第043話
「この間のラーメン屋さんの近くなんですか?」
「そうそう。あのラーメン屋さんの近くだよ。でも今日日曜日だから、ちょっと混んでるかも」
それから5分ほど歩いただろうか。
目指すイタリアンレストランへ着いた。
ところが……店のドアには「Closed」の看板が。
よく見ると今日は5時半からのオープンということらしい。
やっぱりちょっと来るのが早すぎたようだ。
「ちょっと早すぎましたね」
「そうだね。でもあと10分ぐらいだから……ここで待とうか? それともどこかで時間を潰す?」
「ここで待ちましょう。10分くらいなら、すぐです」
俺たちはそんな話をしながら店の外で待つことにしたのだが……突然店のドアが開いて、店員さんに「よろしければ中でお待ち下さい」と案内された。
入口の待合スペースに腰掛けながら、俺たちはメニューを見ていた。
美味しそうなメニューがたくさんある。
海奏ちゃんはメニューを見ながら、あれこれと考え始めた。
どうしたって、目移りするよな。
「あんまりお腹が空いてなかったですけど……メニューを見てたらお腹が空いてきました」
「よかった。じゃあいっぱい食べないとね」
「そんなには食べられないですよ」
海奏ちゃんは柔らかく笑った。
「素敵なお店ですね。もしかして昔デートで使ってた、とかですか?」
海奏ちゃんが茶化してきた。
「どうせそんなことないだろうと思って訊いてるよね? ここは……この間、会社の岩瀬課長に連れてきてもらったんだよ」
「そうだったんですね……あっ、ひょとして、ここに女性用のファンデが付いてた時ですか?」
そう言って海奏ちゃんは自分の腕に手をやる。
「あ、そうそう。あの時だよ」
「やっぱりデートじゃないですか」
海奏ちゃんがからかい気味にツッコんでくる。
「だから違うって」
「ふふっ……あ、そういえばあの時、お酒飲まれてましたよね?」
「え? あ、そうだね。まあ課長もいたし、奢りだったしね。そうだ、あの時酒くさかった?」
あの時俺は家に戻らず、そのままスーパーナツダイに行ったことを思い出した。
「えっと……ちょっとだけ。でもイヤじゃなかったですよ」
「そう? じゃあよかった」
「それより、暁斗さんタバコ吸われませんよね? そっちの方が助かります。以前お父さんがタバコを吸ってて、そのニオイが嫌でしたから」
「あーそうなんだね。俺はタバコは吸った経験がないなぁ」
そんな話をしていたら、店員さんがやって来てテーブルに案内してくれた。
俺たちはもう一度メニューを見て、海老のペスカトーレパスタのセットとカルボナーラパスタのセットを注文した。
「女子校の学園祭、どうでしたか?」
「面白かったよ。でもやっぱりちょっと場違いだったような気がしたけどね」
「そうでもないですよ。他の生徒の親とかも来てましたし」
「海奏ちゃんのお父さんには、声をかけなかったの?」
「はい、声をかけてないですね。そういえば……1回も学園祭には来てないですね」
「それはそれで寂しがってるんじゃないのかな?」
「それはないです。それに来てもらっても、私が一緒に回るのってやっぱり恥ずかしいじゃないですか」
「あー、そういうものなのかな」
「はい。だから私も、最後の学園祭に暁斗さんが来てくれて楽しかったですよ」
俺たちはそんな他愛もない話をしていた。
しばらくすると、注文したパスタが運ばれてきた。
俺は店員さんに小皿を持ってきてもらって、お互いのパスタをシェアしながら食べた。
「さすがにお腹いっぱいになりました」
海奏ちゃんは食後の紅茶を飲みながら、満足そうに言った。
「デザートは大丈夫?」
「もう無理です。おなか壊しちゃいますよ。でもパスタが、どっちも本当に美味しかったです」
「そうだね。カルボナーラ、美味しかったよ」
「はい。それに海老のパスタも、海老の味が濃厚で本当に美味しかったです。どうやって作ってるんですかね」
「ああ、レシピ教えてほしいよね。ひょっとしたら海老の頭をミキサーにかけてスープとか取ってるかもしれないよ」
「うわー……それ、家庭ではなかなかできないですね」
「よっぽど好きな人じゃないと、やろうとは思わないんじゃないかな」
なかなか安サラリーマンの俺には向かない料理だな。
やっぱりリョウジのレシピぐらいが俺にはちょうどいい。
俺は会計を済ませて店を出た。
出費は続くが、「会えるアイドル」への推し活費用だ。
コスパは絶対に高いはず! と自分に言い聞かせておく。
「本当にいいんですか? ご馳走になっちゃって」
「いいのいいの。海奏ちゃんの打ち上げなんだから」
「もう……ありがとうございます。じゃあ遠慮なくご馳走になりますね」
「うん、また来ようね」
俺たちは駅に向かって歩き出した。
外はすっかり暗くなっていた。
もう9月の終わりなので、日が沈むのが日に日に早くなってきている。
電車で移動して、海奏ちゃんのマンションへ二人で並んで歩いて行く。
海奏ちゃんのサラサラの髪がときどき街灯の明かりに反射して、とても綺麗だ。
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