第018話

「そんなんで良ければ、いつでも作るよ」


「ありがとうございます。あ、でも私も今度お返ししますからね」


「本当に? それはそれで魅力的だなぁ」


「あんまり期待されても困りますけど」


 いやいや、美少女高校生の手作りのおかずとか……オークションに出品したら、絶対に高値がつく。ってそういう問題じゃないが。


 そんな話をしていたら、あっという間に彼女のマンションの前まで来ていた。


「今日も送って頂いて、ありがとうございました」


「いやいや。これは俺のご褒美タイムだからね。じゃあ明日の朝、またね」


「……」


「あ、いや。偶然会ったら、だよ」


「……なんか本当にすいません。ご迷惑ではないですか?」


「全然。だから気にしないで」


「ありがとうございます。じゃあよろしくお願いします」


 そう言って海奏ちゃんは頭を下げると、マンションの中へ消えていった。


 途中振り返って、俺に小さく手を振ってくれた。


「うーっ、可愛いなぁ」


「会えるアイドル店員」に今日も会えて、一緒に彼女の自宅まで歩いてきた。


 その幸せを噛み締めながら、俺はアパートまでの帰り道を歩き始めた。



「これだな……」


 俺はスマホに映し出された画面を見ながら、アパートの部屋で独りごちる。


 俺が検索した過去のニュース記事だ。


『20xx年8月7日、成田発ボルマン航空BO686便が16時30分頃(ボルマン共和国現地時間)ボルマン共和国デンディール空港へ着陸体制に入った後消息不明となった』


『周辺海域では飛行機が墜落した模様を漁船から目撃したという証言が多数あり、同機は海上にて墜落したと見られ捜査が続けられている』


『乗客名簿によると同機の乗客乗員は合計78名。ボルマン共和国政府は……』


 ちょうど8年前の記事だ。


 たしか日本人も数名搭乗していたので、俺も記憶に残っている。


 そしてその記事の下に、日本人らしき乗客の名前が3名書かれていた。


 そのうち女性の名前は1名だけ。


「サダオカ ミカ……」


 他のニュースサイトも巡回して、「定岡美香」さんという名前が分かった。


 この人が、海奏ちゃんの母親に間違いないだろう。


 8年前ということは……海奏ちゃんが9歳か10歳のときか。


 そんな多感な時期にお母さんを亡くしたんだな。


 辛かっただろうな。


「それにしても……海奏ちゃんのお父さん、もうちょっと再婚を遅らせてやってもいいのに」


 いくら相手の女性が経済的に困窮しているからって、それが海奏ちゃんが一人暮らしをする理由になっちゃいけないだろ。


 まあ海奏ちゃんは一人暮らしをするつもりだったって言ってたけど……あ、でもお父さんの世話をしなくていいから、逆に楽なのか?


「いずれにしても……俺がサポートできることがあれば、なんだってしてやりたいよな」


 俺の「会えるアイドル店員」への推し活は、まだまだ続きそうだった。



 ◆◆◆



 俺と海奏ちゃんの関係は、その後も良好だ。


 とは言っても、告白するとか付き合うとかそんな感じではなく、俺の「アイドル推し活」的なアプローチとなっているだけだ。


 そもそも今年26歳になる冴えないリーマンが、現役の超絶美少女高校生と朝と夜一緒にいる時間を持てている、っていうだけでも奇跡に近い。


 海奏ちゃんにしたって、俺が「近所のやさしいお兄さん」だから気を許しているという部分が大きいだろう。


「おじさん」じゃないよな?


 それにしても……最近は俺に随分気を許してくれているような気がする。


 最初の頃よりも、圧倒的に笑顔を見る回数が増えた。


 二重まぶたの可愛い瞳に、整った鼻筋、天然ピンクの唇。


 そんな可愛い女子高生に笑顔を向けらたら……俺はいつも心臓が高鳴ってしまう。


 それと海奏ちゃんの名前が「定岡海奏」っていうことを俺が知ったという事については、海奏ちゃん本人にはまだ話していない。


 おそらく本人が言いたいタイミングで教えてくれるだろう。


 あまり人の過去を根掘り葉掘り聞くのはよくないだろうしな。





 6月に入ると、雨の日が多くなった。


 そんな中、今日は梅雨のあいだの晴れ間の一日だった。


 会社から帰ってくると、室内干しの洗濯物が久しぶりにしっかりと乾いていた。


 時刻は夜の9時40分。


 スーパーナツダイへ行く時間だ。


 俺は支度をして部屋のドアを開けると……パラパラと雨の音が聞こえた。


「うわっ、雨じゃん。明日の朝までは降らないって言ってたのに……」


 まあこの時期の天気予報は、外れることもある。


 俺は傘を持って部屋を出ようとしたところ……


「海奏ちゃん……傘、持ってるかな?」


 俺は少し心配になったが、心配しても仕方がなかった。


 なぜなら傘はこの1本しかないからだ。


 傘持ってきてるといいけどな……俺はそう思いながら傘をさし、ナツダイへ向かった。



 俺はナツダイの入口から入ると、調味料のコーナーへ行きラー油を手に取る。


 そしてレジへ向かうと……


「こんばんは」


 今日も最高の笑顔を俺に向けてくれる天使がいた。


「こんばんは。海奏ちゃん、傘持ってる?」


「えっ? 雨降ってるですか?」


「うん、けっこう降ってるよ。天気予報は降らないって言ってたけど」


「そうなんですね……今日に限って、折りたたみも持ってきてないです」


 海奏ちゃんは、シュンとした困った表情になった。


 うわー……もう守ってあげたくなる!

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