第5話 捜索隊編成
龍の儀が行われたその日の夕刻、王城は嫌な緊張感に包まれていた。今までに起きた記録のない事件が起き、貴族も役人たちもそわそわと落ち着きがない。
今まさに、儀式の報告が国王に対して行われていた。
「――ということでございます」
「龍の儀で谷底に落ちた贄姫は、まだ見つからないか。落下の原因は究明出来ているのか?」
「いいえ。あの時、私もその場にいましたが……。何というか、何者もいないのに何かに突き飛ばされるように贄姫は落ちてしまいました。あの時何が起こったのか、誰も正確にはわからないのです」
「……わかった。捜索隊を編成するにしても、あの谷は深く、そして危険が伴う。しかし、贄姫は大臣の娘だ」
例え大臣の娘でなかったとしても、捜索出来るものならばする。それでも躊躇するくらいには、龍の儀を行う谷は特殊な場所だった。
顔をしかめ考えを巡らせる父王を横に見ながら、ジオリアはふと集まった大臣たちの様子を眺める。どの顔も深刻さを思い難しい顔をしている中、ただ一人それほど気落ちしていないように見える表情があった。
しかもそれは、この場で最も悲しみ錯乱してもおかしくはない男だ。もしやと思い、ジオリアは彼に向かって問いかける。
「シャルガーダ卿、娘が心配ではないのか?」
「あ、ああ……勿論です。娘のことを考えると、言葉も……」
「そうか。思いの外落ち着いて見えるので、まさか本当に実行したのかと怪しんでしまった」
許せ。ジオリアが大仰に頭を下げてみせると、シャルガーダ卿は「とんでもございません」と首を横に振る。
二人の掛け合いを見ていた王は、ふと「そういえば」とシャルガーダ卿の方を向いた。
「お前の娘は、贄姫の役割を途中で嫌がっていたな。それでも最終的には受けてくれて感謝しているが、こんなことになってしまって、本当に申し訳ない。早急に捜索隊を編成し、崖下へ捜しに行こう」
「ああ、いえ。それほどご無理をなさらないで下さい。娘は、国の役に立ったのですから、本望でございましょう」
「だとしたら、余計だ。心を入れ替え国の儀式に参加してくれた恩を、返さないわけにはいかぬだろう」
王が身を乗り出すと、反対にシャルガーダ卿は身を引いた。その様子に、周囲も何かがおかしいと考え始める。もう少し探りを入れようかとジオリアが考え始めた時、突然廊下が騒がしくなった。
普段、謁見の間が使われている際には扉を開ける前に見張りの兵士に言伝ることになっている。しかし今、何の前触れもなく扉が開いて飛び込んで来た人物がいる。それが誰かに気付き、真っ先に声を上げたのはジオリアだった。
「イオル!? どうした、何をそんなに焦っている? 顔色が真っ白じゃないか」
「兄上、父上。そして皆様、ご無礼をお許し下さい。緊急事態です」
息を弾ませ、イオルが片膝をつく。その顔色は青を通り越して真っ白で、王も大臣たちも何事かと口をつぐむ。唯一、シャルガーダ卿だけは青い顔をしていた。
皆の視線を集めている自覚のあるイオルだが、今はそんなことよりも伝えなければならないことがある。廊下で控えている彼のためにも、場を作らなければならない。そして、一刻も早く向かわなければ。逸る気持ちを抑え込み、イオルは口を開いた。
「――た、谷底に落ちたという贄姫について、ご報告したいことがございます」
「話せ」
短く、国王が命じる。息子の焦った様子に、多くを問う時間はないと察したのだ。
父の理解の速さに感謝しつつ、イオルは謁見の間の扉の方を振り返った。そこにいた人物を呼ぶ。
「スクードさん、入って下さい」
「お邪魔致します、陛下。ご無礼をお許し下さい」
やって来たのは、国王やジオリアも懇意にしている王都のパン屋の主人であるスクードだ。彼の青白い顔を見て、二人は「まさか」が現実になったのだと悟った。
