第029話
フラプチーノを手に持って、俺たちはテーブル席に座った。
「なんだか……ちょっと不思議な感じです」
「ん? 何が?」
「こうやって、男の人と一緒にランチしたりスタボに来たりしているのが……です」
「そうなの? デートで他の男の子とか一緒に来なかった?」
「ないない。ないですよ」
海奏ちゃんは俺が思ってた以上に強く否定してきた。
「そもそも男の人って恐かったですし……だから初めてですよ」
「てことは、これが海奏ちゃんの初デートってこと?」
俺はちょっと茶化して言った。
「え? これって……デートなんですか?」
「え? 違うの?」
「……そもそも暁斗さん、私のこと『親戚の子供の高校生』ぐらいにしか思ってないんじゃないですか?」
「うん、そうかも」
「もうっ!」
海奏ちゃんは頬を膨らまして、俺を叩く仕草をみせた。
うわー、いちいち可愛んだけど。
「いや、親戚の子供っていうより……やっぱりアイドルかな? だから今日は『アイドルのファン・ミーティングのイベント』みたいな感じでいいんじゃない?」
「もう……だから私はアイドルじゃないですって」
「それだけ可愛いんだから、アイドルでいいじゃん。だからあれやって! 『今日は来てくれてありがとー』って」
俺はおどけてそう言って、両手を海奏ちゃんの方へ向けてヒラヒラと振ると、海奏ちゃんも同じように手を伸ばして『わー』とか言いながら手を振ってくれた。
なにこれ楽しい!……スタボの中で、単なるバカップルみたいだ。
照れてる海奏ちゃんの表情が、最高に可愛かった。
スタボを出た俺たちは、さらに電車で二駅移動する。
その駅のターミナルビルに、家具屋のリトニが入っている。
俺たちはリトニでカラーボックスのコーナーへ向かった。
たくさんのカラーボックスの中から、海奏ちゃんは落ち着いた木目調のカラーボックスを選んだ。
そのまま会計を終えて、俺はそのカラーボックスを持った。
3段のボックスなので、長時間持っていると結構疲れそうだ。
帰りの電車に乗って、俺と海奏ちゃんは戻ってきた。
駅からカラーボックスを持ちながら、海奏ちゃんのマンションへ向かう。
「ごめんなさい。重いですよね」
「大丈夫大丈夫。日頃の運動不足が露呈してるだけだから」
山下町の交差点で信号待ちをしながら、俺たちはそんな会話をしていた。
実際駅からここまで、俺は何回もカラーボックスを持ち替えた。
これ、結構重いぞ……。
「海奏ちゃん一人だったら、ちょっときつかったよね」
「きついと言うより、不可能でしたよ。本当に助かります」
信号が青になって、俺たちはまた歩き出した。
5分ほど歩いて、ようやく海奏ちゃんのマンションへたどり着いた。
俺は海奏ちゃんと一緒に、マンションのエントランスへ入った。
まだ比較的新しいマンションで、雰囲気もおしゃれだ。
俺のアパートとは、随分違うぞ。
海奏ちゃんが入口の暗証番号を押すと、ドアが開いた。
俺はカラーボックスを持って、エレベーターの前まで運ぶ。
「海奏ちゃんの部屋って、何階なの?」
「3階の305号室です。一番東の突きあたりの角部屋で、日当たりはいいんですよ。夏は暑いですけどね」
「そうなんだね。ボックスの組み立ては、大丈夫?」
「はい。前に同じ様なボックスを組み立てたことがあるんです。ちゃんと電動ドライバーも持ってるんですよ。小さいやつですけど」
「へーそんなの持ってるんだね。今度俺が買ったとき、その電動ドライバー貸してくれる?」
「もちろんです。いつでも言って下さい」
本当は組み立てもやってあげたいけど、海奏ちゃんの部屋に入るのはマズいよな。
「じゃあ……また明日の朝だね。ボックスの組み立て、頑張ってね」
「はい、本当に助かりました。ありがとうございました」
俺は海奏ちゃんのマンションのエントランスを出て、建物を見上げる。
「305号室……か」
3階の……ここから見たら、一番右端の部屋だな。
なるほど、たしかにあそこなら日当たりは良さそうだ。
海奏ちゃん、無事カラーボックスを組みたてれられるだろうか。
そんな事を思いながら、俺は彼女のマンションを後にした。
その週の水曜日。
俺と大悟と菜々世の3人は、駅前のプロンテでグラスを合わせていた。
「じゃあまあ……これは何の会だ?」
「大悟の異動を祝う会だろ?」
「大悟先輩の穴、アタシ埋められないですよ……本当に困ります」
昨日の人事異動で、大悟が営業部に異動になった。
単純に営業部が1名増員、財務部財務課が1名減員だ。
会社としては間接部門の人員は極力削減したいという思惑が強いらしい。
そして新規顧客開拓の営業力強化が必要と判断したようだ。
そこで大悟に白羽の矢が立った。
実は大悟は仕事はかなり優秀で、財務課でも仕事が早くてミスが少ないと評判の男なのだ。
加えて体育会系でガタイも声もデカい。
当然営業部から欲しい人材と声がかかるのもわかる。
大悟自身も入社したときは営業をやると思っていたらしく、財務課に配属になったときは驚いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます