは一体……?」
「とてもお腹が空いているようでしたから、よかったらをと思いまして」
そう言った女性がセルフィアに差し出したのは、手作りらしいサンドイッチ。卵サラダとキュウリのシンプルなものだ。
女性の意図がわからず、セルフィアは困惑した。
「あ、あの?」
「うちの図書館、基本的に休日がないので、本当に様々な方々が来られます。時折、食事を忘れてしまう方も」
「い、良いんですか……」
サンドイッチを受け取り、セルフィアは夢中で食べると改めて女性に向かって頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「いいえ。気を付けて下さいね」
女性と別れて、セルフィアはアジュールに向かうために歩き出した。
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