「スクード殿、お話し下さい。我々の予想が合っている可能性が高い」
「はい。……数日前、我が娘がかどわかしに合いました。犯人を捜すため、私たちは調べを進めていたのですが、イオル殿下が有益な情報を下さいました」
スクードの話を受け取り、イオルはその場にいる全員を見回し口を開く。
「お……私は、以前この王城で贄姫を嫌がる方の話を聞きました。そして彼女が身代わりを捜すと言い、更にその後一転して贄姫の役割を果たすと言ったことも。龍の儀の場に私はいなかったので定かではありませんが、その場にいた贄姫は、本当に本来役目を果たすべき贄姫本人だったのでしょうか。……どうなのです、シャルガーダ卿?」
「――っ」
「いかがした、シャルガーダ卿。申し開きがあるのならば、今この場で聞こう」
顔を赤くしたり青くしたりして、シャルガーダ卿は口をもごもごとさせる。何も言えないことが答えになっているとも知らず、何とかして言い逃れようと必死に考えているのだろう。
ジオリアは軽く息をつき、シャルガーダ卿に「否定したとしても、私たちの手で真実を白日の下にさらしますがね」と付け加える。
「もう一度、問います。シャルガーダ卿、娘であるファーナ嬢はいずこに?」
「む、娘は谷底に……」
「では、貴方の有り余る財産を投資して、捜索隊の活動に手を貸して頂きたい。谷底に落ちたのが貴方の娘でもそうでなくても、我々には捜す義務がある」
「……っ」
何も言わなくなったシャルガーダ卿を放置し、王はその場で決断した。
「ジオリア、シャルガーダ卿の監視を頼む。奴の言うことが誠かどうか、見極めよ」
「心得ました」
「私は捜索隊を組織し、早急に谷底に向かわせよう。人選に時間はかけられないが……」
「私に行かせて下さい、陛下」
手を挙げたのは、イオルだった。彼は父王に目で促されるまま、はっきりとした声で訴える。
「さらわれた娘は、私の大切な幼馴染です。彼女を捜すという役目、私にお命じ下さい」
「……辛いものを見ることになるかもしれんぞ」
「承知の上です。このまま黙って待っているなんて、俺には出来ない」
「わかった。イオル、ジオリアの部下から何人か連れて行け。谷底は危険だから、気を付けて行ってこい」
「はい、ありがとうございます」
イオルはスクードの広い背を撫でながら、きっちりと頭を下げてその場を一旦辞した。スクードを客間で休ませた後、ジオリアのもとへと行かなければならない。
「スクードさん、好きなだけここで休んでいって下さい。……俺が、必ずセルフィアを見付け出してくるから。絶対に、例えどんな姿であっても」
「ああ、ありがとう。ジオリア様と二人で、また店においで」
「……はい」
何日も泣きはらしたであろうスクードの目は、充血している。そんな彼が少しでも落ち着けるよう、イオルは叶えられるかもわからない約束をした。
これから彼が向かう谷底は、この王国で最も深く危険な場所だと伝わっている。地上からは見えない場所には、龍が眠っているという。
イオルは怒りと悲しみを押し殺し、両手を握り締めてジオリアのもとへと急いだ。
(俺は、大馬鹿者だ)
儀式の場に行くことが出来るのは、王位継承第一位と上位貴族のみ。第二位のイオルには、その場へ行くことすら許されていない。
それでも、大人しく勉強と鍛錬に励んでいた当時の自分を殴りたくなった。知らなかったとはいえ、大切な人を殺してしまった己を己で何度でも殺したくなる。
今はただ、全力を尽くすことしか出来ない。
それより少し前、谷底で青い宝石が瞬く。宝石はとあるモノの瞳であり、それは大きな体をゆっくりと動かした。
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