第046話


「1、0、2、5、と……」


 俺は以前海奏ちゃんとカラーボックスを買いに行った時に、海奏ちゃんがキーパッドを押していたのを何の気なしに横目でチラ見していた。


 普通なら、そんな番号なんて覚えちゃいない。


 でもその番号……1025は、10月25日。


 俺の誕生日だった。


「うわー、なんつー偶然なんだ! これは運命か?」……厨二的に勝手に盛り上がった俺は、その時の番号をしっかり覚えていた。


 もちろん海奏ちゃんには話さなかったが。


 俺は祈るような気持ちで最後に#キーを押すと……カチャンという音がしたあと、ブィーンと自動ドアが開いた。


「うわ、開いちゃったよ」


 自分で開けておいて驚いた俺は、そのまま中に入る。


 俺は良くないと思いつつ、一応305の郵便受けをチェックする。


 果たして305の郵便受けには……A4サイズの分厚い郵送物が入り切らず、上半分が顔を出していた。


 一目で有名通販サイトからのカタログであることが分かる。


 その郵便物の顔を出している部分に、宛名が書かれているシールが貼り付けてあった。


 その宛名を見て……


「えっ? なんで?」


 俺は驚きで一瞬思考が止まった。


 宛名シールに書かれていた名前は……


「篠原海奏って……定岡海奏じゃなかったのか?」


 宛名シールには、「篠原海奏」と書かれている。


 てことは……ひょっとして篠原部長の娘さん? 


 年回り的に考えても、ちょうどそれぐらいだ。


 あるいはかなり近い親族かもしれない。


 部長に兄弟がいれば、叔父さんという可能性もある。


 俺はとりあえず、エレベーターで3階に向かう。


 エレベーターがやけに遅く感じた。


 エレベーターが3階に着くと、俺は足早に一番端の部屋へ向かう。


 そして305の表示のあるドアの前で、一つ深呼吸をした。


 少し躊躇したあと、俺はドア横の呼び鈴ボタンを押した。


 部屋の中でピンポーンと音が聞こえるが……なにも反応がない。 


 俺はもう一度呼び鈴を押した。


 やはり反応がなかった。


「いないんだな。実家にでも帰ったのかな」


 俺はそう思って帰ろうとしたのだが……ふとドアの下の方を見ると、新聞受けのような小窓がある。


 ちょっとヤバい奴みたいになるが……念のためだ。


 俺は腰をおろしてその小窓を押し開け、中に向かって声掛けをした。


「海奏ちゃん! なにかトラブルに遭っていないか確認に来ました! また連絡するね!」


 俺はそう言うと、再びドアの前に立ち上がる。


 しばらく耳をすませて中の様子を聞いていたが……相変わらず反応はなかった。


「よし。帰ろう」


 やることはやった。


 俺はその場を立ち去ろうとしたとき……中からコトリと音がした。


「えっ? 海奏ちゃん、いるのか?」


 俺はもう一度呼び鈴を押して、ドアをノックする。


 すると……今度は明らかに中からたどたどしい足音が聞こえてきた。


 やっぱりいるんだな!


 すると次に「ドンッ」と何かが倒れるような、大きめの音が聞こえた。


 ちょっと待て、ひょっとして海奏ちゃん倒れているのか?


「海奏ちゃん! 大丈夫!?」


 俺はふたたびドアをドンドンドンと叩いて、そう言った。


 すると……ドアのロックがカチッと外された音がした。


 俺はドアのノブを急いで回すと……パジャマを着たままドアに寄りかかった海奏ちゃんがいた。


「う、海奏ちゃん! 大丈夫!?」


 チェックのパジャマを着た海奏ちゃんは、明らかに顔色が悪い。


 髪の毛もボサボサで、いつもの生気がない。


「あ、暁斗さん……す、すいません」


 海奏ちゃんはかすれた声でそう言うと、そのまま玄関に座り込んでしまった。


 俺は慌ててしゃがみ、彼女を抱きとめる。


「具合が悪いんだね」


「はい……昨日からお腹が痛くて……」


「わかった。とにかくベッドに戻ろう」


 俺は彼女を立たせようかと思ったが、とてもそんな状態ではなさそうだった。


 俺は海奏ちゃんの膝裏に手を回し、お姫様抱っこの要領で抱え上げる。


「ごめん、このままベッドに運ぶね」


 俺は海奏ちゃんの返事を聞くこともなく、彼女を抱えてズカズカと部屋の中へ入っていった。


 そしてベッドの上に彼女を横に寝かせた。


「勝手に入ってごめん。お腹が痛いの?」


「はい……キリキリと痛くて……特に変なもの、食べてないんですけど」


「どの辺が痛いの?」


「……この……あたりです」


 彼女は自分の右の下腹部に手を当てた。


「もしかして、押したりしたら痛かったりする?」


「……痛いです。自分で触っても痛いぐらいで……」


 海奏ちゃんは本当に具合が悪そうで、声もとぎれとぎれだ。


 熱はなさそうなのだが……


「海奏ちゃん。場所的に盲腸かもしれない。今すぐ救急車を呼ぶね」


「え? でも……」


 海奏ちゃんは躊躇した。


 大事にしたくない気持ちはわかる。


 だが……


「俺も中学の時に、盲腸をやったんだよ。場所的に同じところ。手遅れになると腹膜炎を起こして、命の危険もあるんだ。だから救急車を呼ぶよ」


 俺はスマホで119番にコールして、救急車を呼んだ。


 海奏ちゃんに住所を訊きながら、なんとか手配した。


 救急車が来る。


 さて……いったい何の準備をすればいいんだ?

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