第012話


「海奏ちゃん……一応カバンを胸のあたりで抱えてくれた方がいいかも」


「え、そうですか? じゃあ……」


 俺がそう言うと、海奏ちゃんは学校指定のバッグを胸に抱える。


 電車が揺れたときに、俺が彼女の方に押されてしまうことがあるかもしれないからだ。


「海奏ちゃん、これで大丈夫? 圧迫感とか感じたりする?」


 俺は気になって、ちょっと訊いてみた。


 他の人からの接触がなくても、俺との距離はそれなりに近い。


 それが不快であれば、元も子もないからだ。


「全然大丈夫です。ありがとうございます」


 海奏ちゃんは恥ずかしそうに俺を見上げて、ちょっとぎこちない笑顔でそう答えてくれた。


 ああもう……いちいち全部可愛いな。


 早起きして、本当によかった。


「次のシフトっていつなのか、訊いてもいいかな?」


「はい。えっと……次は土曜日なんですけど、週末はいつも3時あがりなんです。だからまだ明るいですし、一人で帰れますから」


「え? そ、そうなんだ……うん、わかった」


 本当は3時に迎えに行きたいと俺は一瞬思ったが、さすがにそこまでしてしまうと鬱陶しがられるかもしれない。


 それだと逆に俺がストーカー扱いされかねない。


 だからまあ週末はスーパーに行くのはやめることにしよう。


 こうして毎朝会うこともできるわけだし。


 毎朝? 


 これ毎朝会って大丈夫なヤツなのか?


 まあ機会をみて、そのあたりも海奏ちゃんに訊いてみることにしよう。


「海奏ちゃんは、どんな食べ物が好き?」


 俺は差し障りのない話題から入ろうと試みる。


「何でも好きですよ。特に好き嫌いもないですし」


「じゃあ自分でどんな料理を作るの?」


「え? そうですね……肉料理だと、鶏肉を使ったのが多いですかね。値段も安いですし」


「ああ、鶏肉はお財布に優しいよね」


「そうですね。あと玉子も好きかも」


「……じゃあ親子丼とか?」


「あ、親子丼、いいですね。大好きです」


 海奏ちゃんの表情が、いい笑顔になった。


 緊張もほぐれたようだ。


 俺たちはしばらくの間、朝の通勤・通学電車の中でそんな話をしていた。


 車内は混雑していて俺も少し押されたりしたが、なんとか海奏ちゃんと俺の間にスペースを確保することもできた。


 これなら海奏ちゃんも痴漢に狙われることはない。


 あとは……俺に対して不快感を感じていないことを祈るだけだ。


 電車に乗って20分弱。


 もうすぐ海奏ちゃんの降りる駅に到着する。


「じゃあ暁斗さん、ありがとうございました」


「いや……だから偶然同じ電車だっただけだよ」


「……それでも、です」


 海奏ちゃんのはにかんだ笑顔が、俺の朝のテンションを上げる。


 電車のドアが開いた。


 他の客と一緒に海奏ちゃんも出ていく。


「じゃあ海奏ちゃん、いってらっしゃい」


「はいっ、暁斗さんも。お仕事がんばって下さいね」 


 海奏ちゃんはペコリと頭を下げ、すぐに人の流れの中に消えていった。


 よく見ると、海奏ちゃんと同じ制服を着た女子高生が大勢いる。


 聖レオナの高等部がこの辺にあるなんて、俺は全然知らなかった。


 それにしても……


「お仕事がんばって下さいね」


 海奏ちゃんのそのフレーズが、俺の頭の中でリピート再生されていた。


 あんなに可愛い女の子から、そんなフレーズを言ってもらえる……今度録音させてもらおうかな?


 仕事で凹んだ時の、回復ポーション用に。


 あるいは有料サービスにして商業展開すれば、絶対に儲かるぞ……そんなアホなことを考えているうちに、俺は自分が降りる駅をあやうく乗り過ごしそうになった。



 ◆◆◆



「それにしても……誰だろ」


 俺は昼休み、会社の休憩室で弁当を食べながら一人考え事をしていた。


 一昨日の海奏ちゃんの態度の変化についてだ。


 俺がうちの会社の社名を出したところで、海奏ちゃんの表情が変わった。


 そして……岩瀬課長のことを知っていた。


 普通に考えて……課長の関係者だよな。


 知り合いか、親戚か……。


 実は課長の隠し子だったりして?


 いやいや……もしそうだったら、それこそ課長が高校生ぐらいの時に産んだ子ってことになる。


「お、噂をすれば……」


 カツカツとヒールの音がしたかと思うと、岩瀬課長がコンビニの袋を手に持って休憩室に入ってきた。


「あ、山中君」


「課長、今日もコンビニ弁当ですか?」


「そうなの。あ、でも今日はサラダも買ってきたわよ」


 課長は笑いながらそういうと、俺の前の席にコンビニの袋を置いた。


 袋の中からオムライスを取り出して電子レンジの方へ向かった。


 オムライスとサラダというのが、今日の課長のランチのようだ。


「今日も山中君のお弁当、美味しそうね」


「そうですかね。まああんまり代わりばえしませんけど」


 今日の俺の弁当は、豚のしょうが焼きと冷凍シューマイだ。


 ちょうどいい機会だ。


 訊いてみるか……


「課長、つかぬことをお聞きするんですが……」


「うん、なあに?」


「課長のご親戚かお知り合いで、現役の女子高生っていたりしますか?」


 俺はストレートに訊いてみた。


「え? 女子高生? 親戚……知り合い……うーん、九州に親戚の高校生の男の子はいるけど……女の子はいないわ」


「あ、そうでしたか」


 いないのか?

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