第013話


「え? なに、山中君。いくら独身だからって……女子高生を紹介して欲しいほしいとか、ないんじゃない? 下手したら犯罪よ」


「いえいえ、そういう訳じゃないですよ」


 そうじゃない。


 そうじゃないが……てことは俺と海奏ちゃんが仲良くなったら、それも犯罪っぽくなるの?


 でも、一般的に見たらそうかもしれないな。


 女子高生と社会人4年目のリーマンって……犯罪のニオイしかしないだろ。


「課長、もう一つ訊いていいですか?」


「いいわよ」 


「課長……ひょっとして高校生の時に、出産とかされてます?」


「グーで殴っていい?」


「すみませんでした」


 セクハラをパワハラで返されてしまった。




 俺は午後の仕事中も、海奏ちゃんの社内関係者のことを考えていた。


 どうやら岩瀬課長ではなさそうだ。


 あとは……槙原主任の妹とか?


 いや、たしか主任には兄弟がいなかったはずだ。


 まあ考えても答えは出そうにない。


 案外こういうのは、ポロッと簡単に分かったりするものだ。


 終業時刻の5時15分になって、俺は帰り支度をする。


 今日は金曜日、残業もナシだ。


 本音を言えば多少は残業代を稼ぎたい気もする。


 週末なにをしようか。


 まず掃除・洗濯だな……俺がそんなことを考えながら、会社を出て駅に向かって歩いていると……


「暁斗先輩」


 声がかかる方へ振り向くと、そこにはポニーテールの女子。


 菜々世だった。


「おう菜々世。財務課も残業ナシか?」


「はい。今週はヒマでしたね。来週は月末週ですから、経理課は忙しいんじゃないですか?」


「ああ、そうかもしれんな」


 たしかに経理課は、月末週は忙しくなる。


「ねえ暁斗先輩、ビール一杯だけ行きませんか?」


「ん? ああ……」


 今日は大悟は大学時代のラグビー部の集まりがあるらしく、早々に会社を出ていった。

 

 菜々世と二人だけっていうのは、ちょっと気が進まなかったが……まあ1杯だけならいいか。


「じゃあ1杯だけ、いくか?」


「はい、行きましょう」



 俺たちは駅前のプロンテというチェーン店のカフェバーに入る。


 大悟を含めた俺たち3人は、たまに会社帰りにここに寄る。


 ここは夜7時までハッピーアワーがあって、ビールやハイボールが300円前後で飲める。


 そしてつまみ1-2品をシェアして、30分ぐらい喋ってから帰宅するというのが俺たちの飲み方だ。


 そして俺たちは大体の場合、椅子に座らず立ち飲みにしている。


 座ってしまうと長居してしまうからだ。


 これなら支払いも一人ワンコインちょっとで済むし、食前の一杯という意味でもちょうどいい。


 俺も菜々世もビール、つまみはピリ辛ソーセージで俺たちは乾杯をする。



「それにしても……本当にもうちょっとでいいから、お給料上がらないんですかね」


「まったくだな」


 俺たちが集まって愚痴ることといえば、真っ先に給料問題だ。


 仕事が楽なのはいいのだが、生活に余裕がない。


 菜々世は短大卒なので、俺や大悟よりも少しだけさらに給料が安いみたいだ。


 それでも彼女は自宅から通っているので、特に生活に困ることはないだろう。


「それでも菜々世は自宅から通ってるから、まだいいだろ? 俺なんか家賃払って水道光熱費払ったら、本当にカツカツだ」


「あー、でもアタシだって一応家にお金入れてますからね。本当は洋服とかバッグとか買いたいんですけどね。デートもしたいし!」


「デートって……菜々世、相手もいないだろ?」


「あ、先輩バカにしてますね。先輩だって、彼女いないじゃないですか」


「まあそうだけどな」


 そう言う俺の脳裏に、海奏ちゃんの可憐な笑顔が浮かんだ。


 もちろん彼女じゃない。


 でもこれから平日の毎朝20分弱の時間、二人で過ごすことができる。


 夜だってシフトのときは、スーパーナツダイから彼女の自宅まで送っていくことになるんだろう。


 まあ海奏ちゃんが嫌がらなければ、だが。


 あんなに可愛い現役女子高生と一緒に過ごすことができている。


 彼女じゃないにせよ、「会えるアイドル」と一緒に過ごしているわけだ。


 うん、これはやっぱり「推し活」の一環だな。


 幸いなことに多額の課金は必要ない。


 彼女の平穏な日常のための「推し活」と考えることにしよう。


 まさに両者WinWinじゃないか。




「先輩? 聞いてるんですか?」


「え? ああ、なんだっけ?」


「もう……いいですっ」


 菜々世が拗ねていた。


「悪い悪い。ちょっと他のことを考えてた。で、なんだっけ?」


「もう……週末映画でも見に行きませんかって。どうせ二人とも相手がいなくて暇なんだし」


「ああ……」


 菜々世に映画に誘われたようだ。


 でも二人でってことだよな?


「えっと……大悟にも声かけてみるか?」


「あー、やっぱそうなっちゃいます? 別にいいんですけどね……でも別に暁斗先輩と二人で行ってもよくないですか?」


「えっ? まあ……でももし大悟にバレたらさ。いろいろと面倒だろ?」


「やっぱそうなんですかね……てことは、アタシはこの会社で他の男の人と行動できないってことなんですかね」


「いや、そういうわけじゃ」


「だってそうじゃないですか。そういう意味で言うと……アタシちょっと息苦しいんですよね」


 菜々世がちょっと顔を曇らす。


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