第005話

 俺たち3人は年も入社年次も近いので、比較的仲がいい。


 そしてある日「お互い下の名前でいいだろ?」と大悟が言い出してから、俺たちは下の名前で呼び合うようになった。


 俺たち3人は連れだってオフィスを後にする。


 今日は久しぶりに、3人でカラオケに行く約束をしていた。



「そういえば暁斗先輩、今朝ギリギリの出社でしたね。なにかあったんですか?」


「おお、そうだった。職場に小走りに入ってきたもんな」


 カラオケボックスへ歩いて行く途中、二人からそんな風に訊かれた。


「あーもう、今朝大変だったんだよ。実はな」


 俺は今朝の顛末を、二人に一部始終話した。



「あーっはっはっ! マジでか、暁斗。それは災難だったな」


「もー暁斗先輩、痴漢に間違えられるとかマジウケる」


「今でこそ笑えるけどな。あの時俺は『あ、終わった』って思ったぞ」


「まあ痴漢冤罪は、結構あるらしいからな。俺も気をつけないと」


「でも痴漢ってなくならないですよね。冤罪じゃなくても被害自体は結構ありますし」


「ん? 菜々世も痴漢にあったりするのか?」


「ええ。アタシも何度かありますよ」


「なにっ! それは聞き捨てならんぞ。菜々世、いつもどこから乗ってくるんだっけ? 俺が守ってやる」


「どこって……大悟先輩と逆方向じゃないですか」


 そんな話をしているうちに、俺たちはカラオケボックスに到着した。



 ちなみに大悟の菜々世に対する好意は、極めてわかりやすい。


 そして本人も隠そうとしない。


「俺はラグビーでもなんでも、押すこと以外はできん」


 プロップだった大悟は、そう言ってはばからない。


 一方の菜々世のほうは「好きでも嫌いでもない」という極めてニュートラルな立ち位置で、大悟の突進をうまくかわしている感じだ。


 ちなみに菜々世も、いま彼氏はいない。


 つまり俺たち3人は全員恋人ナシという、極めて寂しいパーティーなのである。


 俺たちは受付を済ますと、少し広めの部屋に案内された。


 俺と大悟はビールを注文、菜々世はドリンクバーだ。


 普通カラオケに行くときは、先に食事に行ってからカラオケ、というパターンの方が多いと思うが、俺たちの場合は違う。


 必ず先にカラオケボックスに入ることにしている。


 その理由は……この店は平日6時までに入店すると、「平日限定90分パック」というお得なパックがあるからだ。


 これを利用すると随分お値打ちで、しかも90分という時間が俺たちには長くもなく短くもない、ちょうどいい時間なのである。


 そしてカラオケが終わってから最後にラーメンでシメて帰るというのが、俺たちのお決まりになっている。


 これなら時間も短くて済むし、なによりお財布に優しい。


 菜々世は自宅から通っているが、3人とも金欠であることには変わりなかった。


 カラオケの方はいつものように大悟が口火を切った後、菜々世と俺も続く。


 この中で一番歌が上手いのは断然菜々世で、採点システムでも常に90点以上の点数を叩き出す。


 俺たち3人はこうしてたまに集まって、お金のかからないストレス発散をしている。


 この集まりを除くと、俺が他人と集まる機会というもの自体、ほとんど無いと言っていい。


 それはそれで寂しい話ではあるのだが。




「でも暁斗先輩が来てくれて、助かりました」


「ん? ああ、まーな」


 カラオケも一通り終わって、大悟がトイレに行っているあいだ。


 菜々世が俺にそう話しかけてきた。


 今回のこのカラオケも、もともとは菜々世が大悟から二人で行こうと誘われていた。


 そこで「暁斗先輩も誘いましょうよ」と菜々世が言い出して、結局3人で行くことになったという経緯がある。


「まあ大悟は、わかりやすいよな」


「まあ……いい人だとは思いますけどね。ただ時々熱すぎるというか」


「ははっ、それは分かる」


 確かに年中あの温度で来られたら、夏場はうっとおしくて仕方がないだろう。


「ところで暁斗先輩。今朝のその女子高生って……そんなに可愛かったんですか?」


「ん? ああ。俺はあんなに可愛い子を実際に会ったことがないと思ったくらいだったわ」


「ふーん、そうなんですね。やっぱり男って、見た目が可愛い女の子じゃないとダメなんですかね……」


 菜々世がなぜか、ちょっとやさぐれる。


「なんだ、どうした?」


「え? いや……アタシ前に付き合ってた彼が他の子を好きになっちゃって、それで結局振られたんですけど……その女の子がやっぱりかわいい子なんですよね。目がパチっとしてて。でも性格最悪なんですよ」


「なんでそんなこと知ってんだ?」


「その子、アタシの知ってる子だったんです。その子普通に二股とかかける子で」


「うわー、それ最悪だな」


「ですよね。でも……やっぱり女は可愛くないとダメなんですかね」


「まあ見た目も大切かもしれんけど、付き合うとなったらやっぱ中身じゃないのか?」


「そういう男の人、少ないですよ」


「少なくとも、俺はそうだ」


「ダウト! あれだけ『今朝の女子高生、可愛いかった可愛いかった』って言ってた人が何言ってるんですか。全然説得力ないですよ」


「いや、それはだな」


「おう、おまたせ。じゃあシメのラーメン行くか!」


「おー、行こうぜ!」「……はいはい。行きましょうか」


 菜々世の追撃を、大悟の援護でなんとかかわすことに成功した。


 菜々世は一重まぶたを気にしているらしく、アイラインが若干濃い目の乙女だ。


 菜々世には世間のルッキズムなんぞに負けてほしくない。


 勝手な俺は、そんなことを思った。

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