第044話


「あの……暁斗さん。ちょっと訊きづらいこと訊いちゃってもいいですか?」


「うん、なにかな?」


「えっと……最近ですね……その……そういうお店って行かれたりしてますか?」


「? そういうお店って?」


「ごめんなさい、やっぱいいです」


「え? なんで?」


 そういうお店って……あ、風俗のことか。


 ここでも素人童貞がキーワードだった。


「その、風俗的なお店ってこと?」


「え? は、はい、そうなんですけど……でも言いたくなかったらいいです」


「うん、言いにくいんだけど……多分3年以上行ってないかな」


「え? そうなんですか?」


 海奏ちゃんが意外そうな声を上げる。


「え、なにその反応。もっと行ってると思ってた?」


「えっと……はい。知奈美が言ってたんですけど、暁斗さんぐらいの年の男性だったら、毎週行っててもおかしくないって」


「いやおかしいでしょ!」


 アイツ、何言ってんの?


「ですよね? それで私も『毎週って……いつ行ってるんだろ』って、ずっと思ってて」


「いやいやいや、無理でしょ。その……俺の給料から考えても、そういうお店の優先度が高くなることはあり得ないからね」


「そうですよね。それなりにお金がかかるでしょうし」


「それなりどころじゃないよ。めちゃくちゃかかるんだから」


「因みに……いくらぐらいですか?」


「聞きたい?」


「……やっぱやめときます」


「うん、賢明だと思うよ」


 俺がそういうと、海奏ちゃんは恥ずかしそうに下を向いてしまった。


「あ、でも……」


 それでもまだ続きがありそうだった。


「ということは……ですよ。私と会ってからは、そういうお店に行ってないってことなんですか?」


「なんで意外そうに訊くかな。そうだよ、だから全然行ってないって。最近はもう、誰かさんへの推し活一本だからさ」


「えっ? そ、そうなんですね……」


「そうだよ。それにその方が、俺だって楽しいしね」


 そんな話をしながら、俺たちは歩いていく。


 心なしか、海奏ちゃんの機嫌が良くなったような気がする。


 もう山下町の交差点が見えてきた。


 今日もあと少しで制服の天使様とお別れだ。


「ところで大学の学部とかは、いつぐらいにわかるんだっけ?」


 俺は話題を変えたかった。


「はい、来月に分かるんです。なんとか英米学科に入れればいいんですけど」


「自信ある?」


「どうですかね……定期試験は悪くないと思うんですけど、あとは回りの希望者がどれだけ多いかですよね」


「ところで……知奈美ちゃんは、どの学部を志望しているの?」


「知奈美は経営学部の情報学科が第一志望みたいです。その学科も人気が結構高いんですよ」


「そうなんだね。でも聖レオナ女子だったら、就職に困らないだろうなぁ。羨ましいよ」


「暁斗さんは大変でしたか? 就職活動」


「もうめちゃめちゃ大変だったよ。いわゆるFラン大学だったからさ。大学では結構勉強した方だと思ってたけど、就職にはやっぱり大学のネームバリューが強いからね」


 大手上場企業の面接に行っても、軒並み一次面接で落とされる。


 そんな現実に落ち込んでいたのは黒歴史だ。


 そんな話をしていたら、あっという間に海奏ちゃんのマンションの前に到着してしまった。


「暁斗さん、本当にありがとうございました。今日は……とっても思い出になる一日でした」


 海奏ちゃんはその心からの思いが伝わってくるような、素敵な笑顔を俺に向けてそう言ってくれた。


 その笑顔が眩しくて……俺は少し胸が苦しくなる。


「そう? だったらよかったよ。また明日ね」


「はい、ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさい」


 海奏ちゃんは、マンションの入口へと消えていった。


 俺も満足な気持ちを胸に、海奏ちゃんのマンションを後にした。



 ◆◆◆



 週末の金曜日。


 俺はキッチンで夕食の準備をしていたのだが、三角コーナー用のゴミ袋がないことに気がついた。


「うわー、やっちまった。やっぱり早めにストックは買っておかないといけないな」


 他にストックをチェックしてみると、それ以外にも排水溝ネットやらキッチンペーパーとかもストックがないことがわかった。


 俺はこういうことは一度気になると、最後まで気になってしまう性分だ。


 仕方ないので俺は料理を中断し、買い物に行くことにした。


 スーパーへ行って買ってもいいのだが、これらのアイテムだったら100均の方が絶対にお値打ちだ。


 俺は一番近い100均の店へ行くことにする。


 幸い閉店まで、まだ時間がある。


 ここから一番近い100均の店は、山下町の交差点を通り越して向こう側にある。


 つまり海奏ちゃんのマンションの前を通り過ぎて、もう少し行ったところだ。


  俺は財布とスマホを持ってアパートを出て、店に向かって足早に歩き始めた。


 山下町の交差点を通り過ぎて、海奏ちゃんのマンションの前に差し掛かる。


 海奏ちゃん、いるかな? 


 俺はそんなことを思い、マンションの3階の一番東側の部屋になにげなく視線を送った。


 すると……海奏ちゃんの部屋のドアが突然開いた。


「ん?」


 俺は部屋から海奏ちゃんが出てくるかもしれないと思い、一瞬ドキドキしながらそのまま見ていた。

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