第042話
「なにも新調することねーだろ?」
俺は独りごちて、辺りを見回した。
なるほど……校門のまわりには、たしかに高校生くらいの男子がたくさん立っていた。彼女待ちってことだろう。
いや、それだけじゃなかった。
校門の前の道路を見ると、ハザードランプをつけた車で渋滞している。
よく見ると欧州車やスポーツカーの割合が高い気がする。
これ皆、ネットビジネスの社長なのか?
そんなことを考えていると……校舎の方から紺色の制服を身にまとった妖精が、足早にこちらへやって来る。
「すいません、お待たせしました」
息を少し弾ませた海奏ちゃんが、俺の前に立ってそう言った。
あまりの可憐さに、まわりの男連中はずっと海奏ちゃんを目で追っていた。
うーん、なんという優越感。
「全然。片付けのほうは、大丈夫だったの?」
「あ、はい。なんだか『早く行きなよ』って、追い出されちゃいました」
「そっか。じゃあ行こうか」
「はいっ」
俺は海奏ちゃんと連れ立って歩き始めた。
まわりの視線が、また海奏ちゃんにロックオンされる。
俺たちは駅に向かって歩いた。
いつも夜にスーパーナツダイから一緒に帰ってはいるが、今日の海奏ちゃんはなんだか楽しそうだ。
時折俺のことをチラチラと笑顔で見上げてくる。
「? なに?」
俺はちょっと気になって、そう訊いた。
「ううん、なんでもないです。ただ……やっぱりちょっと不思議だなぁって」
海奏ちゃんは恥ずかしそうにそう言った。
「不思議って?」
「学園祭の帰りに、こうして男の人と一緒に帰るのにちょっと憧れてたんですよ。でも私は男の人が苦手だったから……そんなことはできないだろうなって思ってたんですけどね」
「そうなんだね。もうちょっとイケメンの方がよかった?」
「もう……暁斗さんは十分カッコいいんです。あ、そういえば……今朝、すいませんでした。なんだか皆が見に来ちゃって」
「ああ……なんだか動物園のパンダになった気分だったよ」
俺は苦笑する。
「でも……皆ひどくないですか? 『思ったより背が高い』とか『優しそう』とか言って……誰も『カッコいい』って言ってくれなかったんですよ!」
「いやいや、それは仕方ないでしょ。実際カッコよくないんだし」
「もう……そんなことはないんです! 暁斗さんは、私を助けてくれたヒーローなんですから」
海奏ちゃんはちょっとむくれた表情で、前を向いて歩いて行く。
足取りが少し早くなった気がした。
「あ、ところで暁斗さん。知奈美に会うのって、今日で2度目でしたよね?」
「え? あ、ああ。そうだね」
本当は3度目なんだが……2度目の邂逅が濃すぎて、とてもじゃないが海奏ちゃんには話せない。
「そうですよね……なんか、すっごく仲良くなかったですか?」
「い、いや、そんなことはないんじゃないかな?」
「だって私がトイレから帰ってきたら、なんか二人でイチャイチャしてたじゃないですか」
「いやイチャイチャはしてないでしょ? ただ普通に話してただけだよ。あれは知奈美ちゃんのキャラクターでしょ?」
「もう……なんだか怪しいです。でもそうですね、知奈美はもともとあんなキャラクターでしたから」
海奏ちゃんはなんとか納得してくれたようだ。
でも一方で俺は……知奈美ちゃんとカラオケボックスへ行ったときのことを思い出していた。
足を組んで俺の方へ少し身を寄せた時に見えてしまった、知奈美ちゃんの形の良いヒップ。
身につけていた黒い下着。
それに、今日は淡いピンクの上下だった……だと?
そんなもん、見たいに決まってんだろ!
アイツ、マジで素人童貞殺しだな。
小悪魔どころか大悪魔だ。
「暁斗さん? どうしたんですか?」
「え? あ、なんでもないよ」
俺たちは駅の改札を抜けて、ホームへの階段を降りていく。
俺はあやうく階段を踏み外しそうになった。
いかんいかん、意識を海奏ちゃんに戻さないと。
「ところで海奏ちゃん。今日これから時間ある?」
「はい。今日はシフトも入ってないです」
「じゃあさ。ちょっと早いけど、なにか美味しいもの食べて帰らない? ご馳走するから」
「え? いいんですか?」
「ああ、せっかくだし。それに二人で打ち上げってことでどう?」
「はい、嬉しいです。何を食べにいきましょうか?」
「帰る途中に美味しいイタリア料理の店があるんだよ。そこに行かない?」
「えー本当ですか? 連れてって下さい! やったぁ」
海奏ちゃんの笑顔が弾けた。
紺色の制服の妖精が、足をパタパタさせて喜んでいる。
俺は知奈美ちゃんの話を聞いて、今日を海奏ちゃんの特別な日にしてあげたいと思った。
勇気を持って俺を誘ってくれた、そんな海奏ちゃんの気持ちに報いたいと。
さすがに8つ離れたサラリーマンが、海奏ちゃんのような美少女高校生と恋仲というのはおこがましい。
でもファンイベントの一環ということであれば、許されてもいいよな?
それに……海奏ちゃんはこんなに喜んでくれている。
俺たちは電車を途中下車して、この間岩瀬課長に連れて行ってもらったイタリアンレストランを目指す。
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