第036話


「知奈美ちゃん。目的はなんだ? 俺の何を試してる?」


 俺はできるだけ怒りを押さえた声でそう言った。


「え? べ、別にウチは」


 知奈美ちゃんが明らかに動揺し始めた。


「茶番はいい。俺から何が訊きたい?」


 俺がそう言うと、知奈美ちゃんは繕った笑顔の仮面を剥いで……そして「ハァー」とため息を一つ吐いた。


「乗ってきませんでしたね、暁斗さん」


「あたりめーだ。子供の茶番ぐらい、看破できるわ」


「ウチの足、ガン見してたくせに」


「ガン見はしてねーだろ?」


 知奈美ちゃんは、口調も表情も変わった。


 ただ……俺にはそれが彼女の素顔が見られたような気がして、少しだけ好ましく思った。


「で? なにが訊きたい?」


「じゃあ単刀直入に。海奏とどうなりたいんですか? 何か目的があって、近づいてるんですよね?」


「目的?」


 そんなこと、考えたこともなかったぞ。


「とぼけないで下さい。海奏は男に対して、まだ免疫がないんです。やさしい言葉で近づいて……何かいかがわしいことを考えているんじゃないですか?」


「ちょ、ちょっと待て。言ってる意味がわからないぞ。俺はただ海奏ちゃんをアイドルみたいに思ってて、ファンの推し活のようなことをしてるだけだ」


「海奏からも、そう聞いてますよ。朝電車で守ってくれて、夜のバイトの帰りも家まで送ってくれるって。アイドルのファンみたいに、接してくれてるって。でもそんなの、下心があるに決まってるじゃないですか」


「下心って……一緒にいて楽しいってだけじゃ、ダメなのかよ」


「そんな男、いる訳ないじゃないですか。気持ち悪い」


「気持ち悪いって……」


「大体20代半ばで現役高校生をつかまえて、推し活まがいの事をしてる男ってだけで、ありえません。気持ち悪いです」


「うん。お前、全国の『アイドル推し活中』の皆さまに謝れ!」


 と俺は言ってみたものの……まあ彼女の言わんとしていることも分からんでもない。


 一般的に見たら、ちょっと気持ち悪いのかもしれないな。


「本当はえっちな角度からこっそり動画を撮ったりとか、盗聴器や発信器をつけたりとか……そんなことを考えてるんじゃないですか?」


「お前、よくそんなこと考えられるな。やられたこと、あるのかよ」


「……」


「え? まじであるの?」


「ウチ、男運ないんですよ。いままで付き合ってきた男の人、ろくな人がいなくて……」


 知奈美ちゃんが急に遠い目をし始める。


 この子、本当に女子高生なの?


「デート中に隠し撮りされたりとか、盗聴器をカバンの中に入れられたりとか……ありましたよ。それを動画サイトにあげられたりとか」


「マジかよ。警察には行ったのか?」


「一応被害届は出したんですけど……結局あまり相手にされなかったですね。まあウチの場合、自業自得なんで。お金持ってそうな年上の男ばっかり狙っていってたから」


 なんでまた……知奈美ちゃんの話は、俺の想像を越えていた。


「だから海奏の話を聞いた時、信じられなかったんですよ。何も下心なく守ってくれる男なんているはずがない。だから……こうやって確かめに来たんです」


「なるほど……お前、海奏ちゃんのことが心配なんだな」


「心配ですよ! ウチのたったひとりの親友なんです! ウチみたいに……傷ついてほしくないんですよ」


 海奏ちゃんはそう言って、下を向いてしまった。


 ふーん……一応友達思いのいいヤツじゃねーか。


 ただのビッチじゃなさそうだな。


 それにしても、だ。


「知奈美ちゃん。お前、心配する順番を間違えてるぞ」


「……順番?」


「そうだ。友達思いもいいが、まず自分の心配をしろよ。自分をまず一番大事にしなきゃだめだ」


「……」


「なんでそんな男ばっかりにいくんだよ? まず知奈美ちゃんのことを大切に思ってくれる人ってのが、彼氏の第一条件なんじゃないのか?」


「……」


「知奈美ちゃんが信じようが信じまいがかまわないけど、俺は……あのとき痴漢にあった海奏ちゃんを、ただただ守りたいって思ったんだよ。全ての害悪から、災いから、海奏ちゃんの笑顔を守りたいって。それが俺の今の推し活の原動力なんだ」


 知奈美ちゃんは、半分涙目になっていた。


「本当に海奏に変なことしないって、誓えますか?」


「ああ、約束する。俺は彼女を、絶対に傷つけない。それが少なくとも1ファンとしての礼儀だろ?」


 知奈美ちゃんはフゥーとため息を吐いた。


「本当にこんな気持ち悪い人がいるんですね。バカなんじゃないですか?」


「なんで俺、罵声浴びてるの? ご褒美か?」


「まったく……でも正直に言いますね。ウチ、話を聞いて海奏が少し羨ましかったんです」


「? 羨ましい?」


「ええ。本当にそんな風に、ただただ利他的に女の子のことを守ろうとしてくれる男の人がいるんだって。でも一方で、そんな男いるわけないじゃんって思って。それで確かめに来たんですよ」


「ふーん……まあ俺が言うのもなんだけど……お前、本当にろくな男と付き合ってこなかったんだな」


「そうですね。この間の男なんか……先月別れたんですけど、ひどかったんです。ネットビジネスやってて赤のフェローリに乗っててお金持ってそうな男だったんですけど」


……もうその時点でヤバそうなヤツ決定だろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る