第017話


 そして時刻は夜の9時40分。


 俺は今夜もアパートを出て、スーパーナツダイへ歩いて行く。


 もちろん今日も、俺は片手に手土産を持っている。


 今朝の駅での話で、おそらく菜々世との誤解は大分解けたと思う。


 もう少し話をして、親密度を上げておきたい。


 ナツダイへ着いた俺は入口を入って調味料コーナーを目指し、山椒を手に取った。


 そのままレジに向かうと、今夜もキラキラと輝いている女子高生がいた。


「いらっしゃいませ。こんばんは」


「こんばんは、海奏ちゃん」


 海奏ちゃんがバーコードを読み取って、カードで精算する。


 俺はレシートをカードを受け取る時、指先が触れないように注意して受け取った。


「じゃあ外で待ってるね」


「いつもすいません。すぐ行きますね」


 俺は出口を出て、従業員通用口の方へ回った。




「はい、海奏ちゃん。これ」


「……なんですか? ひょっとして、また食べ物ですか?」


 俺と海奏ちゃんがスーパーナツダイを歩き出したところで、俺は持ってきたビニール袋を海奏ちゃんに差し出す。


「うん。今日は肉団子を作ってみたよ」


「えー、いいんですか? 頂いちゃっても」


「いいよいいよ。ちょっと多めに作ったし」


 そりゃあ彼女のために材料を多めに買ってきて作れば、多めに出来上がるよな。


 でも……海奏ちゃんのこの嬉しそうな笑顔が見られるんだったら、どんな苦労も吹き飛んでしまう。


「嬉しいです。肉団子、大好きです」


「俺も好きだよ。たまに片栗粉が溶けなくて、餡が固まっちゃうけど」


「あ、わかりますわかります」


 俺たちはそんな料理の話題で盛り上がっていた。


「暁斗さん、山椒とか結構つかうんですか?」


「あー、俺は結構つかうかも。その肉団子にも入ってるよ」


「そうなんですね」


「いろんなものに入れても美味しいよ。それこそ肉じゃがだったり、鶏のテリヤキだったり」


「じゃあ今度、試してみます」


 海奏ちゃんは笑顔でそう言った。


 彼女も一人暮らしなので、やっぱり料理をしないといけないんだろうな。


 ところで……


「海奏ちゃん、お母さんから料理を教えてもらったりすることとかないの?」


 俺はそれとなく訊いてみることにした。


 彼女が一人暮らししている理由が、なにか分かるかもしれないと思ったからだ。


「……ないですね。料理を教えてもらう前に、死んじゃいました」


「えっ……」


「もう……8年も経つんですね。私が小学校4年生の時に亡くなったんです」


「そうなんだ……なんかごめん。変なこと訊いちゃって」


「いえ、いいんです。暁斗さん、8年前に東南アジアのボルマン共和国で飛行機事故があったのって覚えていますか?」


「……ああ、なんとなく覚えているけど」


「お母さん、偶然その飛行機に乗っていたんですよ。本当に運がなかったですよね……」


 俺は……掛ける言葉が見つからなかった。


「その頃お母さんは商社でバリバリと働いてて、ボルマン共和国の石油プラントの仕事をしていたらしいんです。それで出張のために乗った飛行機が着陸体勢に入ったところで海の上に墜落して……生存者は見つかっていません」


「そうだったんだ。大変だったね」


「あのときは……そうですね、大変でした。でももう8年も経ちますし」


「じゃあそれからは、お父さんと二人暮らしだったんだ」


「そうなんですけど……これがまたいろいろありまして……」


「そうなんだ。あ、もちろん無理して言うことないからね」


「いえ。多分暁斗さん、どうして私が一人暮らしなのか知りたいんじゃないですか?」


 図星だった。


 彼女は……勘がいいというか、頭がいい子だな。


「え? いや……でも海奏ちゃん、無理しなくても」


「それはあまり大した話じゃないんです。簡単に言うと、お父さんに新しい彼女ができたんですよ」


「え?」


 それはまた……結構「大した話」だと思うが。


「本当はお父さんたちは、もう少し先に一緒に暮らそうと話してたみたいなんですけど……この不景気で相手の方がリストラにあってしまったらしくて」


 海奏ちゃんは視線を前に向けたまま、淡々と話しを進める。


「それで相手の方も経済的に困ってしまって。一方で私はお父さんがお付き合いしている人がいるのを知っていたので……もともと大学に入ったら一人暮らしをしたいと思っていたんんですよ。だからちょっと早いけど私が一人暮らしを初めて、お父さんとお相手の方も二人で新居に住むことになったんです」


「そうだったんだ。海奏ちゃんがあのアパートに来たのはいつなの?」


「ちょうど半年前ですね」


「そっか。自炊とか……一人暮らし、大変じゃない?」


「今は全然ですね。お母さんが亡くなってから、お父さんと二人で家のことをやってたんですけど……やっぱりお父さん忙しいから、私が中学に入ってからは家のことの大半は私がやってましたし」


「うわーそうだったんだ……苦労したんだなぁ」


「そうでもないですよ。食事作るの面倒くさいなぁって思ってたら、今はこうやって肉団子を頂けますし」


 そう言って海奏ちゃんは、俺が手渡したビニール袋をひょいと上に掲げた。


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